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第5話  さすが一郎センセ、伊達に歳食ってない。


 一郎の指差す先、美味しそうな匂いがする食堂の奥の席で向かい合いご飯を食べている二人がいた。

 金髪のイケメンが快活な笑顔で話しかけながら、大口で肉料理を頬張っている。その前に座っているのは清楚感あふれる修道女。彼の言葉に相槌を打つように頷きながら飲み物を一口二口と含み、はにかむ笑顔を見せていた。

 パッと見ただけで仲の良いカップルの食事風景だと分かりそうな光景の中、一郎は空気も読まずに近寄る。


「やぁジーク、調子はどうだい?」


「……ん? ……え? ……貴方は?」


 いきなりの馴れ馴れしく『ジーク』呼ばわりをするおっさんが現れたことに、彼は眉をひそめる。


 ――そりゃいきなり見ず知らずの人間からフレンドリーに話しかけられようものならビックリもするでしょうよ。

 いくら主人公に会えたからって最初からそれは無茶だって!


 茉理が呆れ半分で見守っていると、一郎もさすがに今の自分は得体の知れないヤバいヤツだと気付いたのだろう、取り繕うように軽く一礼した。


「あぁ、すまないすまない。何せ我が国の名誉騎士『疾風迅雷のジークムント』と言えば、連続誘拐犯の拠点を潰し、真実を(つまび)らかにした超凄腕冒険者として有名だからね。まさか出会えるなんて思ってもいなかったから、ついついはしゃいでしまったようだ」


「……あの、もしかしてヴィオール国の方でしょうか?」


 ジークムントは何やら合点がいったか、一郎の今の言葉に警戒を解いて笑顔で応じた。

 一応見かけ上の年齢が年長者の一郎に丁寧な言葉を使う礼儀正しさも忘れない。

 それだけで茉理の中で『いい子』確定だった。


「あぁ、そう言えばまだ名乗ってすらいなかったね。私はヨハン=べルムートだ。国立の研究所で働いている。こちらは助手のチェリー=フェスタ。……もちろん我々二人も例の()()()に署名させてもらったよ。何たって君たちは『私たちの英雄』なんだからね」


 堂々たるしぐさで握手を求める一郎にジークムントも笑顔で手を握り返した。


「チェリーさんも初めまして」


 彼は一郎の後ろに控えていた茉理にも握手を求めてくる。

 茉理はそれに応じながら、チェリーフェスタっていうのは『桜祭り』ってコトかと今更ながらに気付く。

 ツッコミむタイミングを逃した茉理が忸怩(じくじ)たる思いを噛みしめているなんて気付いていないイケメンは、彼女にもさわやかな笑顔を見せる。

 茉理も自分の中にある、なけなし愛想をかき集めて微笑んだ。


「はじめまして、()()ジークムント様にお会いできるだなんて光栄ですわ。……どうぞ私のことはチェリーとお呼びください」


 自分でも何が『あの』なのかさっぱり理解していないが、一応茉理も社会人なのでそれなりの対応をする。


「では、僕のことも気軽にジークと呼んでくださいね」


 ジークが随分とフレンドリーになった一方、パートナーのマリアは一郎に困惑の視線を寄越していた。

 茉理が彼女に視線を合わせて一礼すると、彼女も礼儀とばかりに笑顔で頭を下げる。


「……マリアさんもはじめまして」


 未だ警戒心の消えないマリアに茉理の方から手を差し出すと彼女もおずおずと手を握り返してきた。

 一郎も同じように手を出すと、やはり少しの躊躇(ためら)いの後、手を握った。

 


 主人公であるジークムントとその相棒であるマリアには共通点があった。

 実は二人とも『現実世界の日本人』なのだ。

 二人は人気PCゲーム『グロリアス・サーガ』の愛好者で、ひょんなことからこの()()()()()()に入り込むことが出来た、いわゆる()()()()()()()()()

 彼らはこのセカイで何度も顔を合わせながら、ギルドの任務や貴族たちからの依頼を幾度となくこなしてきた。

 その中で、もしかしたら相手も同じ境遇なのではといった考えに至り、お互いこのセカイの住人でないことを打ち明け合う。

 そこから恋愛相手として意識し始めて徐々に惹かれ合い、だけど中々決定的な言葉を言い出せない奥手な二人は……なんて感じの、甘酸っぱい冒険生活を送っている。

 ――という設定だ。 


 

 いまだ警戒心を解かないマリアと、事情がよく分からないから黙っていることしか出来ない茉理を置いて、ジークと一郎は本格的に腰を落ち着かせて話し始めた。

 

「――ではヴィオールからだと、やはりボーデン同盟領経由ってコトですよね?」


「まさか、そんな回り道は出来ないよ。関所を通過する為の手数料だって馬鹿にならないし」


「じゃあまさか、スティム越えですか? ……そんな軽装で?」


「まぁそのあたりはいろいろとね」


 驚くジークムントに対して一郎はふふんと不敵に笑う。

 商業自治区があるこの大陸は南北に連なる急峻(きゅしゅん)スティム山脈によって完全に東西に分断されていた。移動しようと思えば、南国のボーデン同盟に高いお金を払って安全に通行するか、海洋経由で常に政情不安定な北方諸国を抜けるしかない。一郎が一度口にしたヴァジュラ国もそこに位置する。

 大抵の人間ならば安全な同盟領通過を選ぶのだが、見るからに歴戦の冒険者には見えない一郎たちが第三の選択肢である山脈越えをしてきたことにジークは驚いていたのだ。

 あまり知らないから黙って聞いていただけの茉理は、ジークが何に驚いたのかなど知るはずもない。




「……いや、ネタばらしすると私たちは古代遺跡の研究者をしていてね。そもそも今回はあの山を調査するのが仕事だったんだよ」


「……なるほど、僕も何度か依頼であの辺りに行きましたが、確かに遺跡が多かったですね」


 古代遺跡だとか茉理にはさっぱりだったが、ジークムントとマリアが神妙な顔をしているので取り敢えず合わせる。


「で、調子に乗ってあれこれ調査をしていたら、悲しいことに途中で路銀が尽きてしまってね」


 その言葉でやっと茉理は一郎が何を切り出したかったのか気付いた。

 正直なところ、先程から何をくだらないことをウダウダくっちゃべっているかと心の中で悪態をついていたのだが、ようやく腑に落ちる。


「取り合えず商業自治区まで足を延ばせば、日雇い仕事でもあるかと思って。……で、どこかこのあたりで良心的な商会やらそういったことを教えてくれそうな人がいないものかとウロウロしていたら、知った顔のジーク君を見つけたので思わず――という次第でね」


 多少強引だったけれど、それなりに説得力のある展開だった。


 ――さすが一郎センセ、伊達に歳食ってない。


 恥ずかしそうに頭を掻く一郎が堂に入っており、茉理はこっそりと尊敬のまなざしを見せる。


「もう仕事自体は済ませてあってね、あとは路銀でも稼ぎながら外のセカイをじっくり見て回ろうかと。こんな機会なんて滅多にないだろうし。二人でそんな話をしながらここまで来たんだ。……ね?」


 一郎はいい笑顔で茉理にウインクする。

 中身はアレだけど見た目がダンディなだけにドキドキしてしまい、茉理はただ頷くことしかできない。


「……どれぐらい必要ですか? ヴィオールに戻るぐらいのお金でしたら、わざわざ働いたり商会から借りたりしなくても僕が工面しますよ? 皆様には十分過ぎる程お世話になりましたし、報奨金だってたくさん頂きましたから」


「……その気持ちはありがたいが、そこまでしてもらう義理がないよ」

 

 ジークの混じりっ気のない善意に対して、一郎は一旦引いてみせた。

 最初からせびる気満々だったのをおくびにも出さず、きっちりあちらから貸すと言わせる交渉術に感心する。


「……でも、もし可能ならば数日分の宿賃()()貸してくれないか? あとは私たちで何とかするから」


「それでしたら別に返していただかなくても結構ですよ」


 こうして一郎はジークから当座をしのげるお金を借りることに成功した。

 歴戦の勇者である彼らにとっては微々たるものだろうが、茉理はこっそり一郎を見直した。


「まだ戻るまでは時間もあるし、このあたりの歴史にも興味があるから、しばらくはここにいるつもりなんだ。……近いうちにお金を作って返すよ」


 一郎はお金を受け取って彼らに一礼すると、勝手知ったる感じで宿の受付に向かった。

 茉理も同じように彼らに感謝を伝え、肩で風を切って歩く一郎の背中を追いかけた。




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