第11話 隠し事は『出来るだけ』しないと約束する。
騎士団宿舎を出て乗り場に向かった茉理たち一行。
丁度王都方面の馬車が来ていたので、四人は血相を変え猛ダッシュで「待って! それ乗りますから!」と大声で叫び駆け込む。他の住人たちがぎょっとした顔で彼女たちを凝視するが、今はそれどころではない。
幸いにも乗客は彼らだけなので急ぐ必要もなかったのだが、必死の形相で走る四人を見て御者のおやっさんは「珍しいものを見た」と腹を抱えて笑っていた。
お誂え向きに気にしなければいけない乗客もいない状況だったので、四人は先程のウォルフたちとの会話を振り返ることにする。
「ねぇねぇ、なんかルードルさんってメチャクチャ警戒されてない? ジークはどんな仕事をもらうんだろ? ……今になってちょっとだけ怖くなってきちゃったかも」
茉理はチェリーを演じながら冗談交じりに話を振ってみる。
「そんなに言われるほど悪い人じゃなんだけどな。……確かにクセは強いし見た目もあんまり清廉そうには見えないけれど。……あ、でも奥方は美人だよ? 元々は商家の娘さんだったから気取ったところもなく、物腰も穏やかだし……」
ジークは苦笑いしながら彼のフォローをするが、イマイチ弁護しきれていないのはご愛敬か。
――そもそもルードルさんの長所っていい奥さんを捕まえたってコトだけ?
よく出来た女性が愛想を尽かさず一緒にいるということで、間接的に『いい人』だと言えるかも知れないけどさ。そんなのって寂しくない?
マリアも茉理と同じことを考えたのか、顔を見合わせて同時に噴き出した。
一郎は窓の外を眺めながら誰にともなく話し始める。
「そのルードルさんとやらは、おそらく王位継承に相当な発言力があるんだろうな。その言葉に皆が関心を持っている。そんな彼にあまり良い印象を持っていないウォルフとギュンターは、手駒として選ばれた私たち一行がどのような人間なのか見極めたかったってコトだろう。もしゴロツキ紛いと判断したなら、最悪その場で斬ることも考えて。……一緒にいるマリアやチェリーを見れば、その線は消えただろうが。そういう意味で君たちはジークと私の身元を保証する貴重な存在と言えるな」
丁度ルードルに対して同じようなことを考えていたこともあって、茉理とマリアは照れて顔を俯かせる。
「実際、もう警戒はしていないという意味で、報酬とは別にギュンターさんのポケットマネーから馬車代と宿一泊分のお金も頂けた訳だし。……お互い立場を尊重して仲良くやっていこうという向こうからの歩み寄りだろうね」
ジークも笑顔で同意する。
「でもさ、それはそれでまた問題じゃない? もしルードルさんとギュンターさんが本気でやり合うようになったら、私たちどうしたらいいの?」
茉理の新しい難題に答えられる者はいなかった。
馬車を乗り継ぎ、いくつかの街で宿を取りながら、茉理たちはようやく王都オルファンに到着した。土地勘のあるジークに先導してもらい、寄り道せず足早にルードル邸に向かう。
しばらく歩いた後、辿り着いたのは大きな屋敷だった。ギュンターに案内された騎士団宿舎と同じぐらいで、都にこれだけの屋敷を持てるというだけで大物感があると、茉理はだらしなく口を開きながら見上げていた。
「言っておくが、この屋敷は別邸だらな。本邸は彼の所領にあってこの数倍大きい、……という設定だな」
一郎がそんな茉理の耳元で囁く。
二人がそんな会話をしている間にも、ジークは姿勢正しく門に守る兵士に話しかけて封筒を見せていた。
すでに話は通っていたらしく衛兵は「お待ちしておりました」と最敬礼し、四人を敷地内に招き入れる。
それと同じくして執事らしき落ち着いた男性が屋敷の大扉から早足で出てきた。
衛兵は彼の耳元で何かを告げると執事は笑顔で何度も頷き、ジークたちに恭しく一礼した。
彼の先導で当主の執務室へ向かい、ようやく茉理は伝聞ばかりで先入観アリアリのルードルと初面会を果たしたのだった。
ルードルは恰幅が良いというよりも丸い男なのだが、その体型にありがちな愛嬌など欠片もない男だった。こんなのでも一応怜悧と表現すべきなのか茉理としては迷うところだったが、目つきの鋭さは研ぎ澄まされた刃物を思い起こさせる。そこまで性格の悪さは感じられないが、確かに何か企んでいそうだと茉理は小さく微笑んだ。
四人は勧められた席に腰を落とすと、手際よくテーブルに飲み物が並ぶ。
「さて、まずは早い到着に多大な感謝を。ジーク君の性格を考えて手遅れになることだけはないと思っていたが。……このような尻込みしたくなる案件に腰を上げてくれた君の男気には本当に頭が下がる」
一応厄介事を持ち込んだという自覚はあるようで、ルードルは丁寧に頭を下げた。
「それに仲間の方々にも。……反対意見はあっただろうが、それでも大事な仲間である彼を私の元へ届けてくれたことに限りない感謝を。……申し遅れたが、私はウェルナー=ルードルだ」
彼は茉理たち三人にも深々と頭を下げる。冒険者相手だからふんぞり返っても文句はないところだが、その辺りは驚くほど礼儀正しい。
「さて早速だが、本題に入らせて頂こう。君たちには詳しい事情を知っていてもらいたいのだ。隠し事は『出来るだけ』しないと約束する。……その代わりと言っては何だが、是非ともこの国でこれから起こることは他言無用でお願いしたい」
元より吹聴する趣味のない四人は無言で頷く。
ルードルはそれを見届けてから飲み物を口にし、ゆっくりと言葉を選んで話し始めた。
「王が主だった人間を枕元に集めたのは数ヵ月前のこと――」
二年ほど前から現王の体調が思わしくないとのこと。
今日明日でどうこうという話では無いが、臣下たちは突然の崩御も頭に入れて準備し始めていたという。
そんな中、病床の王から今のうちに次の王を決めておけとの命令が下ったそうだ。
……そして、その日より公然と王位継承問題が議論されることになったという。
「私は兄王子エーリヒ殿下を次期リオン王にと強く推している。順当に継承してこその王統だと信じているからだ。余計な要素を継承に組み込むと、将来良からぬ者の介入する余地を与えかねない」
ルードルは強い口調で長子継承を主張する。この時点でルードル家と弟王子フランツを推す騎士団との決裂は確定した。
「議論することに関しては私とて大いに賛同させて頂くところだ。だが要らぬ中傷合戦は忌むべきこと。他国に弱みを見せるだけで百害あって一利なしだ」
ルードルは溜め息交じりに天井を見上げた。
「――して、ジークにどんな仕事を? まさかエーリヒ殿下の即位を阻む存在を殺せとでも?」
一郎の物騒な言葉に三人が目を剥く。
そんな三人の反応を見たルードルが楽しそうに笑い出した。
「さすがにそこまでは考えないな。……もし二十代の血気盛んな私ならば、斬って欲しい者の名を数人洩らしただろうが、ね?」
――おるんかい!
……それも数人おるんかい!
おそらく全員が心の中でツッコんだ。
「まぁ、それは冗談だが。……君たちに求めるのは、むしろその逆だな」
意味が分からず首を捻る者たちの中、一郎が口にする。
「――つまり『誰か』を守れと?」
思い当たるのはたった一人。
しかしルードルは首を振った。
「私からはこれ以上は何とも言えないな。……あくまで君たちはエーリヒ様の相談役として呼び寄せた人材だ。城内から出ない殿下の為に庶民の暮らしを伝える先生として振舞ってもらうことになる」
意味深な言動で煙に巻かれて、茉理としては正直的を得ない。
「もしかして第一王子は命を狙われているのですか?」
ジークの言葉にルードルは笑顔で首を竦めた。辛うじて愛嬌めいたものが発生したと言えなくもない。
「もし、仮に、万一、エーリヒ様が狙われていたとしても、だ。その御命を守るのは王立騎士団の仕事であって君たちの仕事ではない。……ゆえに君たちへの依頼はエーリヒ様を守ることではあり得ない。……分かるかね、この理屈が?」
茉理はその言葉を正確に理解した。
いわゆる行間を読めということだろう。
エーリヒ王子を守る王立騎士団そのものが信用出来ないのだが、立場上それを口に出すのは憚れる。また、彼らの職分を侵犯することも当然ながら許されない。
だから相談役の名目でジークたちが彼の回りをウロウロするのだ、と。
あとは状況に応じて、それなりの対応を取ればいい、と。
「仮にエーリヒ様が何者かに襲撃されたとして、それは私たちが手引きしたと邪推され、しいては私たちを呼び寄せたルードル様へ罪が擦り付けられる可能性は?」
マリアの鋭い質問を受けたルードルは、しばらく壁を凝視したのち小さく嘆息する。
「十分過ぎる程ある。……そのときは皆で仲良く処刑台に並ぼうか」
絶句するジークとマリアを見て一郎とルードルが微笑む。
茉理としても余裕があった。
最悪一郎がレコーダーで何とかすればいいだけの話。
主人公の処刑エンドなんて、たとえ打ち切りでもあり得ないし、担当者の名に懸けて茉理が絶対に許さない。
「……でも王立騎士団のトップってさ、ウォルフさんとギュンターさんだよね。最悪話せば分かってくれるんじゃない?」
茉理が彼らを安心させる為に告げた一言に、反応したのは他でもないルードルだった。
「あの方々と面識があるのか?」
――あの方々?
ジークが代表して森と宿舎でのことを話した。
ウォルフがあの場で告げたことも全て。
それを目を見開きながらじっと聞き続けていたルードルがホッと息を吐き切る。
「…………なるほど。それならば君たちは随分動きやすくなるだろう。少しだけ安心した」
ルードルは何度も頷き、取り繕う様に性格の悪そうな笑みを浮かべた。




