第14話 だから私は兄上から玉座を奪うことにしたんだ
茉理たち一行がルードルの屋敷を拠点にして二日目。
この日も彼らはルードル家の家紋のついた豪華な馬車で登城した。
すでに四人の存在は城内に知れ渡っているらしく、王族のいる区画にも拍子抜けするほど簡単に入り込めた。
そして役目通り、エーリヒ王子の部屋で世間話をする。
どうやら王子は本当にジークの冒険譚を楽しみにしていたらしく、失敗談を交えた話を聞きながら美味しそうに薬湯を飲んでいた。
ときに冗談めかしながらも鋭い質問があり、ジークとマリアはタジタジになって顔を見合わせる。
それを一郎と茉理でフォローしたりとにぎやかに過ごす。
侍医のお爺さんが、声を上げて笑うエーリヒ王子を微笑まし気に見つめていた。
午後になって茉理たちがルードル邸に用意された部屋に戻ると、四人宛ての手紙を当主であるルードル自らが、わざわざ手渡ししてきた。
ジークが代表して神妙な顔でそれを受け取り、裏側を見て送り主を確認する。
「騎士団長のウォルフからだ!」
ウォルフなら、彼らがここに逗留していることも知っていて当然だが、敵の本拠地とも言えるこの場所に堂々と手紙を送ってきたことに驚く。
もちろんルードルが手紙を握りつぶすことも想定しての発送だったはず。
「あの方々と面会されるのか?」
ルードルが硬い表情でジークに尋ねる。
――またあの方々って言った!
だが返事など待っていなかったのか、ルードルは背を向けた。
「まぁいい。今から馬車を用意させよう。……それと君たちの依頼人はこの私だということを努々忘れることないよう」
そう告げると彼は部屋を出ていった。
ルードルとしてもこれから両者によってどんな話がされるのか想定済のはず。
それでも送り出すという意味。
いろんな思惑が入り混じっているのだろう。
四人は顔を見合わせることで無言の確認をした。
例によってルードル家の家紋のついた馬車で登城すると、いつもの乗降場の随分手前で騎士数人に呼び止められた。
服装は王立騎士団のもの。
彼らは馬車の家紋に顔を歪ませた。それもルードルの狙いだったのだろう。
あくまでこの冒険者四人は自分の陣営なのだとのあからさまな主張。
茉理は権力の綱引きを垣間見してげんなりする。
騎士たちによって案内されたのは宿舎のような場所ではなく、午前中顔を出した第一王子エーリヒの部屋がある区画だった。
当然ながらこの扉の前にも屈強な騎士が直立している。
案内の者が彼の耳元で一言二言話すと、扉を守っていた彼は笑顔で場所を譲った。
茉理たちは案内の者に付き従って部屋に入る。
中に居たのは二人。
副団長のギュンターとその上役の青年――ウォルフ。
だが、ここがどういう区画なのかはこの数日で学んでいた。
初めて会ったとき同様、彼は書類と格闘していた。
「言っておくが、こういうのは本来ギュンターの仕事なんだからな? ……別に私の仕事が遅いとかそういうのじゃなくて」
四人に対して照れ笑いしながら、ウォルフは言い訳する。
「いいえ、仕事に誰のモノだとかそういうのはありません。『今後の為にも』フランツ様には早く慣れていただかないと……」
ギュンターはウォルフを別の名前で呼ぶ。
「……ウォルフは偽名だったのですか?」
ジークの問いかけにウォルフは笑顔で首を振る。
「いいや、いわゆる幼名というヤツだな。……リオン王族は成人するまで幼名を名乗るしきたりがあるんだ。去年ようやくフランツを名乗ることになったのだが、今でも騎士のときはこの名前を使っている。……王族として公式な場ではちゃんとフランツを名乗るよう心がけているつもりだ」
額面通りに受け取れる訳もなかった。
おそらくルードルの客人だと知ったから、ちょっと遊ぼうという茶目っ気もあったに違いない。
そう考えた四人の顔色が曇ったことを気にしたのか、ウォルフは焦ったように立ち上がる。
「本当だぞ? 成人前に入団したこともあって、基本的に書類やらは全部ウォルフ名義なんだ。書き換えるのは面倒だし、騎士団にいるときはウォルフの方が何かと都合がいいんだ。……ウソじゃないぞ? な? ……ギュンターもちゃんと説明してくれ!」
四人の圧に押されたフランツが隣の部下に助けを求めると、ギュンターは「まぁ、そんな感じです」と素っ気ない同意をする。
その主従関係を越えた気安いやり取りに、張り詰めていた空気が和んだ。
「で、今はどちらでお呼びした方が?」
一郎の言葉にウォルフは微笑む。
「こうしたプライベートな場ではウォルフと呼んでくれ。……どうもまだフランツの名で呼ばれるのは慣れていなくて――」
「それは王族としての自覚が足りないからです」
ギュンターがピシャリと言い放つと、ウォルフはいたずらっ子が助けを求めるように四人を見渡した。
彼が好青年なのは初めから知っていた。
どれだけ兄から可愛がられているのかも聞いた。
国に対する愛も熱く、騎士として国の為に自らの血を流す覚悟もある。
どちらかと言えばジークはこっちの方に感情移入しそうなのにと、茉理はこっそり一郎の顔を盗み見た。
――それでもジークは兄王子の為に暴走するんだよね?
そんな茉理の視線を感じていただろうに、それでも一郎は無視し続けた。
ギュンターはずっと王子の隣に控えていたが、一歩前に出て牽制気味に口を開いた。
「皆様はこの城やその近辺で、さぞ『イロイロな方』とお話しされたのでしょうね?」
あからさまな発言にジークは口ごもるのだが、隠しても仕方ないと正直に答える。
「……はい。エーリヒ殿下と、昨日はブライト公爵とも面会しました」
意識した逆襲ではないのだが、出てきたその名前にギュンターは盛大に顔をしかめる。
ウォルフも少し笑顔を曇らせた。
その物憂げな表情が兄のエーリヒと重なる。
「兄上は元気にされていたか?」
「はい、薬湯を飲まれていましたが、昨日も今朝も声にも張りがありましたし、笑顔も見せられていました」
代表して一郎が答える。
「そうか。それならいい……」
ウォルフはそう呟くと深く腰掛けた。
そして立ったままの四人に着席を促した。
「――私は兄上ほど優秀でないことは自覚している。どちらかと言えば身体を動かす方が性に合っているしな。それでも私なりに国に必要なものは何なのか、国を統べるにあたって何が求められているのかを学んだつもりだ。……私の存在が、この国に与える悪影響も、な?」
いきなりの発言に隣のギュンターが怪訝な顔をするが、ウォルフは笑顔で彼に頷く。
「……私なりにいろいろ悩んだが、それでもやはり私が王に就くべきだと考えるに至った」
今まで一切王位に対して意欲を見せてこなかったウォルフがここに来て初めて王位への意欲を示した。隣のギュンターが目を輝かせ、会心の笑みを浮かべる。
「兄上はまだ婚姻していないし子供もいない。つまり余計な外戚の思惑がない状況なんだ。ある意味穏便に玉座を譲ってもらえるこれ以上ない絶好機だと言えよう」
確かに外戚が絡んでくると揉め度合いが倍増するのは、フィクションでも何でもなく、歴史が何より物語っている。
「私は兄上のことが大好きなんだ。物知りで優しくて、私なんかより余程臣下たちから頼りにされている。特にこの国にとって重要な者たちからの信頼は絶大だ」
その顔はどこか誇らしげで。
そして弟を想うときの兄エーリヒとそっくりだった。
「滅多に部屋から出ない兄上だが、処理する仕事量は我が国随一だ。……私など話にならない。あなたたちも兄上の部屋に入ったなら、あの大きなテーブルを見ただろう? 来客中はきれいに掃除されているが、面会謝絶した午後からの執務時間はあのテーブル一杯に山のように仕事が積まれるんだぞ? それをルードルや宰相や大臣らと一緒になって片っ端から処理していくんだ。……それを毎日だ!」
その言葉は兄に憧憬する気持ちで溢れつつも、それでいてどこか悲し気に響く。
「私とて、手をこまねいている訳にもいかず、頑張って兄上から仕事を奪えるよう努力しているのだが、全く戦力になれていない有様でな。騎士としての適性があるのだからそこで頑張れと兄上は励ましてくれるのだが、そういう問題ではないだろう?」
ウォルフは苦悶の表情を見せた。
「ただでさえ大変な執務なのに王位に就けば更に増えるのは目に見えている。しかもそれを生きている間ずっとだ! 父上は兄上と一緒で仕事の出来る人だった。誰もが父上を頼りにしていた。……その結果父上は――」
歯噛みして肩を震わすウォルフの頭をギュンターは何度も優しく叩く。
そんな彼を睨みつけながらも、ウォルフは笑顔を取り戻した。
「私もギュンターも兄上に不満がある訳ではない。あるはずがないだろう!? ……ただ、兄上が王にならなくてもいい道があるならば、私はそこを目指したい! だから私は兄上から玉座を奪うことにしたんだ。そう覚悟を決めたんだ! ……兄上やルードルにもそう伝えてくれ。私が王になる、と」
その言葉を最後にウォルフは黙り込んだ。
代わりにギュンターが晴れやかな笑顔で告げる。
「そうそう、城内の客間を確保しておきました。両王子の客人でもある貴方たちを一侯爵家の屋敷に長々と逗留させる訳にもいかなくなりましたので。今日より皆様は『王家の客人』として王位継承の会議が終わるまで、どうぞごゆるりとこの城に留まって頂ければ」
ギュンターの圧力に四人は頷くことしか出来なかった。




