第12話 まさかウェルナーに私以外の友人がいたとは驚きだね
固辞したものの半ば強引に一泊させられた茉理たちは、翌日ルードル家の紋が入った豪華な馬車に乗って登城した。
落ち着きなく周囲を見渡す場違いな四人を先導するルードル。
そんな彼に衛兵たちが最敬礼する。
極端に人の出入りが少ない区画に入ってもそれは変わらず、堂々と廊下の真ん中を歩く彼に気付いた瞬間、道を譲って首を垂れる役人たち。
茉理たちは若干の居心地の悪さを感じながらも、ルードルと付かず離れずの微妙な距離で付いていき、とある部屋の前に立った。
その扉の前には姿勢正しく、職務を邪魔するものは排除するという意志の強さを目に宿らせた騎士。それは目の前に立つルードルであっても――と言わんばかりの態度で彼は長身から見下ろすように直立を続ける。
彼が纏っている制服は、何度か見かけた王立騎士団のモノだった。
「エーリヒ殿下は?」
「……中に」
騎士は必要以上の言葉を発する気はないのか、ルードルを一瞥すると一歩横にずれるようにして場所を譲る。
彼は気にした素振りも見せず一歩進み、扉を控えめにノックした。
「ウェルナーです。……許可を」
中から声が聞こえてきたが、扉から離れたところに立っていた茉理たちには何を言ったのかまでは分からない。
だがルードルは小さく頷くと、慣れた手つきで扉を開き、場違いさに縮こまる四人に目配せした。
茉理たちは騎士の横を小さく頭を下げながら通り過ぎ、部屋に入る。
さすが王子の部屋と思わせるような立派なつくりで、部屋内にも見事な彫琢品の数々が飾られていたが、彼らが真っ先に意識したのはそのどれでもなく大きなベッドだった。そしてその縁に腰かけ微笑む青年。
ふんわりとした綺麗な金色の巻き髪と温和に見せる顔立ちに茉理は既視感を覚えたが、相当高い知性を感じさせる面差しと細い腕がその考えを霧散させる。
その隣には白衣の老人が立っていた。
「おやおや、珍しいことにお客さんだ。……まさかウェルナーに私以外の友人がいたとは」
その言葉にルードルは苦笑いして頭を下げる。
「冗談は置いておくとして。……皆様初めまして、リオン王国第一王子のエーリヒです。こんな姿で威厳も何もあったものじゃないね」
自分の恰好を見下ろし、おどけたように首を傾げるエーリヒ。
彼はシルクのように光沢ある素材で出来たパジャマを着ていた。
「いえ、こちらこそ不躾に寝室にお邪魔するような真似をしました。ご無礼をお許しください」
一郎が一歩進み出て深々と一礼すると、全員で同じように頭を下げる。
「いやいや、そもそも君たちを連れてきたのはこちらのウェルナーなんだから」
彼は楽し気に手を振ってクスクスと笑い声を漏らした。
ルードルは王子エーリヒの目配せに素早く反応すると、大きな身体を機敏に動かし、ベッド脇に置かれていた車椅子をさっと王子の前に差し出す。
王子は小さく踏ん張るような声を上げ、ベッド脇に固定された木の棒にもたれ掛かりながら立ち上がると、待ち構えていたルードルと阿吽の呼吸で座り換える。
白衣の老人がいつの間にか手にしていたガウンを王子に羽織らせるのを待って、ルードルはゆっくりとすべるように車椅子を押し出し、部屋の中央にあるテーブルの椅子の欠けた場所――おそらくそこが定位置――に寸分の狂いなく停車させる。
そんな流れるような連携にジークが感心したような声を上げた。
「さぁ、皆様も掛けてください。机は少し低いので、初めは違和感があるかもしれませんが、そこはご容赦を」
全員が促されるまま腰かけたのを見計らったかのように、控えていたメイドが皆の前に冷たい飲み物を置いていく。――王子の前には湯気の立った飲み物。
「おやおや、私だけ薬湯かい?」
その軽口に白衣の老人は無言で申し訳なさそうに頭を下げる。
彼はふふふと笑うとそれを一口飲み、「……これも慣れると美味しいよね」と呟いた。
「――さて、皆様がこちらに来られた理由はある程度察しております。ウェルナーは代々我が王室に忠誠を誓うルードル一族の当主です。他者にどれだけ疎まれようとも、どんな強い風当たりだろうと、そんなものは鼻で笑って対処してしまう。……まさに我が国の宝と呼べるでしょう」
ルードルは「もったいないお言葉です」と頭を下げた。
「――その彼が先日『殿下に相談相手を用意するつもりです』などと言い出しました。……まぁ、彼の言葉を額面通りに受け取るお人好しなどこの城内に一人もいない訳で。私も例によって『あぁ、彼がまた何か良からぬことを企んでいるのだな』と思った次第です」
その軽口からにじみ出ているのは絶対なる信頼だ。
それは全員が理解した。
「……我々四人もルードル卿が即位に関してどう主張されているのか知っているつもりです。……そして余程のことが無い限り、私たちもルードル卿の期待に応えるべく動く所存です」
一郎の意思表示にエーリヒは少しだけ笑顔を陰らせ、「……結構」と小さく呟く。
ルードルも真剣な顔でそれを見守っていた。
何から話したものかと薬湯を傾けながら思案するエーリヒ。彼が口を開くのを一同は待ち続けた。
彼は暖かく白い息を吐き切るとようやく口を開く。
「……皆様もすでにご理解いただけているかと思いますが、私は健康な身体を持っていません。そればかりか生まれつき足が動かず、自分一人では用を足すこともままならぬ状況です」
その言葉にジークがピクリと反応した。
エーリヒは弱々しい笑みを浮かべる。
「そんな人間が王として祖国の役に立てるのでしょうか? 確かにそれなりの教養は身に着けております。幸いにも女神ラフィルの好意で時間の流れだけは平等に分け与えられておりますので。……まぁ、残り時間まで平等かどうかは『彼女』のみが知ることですが」
皮肉気に告げ、遠くを見つめるエーリヒ。
病床の父王を意識しているのだろうかと茉理は考える。
「それならばいっそ、丈夫な身体に生まれた弟に玉座を譲り、私は臣下として――」
「何をおっしゃるのです!」
ルードルが初めて見せるような怒気を孕んだ表情で叱責した。
だがエーリヒは笑顔で続ける。
「ですが貴方が推し、私が『よし、王になろう!』と腹を括ればそれで済むという次元の話ではなくなったでしょう? ……父上は、議会で大いに議論せよとおっしゃった」
ルードルの口の奥からガリっという音が聞こえた。
おそらく思いっきり奥歯をかみしめたのだろう。
彼としても、『その言葉さえなければ』と今まで何度も考えたに違いない。
今朝も彼は馬車内という密室で、病床の王に対して苦言めいたものを呈していた。
だがルードルは毅然と顔を上げ、自らの主張だけは絶対に取り下げないという断固たる決意を口にする。
「もし私が殿下を戴くべき王でないと判断したならば、初めからこんな風に動いておりません! ……たとえその不自由な身体を持っていたとしても、我が国の王に相応しいのはエーリヒ殿下だと心より信じております。誰がどう考えようともそれを曲げるつもりは毛頭御座いません! ……ですからこうやって柄にもなく策を弄しているのです!」
「……柄にもなく、ね?」
ふふふと混ぜっ返すエーリヒをルードルが睨みつけた。
「――そうですね、ルードルが信頼している貴方たちには正直に申し上げましょう。……私としては弟が可愛い。可愛すぎて仕方ない。小さい頃は彼もよく『にいさま、にいさま』とこの部屋に遊びに来てくれたものです。……今は他者の思惑もあって、二人きりになることさえ叶いませんが」
エーリヒは弟を語る兄の表情を見せ、懐かしそうに微笑む。
「弟は今、自分のすべきことを見定めてその道を進むべく必死でもがいております。その姿は本当に頼もしく愛おしく、そして何より兄として誇らしく思います。……だから、だからこそ私の本音としては、彼を玉座に縛り付けたくないなとも思ったりする訳です」
ルードルが急に顔を撥ね上げた。
そこに浮かぶ表情は場違いなまでの驚愕のそれ。
彼にとっては『喜ぶべき意思表示』なのに、思わぬ言葉が飛び出したと言わんばかりだった。
しかしエーリヒはそんな彼を無視して兄の顔で続けた。
「玉座はきっとあの子を殺してしまうでしょう。弟は自由に羽ばたいてこそ力を発揮します。翼をもがれ玉座に縛り付けられた弟はただの『未熟な青年』です。いずれ弟も彼の支援者たちも後悔することになるでしょう。では、やはり私が玉座の主になるべきか? ……それもまた考えモノですよね?」
王子はイタズラっぽい笑顔を見せた。
ルードルは再びしかめ面に戻った。
どうやらいいように振り回されているようだ。
「…………まさか、ブライト公爵を……ということですか?」
「はてさて、どういたしましょうか?」
はぐらかすエーリヒ。
ルードルは何度目かの溜め息を漏らした。
そんな彼を見てエーリヒは笑顔で薬湯を傾ける。
「……今日はこれぐらいにしておきましょうか。お客人も頭を整理する時間が欲しいでしょうし。この国の力関係も分からない、両陣営の話も満足に聞けていない状況では、何をどう判断するにしても酷というものです」
優しいながらも断固とした声にルードルは深々と頭を下げた。




