第10話 ルードルさん警戒されすぎ。
ギュンターは行政区域ではなく、町の外壁にぴったりとくっつくように作られた兵舎でもなく、大きな邸宅が立ち並ぶ区域を先導する。
リオン国最南の町ケイオンは国境の地でありながらリゾート地としても有名らしく、避寒地として大貴族たちが別宅を構えるのだと言う。ギュンターが立ち止まったのはその中でも特別大きな屋敷の前だった。
場違いさに驚き気後れする冒険者面々に、騎士たちはどっきり成功とばかりの笑顔で次々と馬を連れたまま門をくぐり屋敷の裏に回る。おそらくそこに厩舎があるのだろう。
茉理たちがきょろきょろする中、一郎だけが思わせぶりな表情で壁に彫り込まれた家紋を見つめていた。そんな彼を見てギュンターが「バレたか」と頭を掻く。
「出来れば今はまだ『それ』に気付いて欲しくなかったね。一応ここは騎士団の詰所として正式に採用されている場所だから。……元々はウチの一族の別邸だけど」
「……へぇ、随分とお金持ちなんですね?」
茉理の分かったような分からないような言葉にギュンターは破顔する。
「それなりに、かな? 基本的に王立騎士団というのは貴族にしか門戸を開かれていないから、全員それなりにお金持ちということになるね」
ギュンターはそう言うと、屋敷から出てきた細身の青年に馬の手綱を預け、彼自身は笑顔で屋敷に入っていく。彼が振り返って手招きするので、茉理たちも恐る恐る付いて行った。
屋敷内は外観で想像していたよりも更に煌びやかで、壁から天井から芸術性の高さを感じられるものだった。
ギュンターは一斉に頭を下げるメイドたちに軽く手を振って返し、その中の一人に六人分の飲み物を用意するように伝える。
「……さぁ、こちらへどうぞ」
ギュンターは四人を二階へと案内しながらゆっくりと進む。辿り着いたのは突き当りの部屋。部屋の外にも関わらず豪華な彫琢品が置かれ、大きな風景画が掛けられていた。明らかに貴賓室だとわかるそれ。
彼はその扉を無造作にノックする。
「ギュンターです。ただいま戻りました。……許可を」
「……あぁ、どうぞ」
中から聞こえたのは男性の声。
ギュンターが目線で先に入るよう伝えてきたので、ジークを先頭に緊張の面持ちで入室すると、机の上に広げられた書類と格闘している青年がまず目に入った。ギュンターが最後に入って扉を閉める。
「まずは報告を。通報のあった森のモンスターは無事討伐完了致しました。人的被害はゼロです。……で、ウォルフ様もあの程度の机仕事、当然ながら終わっていますよね?」
それに対して書類を睨みつけながら無言を貫く青年。
金髪のクセっ毛で背中まである髪先がカールしている。
茉理が予想していた通り、あの酔っ払いを締め上げていた彼だった。
昨夜は暗がりで分からなかったが、明るい場所でじっくり見ると、立派な体格に似合わず顔はどこかあどけない。
まだ成人していないのかもと彼女は判断する。
「お互い一仕事終えたことですし、そろそろ一服しませんか?」
半笑いのギュンターの言葉に青年はようやく顔を上げると、持っていたペンを彼に投げつけた。
「まだ、終わってない! 見て分かることを言うな!」
ギュンターは投げつけられたペンを苦も無くキャッチすると含み笑いする。
書類に向かっていた青年は初めて一緒にいたジークたちに気付いたらしく、目を見開いた。
「客人!? それならそうと早く言え、バカ! ……って、貴方たちはどこかで……あぁ、昨日の?」
ウォルフと呼ばれた青年はくるくると目まぐるしく表情を変え、最後には破顔した。明らかに偉い人だと分かるのに憎めない気さくな感じで、茉理としては好感度高めだった。
――ギュンターさんもウォルフを上司というよりは弟のように掌で転がしている感じで、じゃれあっている姿が眼福というか何というか。
彼女の中に眠っていた腐女子の一面がひょっこりと顔を出す。
「彼らはギルド所属の冒険者でして、先程の緊急任務の際に手助けいただきました。これから王都に向かうそうで、何でもあのルードル家から招待を受けているとか。……もちろん封蝋の種類も確認済です。間違いなく本人からでした」
ギュンターのその報告に、青年はスッと笑顔を消す。
「……この時期に、冒険者を、か? ……それもあの狸自らが? ……なるほどな」
青年はトントンと人差し指で机を叩く。
ルードルを狸呼ばわりし皮肉気な笑みを浮かべる二人を見比べ、ジークが身体を強張らせた。
そんな彼の反応など一切気にせず、青年は片目を瞑りながら何やら考えてから口を開いた。
「……どのような仕事で?」
「いえ、本当に呼び出されただけなんです。……これから何か仕事を言い渡されるのかと」
ジークは王位継承問題に関して意見を求められているということを隠した。青年も大した返事がないことは承知の上だったのだろう、納得したように頷く。
「……なるほど。でもまぁ、アレが何も関係ない人間をよりによってこの時期に呼びつけるとは思えないからな。徹底的に無駄なことを嫌うヤツだ。……こちらの方々を使って何かを企んでいることが分かっただけでも良しとするか」
「それにしては遅すぎませんか? ……いや、逆なのか。もう貴族相手の工作は終了していて仕上げの段階に入っている?」
「アイツなら我々の知らないところで、引っ掻き回していても不思議はないな?」
二人はジークたちの前にも関わらず思わせぶりな話をする。
――ルードルさん警戒されすぎ。
茉理としても笑うしかない。
密談とも言えない堂々とした密談を終え、青年は立ち上がり優雅に一礼した。
「そういえば自己紹介もまだだったな。私は王立騎士団団長のウォルフ。……姓を名乗ることは許されていないので申し訳ない」
丁寧だけどその堂々たる仕草に茉理は圧倒される。
ギュンターと同じく明らかに貴族と思われる佇まいだった。
姓を名乗れないってどういうことかと目で隣の一郎に尋ねるが、彼はそれを黙殺する。
ウォルフが笑顔でジークたちにソファ席を勧めた。
言われるまま腰かける四人。
それを見越したようにメイドが飲み物を持ってきた。
カラカラと氷がグラスの中で鳴っている。
ギュンターは笑顔でグラスを受け取ると、喉を鳴らして一気に飲み干した。
「ごめん、もう一杯もらえるかな? 仕事後だから喉が渇いてね――」
ギュンターはさりげなくメイドに席を外すよう伝えると、彼女もそのあたりは心得ているのか優雅に一礼して部屋を後にした。
茉理たちも喉が渇いていたので思い思いにグラスを取り口に含む。
「……さて、改めてルードル家との関係を聞いてもいいかな? 当たり障りのないことだけでいいから。私たちもそこまで詮索するつもりはないし、当然拘束するつもりもない」
ギュンターが身を乗り出した。
一方ウォルフは乱暴に氷をかみ砕きながらも目を瞑り、一言も聞き逃さないように集中する。
どう考えてもこれが本題だった。
そのために四人はここに呼ばれたのだ。
ジークもそれが分かっているのか深呼吸した。
「きっかけは奥方の依頼でしたね。……以前奥方が購入予定だった絵画が店から盗まれまして、犯人を捕らえ、絵画を無事に取り戻すようにと」
「それは最近のコトかな?」
「いいえ、僕がまだ駆け出しで、こちらのマリアともまだパーティを組んでいない頃の話です」
「……なるほど」
見当違いだったのかと言わんばかりに首をひねるウォルフの横でギュンターは質問を続ける。
「……では最近我が国へ何かの仕事で来たことは?」
「ありません。隣国のセリオへはこの前ここにいる四人で訪れましたが。……あと同じく隣の帝国領ラスティアにも仕事の依頼で行きました。そのときは僕一人でしたね」
騎士二人は顔を見合わせて唸った。
「こちらからもお二人に質問してもいいですか?」
沈黙の間隙を縫ったのは一郎の声だった。
反撃開始かと部屋内に緊張が走る。
「……どうぞ、答えられる範囲内なら」
ギュンターは笑顔で応じるものの、目には剣呑な雰囲気が宿り始める。
「では。……この国の末端まで王位継承問題の話が盛り上がっているようですが、騎士団としてはどちらが王になるべきだと思われますか?」
一郎の不躾で皮肉まみれの言葉にウォルフがあからさまに顔をしかめた。
ギュンターはそんな彼を笑顔で制する。
「役職上、騎士団としての答えはありません。どちらが王になったとしても忠誠を貫くまでのことです。……ただ私――ギュンター=ブライト個人は第二王子であるフランツ殿下を強く推す存在として両陣営から認識されていますし、それを否定するものではありません。……まだ殿下支持は騎士団の総意と受け取って頂いても結構かと」
「ギュンター、言い過ぎだ!」
「構いません。こちらの方々はルードル卿の客人なのです。もう関係者なのですよ」
ギュンターは上司の言葉を軽く流す。
ウォルフは盛大に溜め息でもってギュンターを諌めると、困惑しきりなジークたちに向き直った。
「これから我が国のことで皆様のお手を煩わせるようなことがあるかと思います。一応諸外国に弱みを見せぬよう穏便に収めるつもりですが。大事にしたくないのはあちらも同じはずでしょうし」
ウォルフは今までのどこか幼くやんちゃな口調から一変させ、落ち着いた低音の響きで話し始めた。部屋の空気までもどこか厳かに感じられる程。
「私自身、こんなことを頼める『立ち位置』ではないのですが、皆様にも協力してもらえると助かります。……今後不愉快極まりないことが起きるかも知れませんが、そのときは遠慮なく私の名前を出して下さい。大抵のことはそれで丸く収まるはずですから。私たちがどのような形で知り合ったのか、私が皆様に対してどんな対応をしたのか、それらを説明していただければ、この国で皆様に害する存在は全て排除出来るはずです」
最後に金髪を揺らし、穏やかな笑顔で頭を下げた。
その何とも言えぬ魅力に茉理は引き込まれそうになる。
彼の隣ではギュンターがどこか誇らしげに微笑んでいた。




