第22話 フランツ殿下、清廉潔白は大変結構ですよ?
「お待ちください!」
拍手に包まれてイイ感じで丸く収まった議場に、突如乱入してきたのは手錠のようなモノで両手を拘束されているギュンターだった。
その後ろから騎士たちがダッシュで現れ、彼を床に叩きつけるようにして取り押さえる。
議場に飛び込んできたコトを叱責すべきか、罪人のようなその姿にツッコむべきか、上司を乱暴に取り押さえる部下たちを非難すべきか、議場の者たちは反応に困ったように顔を見合わせた。
仕込み側の人間である茉理さえも、いきなりのことで何が何やら分からない。
「ギュンター! 今までどこにいたんだ? その様は何だ! ……いや、それよりも異議があるとでも言うのか!?」
フランツが律儀にそれらをツッコむようにして叫んだ。
「いいえ、もはや私が何を言おうとエーリヒ殿下の王位継承は覆らないでしょう。私の負けです。今はその話ではなく、ここで一人の謀反人の所業を詳らかにし、この場で裁いて頂きたいと願います! ……どうか厳正なる処罰を!」
ギュンターの、父譲りで覇気のある声が議場内を支配していく。
しばらく重苦しい沈黙が続き、エーリヒが呆れたように鼻で小さく笑った。
「……それは誰のことだい?」
穏やかだが、こちらもよく通る声。
「はっ。それはこの私、ギュンター=ブライトでございます!」
全員がポカンとした後、再び怒号が飛び交う。
だがギュンターは取り押さえられながらも、平然とした表情を崩さなかった。
「いいから静かにするんだ!!! ……騎士団も一旦彼から離れろ!」
ルードルの指示でようやく収拾する。
再び水を打ったように静まり返った議場でギュンターは時系列に沿って話し始めた。
騎士の中で諜報に長けた者を常に侍医に張り付けていたという。
しっぽを掴ませないルードルと違って彼は普通の人間だから、ほころびが出るとしたそこからだと推測していて、実際に侍医は昨晩動いたのだと。
エーリヒの足を治す可能性がある医師を足止めする為、ギュンターは何も知らない部下を引き連れて国境に向かった。
そこで医者を引率する冒険者ジークムントの排除に取り掛かったのだという。
「結果として私は捕縛され、計画は未然に潰されてしまいましたが、これはまさしく新王エーリヒ様に対する謀反です。……ただ、この件は自分の独断であり、我が主であるフランツ殿下は一切知らぬ事だと、そのことだけはどうか理解ください」
彼は独断であると強調した。
「私はどんな裁きでも受け入れる覚悟でこの場に出てきました。幸いなことに私には良くできた弟がいます。まだこの場に出られぬほどの若輩者ですが、彼ならば私が地に落としたブライト公爵家の信頼を取り戻してくれるでしょう。……ですから安心して厳罰を言い渡し下さい」
実際フランツはギュンターがどう動いていたのか全く知らなかったが、この議場にいる貴族の中には全て承知している人間がちらほら存在した。
彼らはどう対応したらいいのか困惑し、落ち着きなく周囲を見渡す。
その反応でフランツは全てを察し、二階から身を乗り出して叫んだ。
「……貴様ら、なんということを!」
フランツは怒りに震えながら、議場にいる『フランツ派』と呼ばれる一階の面々を見据えた。
――せっかくイイ感じだったのに、またカオスだし。
どうすればいいのか、落としどころはどこなのか。
茉理はそんなことを考えながらチラリと隣の一郎を窺うが、彼は例によってどこ吹く風。
この惨状すら彼にとって既定路線なのだろう。
「お前たち! そこまでして私を王にして、それで一体この国をどうしたいのだ!?」
フランツが叫ぶ。
茉理が胸をざわつかせながら推移を見守っていると、不意に木槌が数回打たれた。
――議長役の宰相だった。
静まり返った議場内。
進行以外は一切口を挟まなかった宰相が口を開いた。
「――フランツ殿下、清廉潔白は大変結構ですよ? ……しかしながらその様では王としての適性はおろか王族としての資質にいささか欠けていると苦言を呈さずにいられませんな。……貴方が王にならなく良かったと、私は心から胸を撫で下ろしております」
穏やかな物言いだが、彼の人生を否定しかねないダメ出しにフランツは口をパクパクさせる。
「……お前、……何を――」
宰相はニヤリと口角を上げ、議場を見渡し朗々と語る。
「おそらくこの場にいる者で一番最初にギュンター=ブライトを唆したのはこの私でしょうね? ……『本当にキミはエーリヒ殿下即位で納得出来るのかい?』。『国を支える王立騎士団の者として、国が一番安定する候補は誰だと思う?』。『国への忠誠を見せるのはいつだ?』と、ね? ……何年前のことか、もうすっかり忘れてしまいましたが」
とんでもない爆弾発言に議場全体から溜め息が漏れる。
これは国の根幹を揺るがす問題になりかねなかった。
ギュンターが独断でアルバート医師を足止めしたなどという発言とはケタが違う。
この件の黒幕だと宣言したようなものだった。
少なくとも一国の宰相が口にしていい発言ではなかった。
「ホーン宰相! 何故そのようなウソを!」
ギュンターも重大性を理解しているのか悲痛な叫びを発する。
ただその言い様は宰相をかばっているようにしか見えなかった。
つまりそれは謀反の裏付けとなる。
しかし宰相は晴れやかな笑顔を見せた。
「私としてもエーリヒ殿下が真にこの国を率いるべき資質を有しているのか、常々疑義を有しておりましたゆえ、試す機会を求めておりました」
宰相は全く悪びれることなく、エーリヒ王子に対して軽やかな一礼をして見せる。
――全然中立じゃないじゃん!
茉理は呆然として、ただ成り行きを見守ることしか出来なかった。
「……まぁ、貴方ならそれぐらいのことはするだろうと分かっていたよ。……だけど余りにも可哀想じゃないか? 真面目が取り柄のギュンターをここまで追い込むなんて。とても分別のある大人のすることじゃないと思うよ? ……でも貴方のその隠し持っている毒のおかげで、この国は帝国の属国にならずに踏み止まれているんだろうね? ……何とも世知辛い話だ」
エーリヒは困った顔のまま微笑んだ。
それを見て鼻で笑う宰相。
「毒を持っているのはお互い様でしょう? ……でも安心しました。貴方があの陛下の息子だというのは本当だったみたいですね。……もし『身体が悪い父でも王になれたのだから、足の悪い自分だって王になれるはずだ』などと、目を開いて寝言をほざくような穀潰しの馬鹿王子だったら、二人纏めてどうウラで始末したらいいものか、頭を悩ませるところでした」
未来の王と王弟に対する暴言が、次から次へと宰相の口から溢れ出す。
「……今や病床で腕一本満足に動かせない陛下ですが、それでもあの方でしたら、今回のように私の介入する余地など与えなかったでしょうね。……そういう意味ではエーリヒ殿下はまだまだあの御方の足元にも及ばないと自覚されることを、臣下の一人として強く望みます」
かつての盟友だったフライト公爵でさえ呆れるほどの悪態に全員が顔を引きつらせる中、エーリヒだけは一人楽しそうにそれに頷いていた。
「――祝福の言葉、しかと受け取った。その言葉を忘れず国の為に尽くすと誓おう」
その言葉に宰相は恭しく一礼した。
「――さて、ギュンター。君の処分の件だが」
いまだ誰も一言も発せない議場にエーリヒの声が響いた。
「今回の責任を取って君は副団長から降格させる。……責任というのはフランツを推す為に裏で動いたことではないよ? 妨害するために、私たち王族の客人であるジークムント君に剣を向けたことだ。客人に剣を向けるなんてリオン国の騎士としてあるまじきことだからね? ……だから降格だ。時期が来たら戻すから、それまで研鑽に励むように。引き続き弟の支えになってくれ」
「しかし、殿下――」
「――くどい! 私の言うことが聞けないのかい? 悪いが君程度の無力な人間がどれだけ国の足を引っ張ろうとも、我がリオン王国はビクともしないよ。宰相やルードル卿それに君の父であるブライト公爵、他にもここにいる貴族たちを見てごらん? ……彼ら舐めるべきではない! 身の程を知るんだ!」
エーリヒの丁寧だが覇気の篭った冷徹な言葉に、ギュンターはなすすべもなく縮こまる。
「宰相は詫びる必要すらない。何も悪いことはしていないのだから。引き続きその職を全うして欲しい。……あと、少しは父上に顔を見せてやってくれると嬉しい」
「そこまでおっしゃるなら仕方ありませんね。殿下も健康にだけは気を付けてください。王のことは……まぁ、おいおい時間を作りましょう」
宰相は人を食ったような返答をしたが、病床の王のことになると少しだけ恥ずかしそうに顔を伏せた。
エーリヒはその顔が見たかったと言わんばかりに勝ち誇った顔をする。
「……フランツ、ギュンター。二人は今晩私の部屋においで。……君たちがどれだけ甘いのか、私が直々に教えてあげよう。これからは君たちも私の戦力になってもらわないと、ね?」
昨日までと全く変わらない優しく穏やかな声で語りかける彼を侮る者は、もはやこの議場に一人もいなかった。
「「……はっ!」」
我に返った二人は騎士団流の敬礼をした。




