第15話 やはりあの方は本当にやると決めたら、容赦ないな
四人はウォルフ――フランツ王子の部屋をお暇し、騎士に先導されながら王族居住区画の廊下を進んでいた。
「あぁ、驚いたな! まさかこんなところで逢おうとは」
その声に反応した茉理が庭園に目を向けると、ルードルが白くて可愛いベンチにちょこんと座ってのんびりと日向ぼっこしているところだった。
騎士からすれば想定外だったらしく、後ろにいた茉理にも分かるほど肩を強張らせる。
騎士団とってルードルは存在自体が不穏なのだろう。
偶然を装っていたが、それがあからさまな芝居であることは誰もが理解していた。
彼は食わせ物の貴族であると同時に、エーリヒ王子の友人であり、仕事をサポート出来る能吏でもあるという。
そんな彼が昼下がりに意味もなく王宮庭園を眺めて、ぼーっとしているはずがなかった。
「おや? わざわざ彼らを案内をしてくれていたのかね? 『私の友人たち』が世話になったようだな。……これから我々は少々込み入った話をするので、ここは私に任せて君は気にせず職務に戻るといい」
笑顔だが眼光鋭く、露骨に『部外者は去れ』との言葉だったが、騎士は動かない。
「こちらの方々は『王家の友人』として城内に部屋を用意させていただく運びとなりました。まずはそちらに案内せよとフランツ殿下直々の達しです。業務の妨げは王族への叛意と受け取られかねませんが、よろしいので?」
こちらも笑顔で敵意むき出しの言葉だった。
「妨げるだなんて人聞きの悪い。そんなに目くじらを立てることはあるまいよ。それならば友人の一人として私も共に行くまでだ。……それでは騎士クン、粛々と案内してくれ給え」
ルードルは悪びれることなく、むしろ尊大とも取れる態度で顎をしゃくった。
一行はギスギスした空気の中で廊下を歩く。
ただでさえ目立つ集団なのに、ルードルが『たまたま』散歩中のエーリヒ殿下専属の侍医やら、『たまたま』登城していたブライト公爵、更には初めて会う貴族らしき人物らを次々と呼び止めては合流させるので瞬く間に大所帯となり、更に目立つ始末。
先導する騎士はそのたびに、良く聞こえる音で舌打ちしていた。
用意された二部屋の前で、騎士は茉理たちに王城での振舞いやら注意事項を一通り説明すると、帰り際にルードルを見下ろすように睨みつけて足早に去っていった。
そんなこともどこ吹く風のルードルは、一郎と茉理の為に用意されたはずの部屋に一番乗りで入る。その後を公爵や貴族たちも続いた。
廊下に残された四人は顔を見合わせ溜め息を吐くと、覚悟を決め部屋へと入っていった。
用意された部屋は恐ろしく広いモノだった。当然だろう、王家の客人というのは基本王族である。狭い部屋など初めから設計すらされていない。備え付けの応接セットも余裕で十人ぐらい座れた。
そこに全員で腰かけ、まずは自己紹介を始める。
それが終わると、各陣営についてどう思ったのか質問が飛んだ。
代表して一郎が答える。
「個人的な意見を言わせていただきますと、誰一人として曲がったことを言っているとは思えませんでした。全員が全員、己の信念・良心に従って行動している。……これは間違いなく国が割れる典型ですね。懐柔など愚策中の愚策。しかも拗れてしまえば間違いなく未来永劫禍根を残します」
にべもない言葉に、ルードルが咳込む程に笑い出した。
珍しい光景なのか若い貴族たちが目を見開いて驚く。
「……あぁ、全くもってその通りだ。だから私は柄にもなく、こうやってコソコソと動き回っているのだよ」
ルードルは楽し気に肩を竦めた。
「さて君たちはどちらが王になるべきだと思う? 余計な配慮などいらぬ。思うように話してくれ」
ルードルは話しにくいことの筆頭を真正面から尋ねてくる。
それに口を開いたのは沈黙を続けていたジークだった。
「僕はエーリヒ殿下が王になるべきだと思います。彼は思慮深いし何より人として優れている。……『ただ身体が弱く、足が不自由なだけ』です」
政治的な案件に対して、やや尻込みしがちな彼のその力強い言葉に、ルードルと貴族たちだけでなくマリアまで一斉に顔を上げた。
「確かにフランツ殿下は健康でそれなりに人望もあるかもしれない。だけど彼自身が兄のエーリヒ殿下よりも劣っていると認めているんだ。彼が玉座を願う理由は、ただ兄の体調が心配だということのみ。それはそれで凄く素敵な動機かもしれませんが、やはりエーリヒ殿下とはこれまで背負ってきたモノの重さが違うと思うのです」
貴族たちに顔色が戻った。「その通りだ!」と威勢のいい言葉も飛ぶ。
だが『水差し野郎』として名高い一郎がその空気に冷水をぶっかけた。
「だが、フランツ殿下を推す者たちは『身体が弱く、足が不自由』という、エーリヒ殿下唯一の欠点とも言える場所を集中して攻めて来るでしょうし、既にそう工作しています」
「……工作だと?」
尋ねたのは若い貴族だった。
一郎は深呼吸して順に見渡す。
「皆様にとっては腹立たしい言葉かもしれませんが、私たちが国境の町で耳にした言葉をここで告げてもいいですか?」
その不穏な響きにルードルの目が光った。
しばしにらみ合う二人。周りの者たちも全員押し黙る。
「……ぜひ聞かせてくれ」
ルードルはソファに深く凭れると一郎を促した。
「では。……『第一王子エーリヒは腰抜け野郎だ! あれが次の王様なら、もうこの国は終わりだ!』。酔っ払いの妄言だと切り捨ててもいいですがね。……それでも国の外れで、それも末端がそう口走るのにはそれなりの理由があるはずなんです。それを捨て置く訳にもいかないでしょう?」
貴族たちが立ち上がり怒りを露わにする。
その中でルードルだけは呆れたように天井を見上げ、一人ごちる。
「……なるほど、な。……やはりあの方は本当にやると決めたら、容赦ないな」
その呟きを正確に聞き取ったのは茉理を含めてごく少数だった。
「あの! ……ですが、それにはウォ――フランツ殿下やギュンターさんは関わっていないはずです。だって、彼らはあんなにも怒っていたんですから!」
茉理は慌てて彼らの弁護をする。
「そういうフリではないのか?」
だが若い貴族はそれを認めない。
「いいえ、とてもそんな風に見えませんでした。フランツ殿下なんて、そりゃもう、酔っ払いに斬りかからんばかりの勢いで」
それを聞いて、沈黙を続けていたブライト公爵が笑いだした。
「確かにアイツらしい話だな。若い頃の私を見ているようだ」
それに毒気を抜かれたのかルードルも溜め息をつく。
「……私とてフランツ様がどれだけエーリヒ殿下のことをお慕いしているのか知っているつもりだ。それこそお二人が幼少の頃からの付き合いだからな。それだけに、その言葉を酔っ払いから聞かされたフランツ殿下の気持ちを思うと、な?」
ルードルはどこか違う部分が引っかかったようで、何度も首を振って瞑目した。
「ずっと気になっていたことがあるのですが?」
一郎が停滞した空気を破るように切り出す。
作者でありこのセカイの創造主である彼が、気になることなど一つもないのだが、彼はさも不思議なことがあると言わんばかりに首を傾げるのだ。
ルードルは微笑むことで了承する。
「ブライト公爵の屋敷を訪ねた日のことです。現王の即位で揉めたとき、当時弟殿下だったブライト公爵とルードル卿とお父上そして宰相の四人で何とか劣勢をひっくり返したという話がありましたよね?」
「……それがどう――。あぁ、なるほど。亡き父はともかく宰相は今回味方になってくれないのかという話か?」
ルードルは自己解決したらしく、笑顔で尋ね返した。
それは茉理も気になっていたことだった。
宰相も今回の主要メンバーの一人のはず。エーリヒ殿下と午後から一緒に仕事をしている仲間でもあり、ルードルたちの盟友でもある。
そんな彼がまだ登場すらしていない。
「……今回彼は、まぁ中立というか、バランスを取るのに徹すると言い出してね。前回の件でイロイロ思うところがあったのだろう。……彼は我が国の良心だからな」
分かったような分からない言葉でルードルはこれ以上は話さないと言いたげに腕組みした。
「せめて、エーリヒ殿下の足が動けばこんな話など初めからなかったのに」
若い貴族の一人が悔しさが滲み出た声で呟く。
その言葉に侍医が顔を伏せた。
「……本当に申し訳ない。私の力不足で」
「イヤ、貴方は存分に腕を尽くしてくれた。国一番の医者である貴方が無理ならば仕方ないこと」
ルードルが笑顔で彼を見つめる。
そして余計な一言を漏らした貴族を睨みつけた。
その眼力で見据えられた彼は青い顔で平謝りする。
「……近く王位継承の会議が開かれるだろう。それまでに彼らを説得する材料をかき集めねば」
ルードルは立ち上がると足早に部屋を立ち去った。
それを合図に話し合いが閉会しても、侍医はまだ俯いたままだった。
やがて部屋主である一郎と茉理を残して全員が退室した。
それを待っていたのか、一郎は素早く懐からレコーダーを取り出す。
「……『自分の無力さを嘆いた侍医は、ジークがとある伝手を持っていることを聞かされる。そして彼は深夜ジークとマリアの部屋を訪ねる決意した――――』」
彼は吹き込み終わると、用は済んだとばかりにベッドに寝転がった。




