第9話 これって、典型的なドラ〇エのアレだよね?
茉理の派手な魔法は森の中にいた他の場所でも見えたらしく、何事かと駆けつけた騎士が状況を把握しようと周りを見渡した。
消し炭になったモンスターを眉間に皺を寄せながら見分し、ようやくこの国と関係のない人間である茉理たちに気が付いたようだった。
「……これは君たちが?」
「僕たちが、というよりも彼女が、ですね」
ジークは困った顔をして茉理を振り返った。
その視線につられるように騎士は彼女を見る。
この国でも白衣を着た少女は珍しいのか、驚きで彼女のつま先からてっぺんまでじっくりと観察する。
その視線が気に障った茉理は逆に彼を睨み返してやった。
自分の視線が彼女の不興を買ったことを理解したのか、彼は咳払いで誤魔化す。
「騎士団として、助勢してもらったことを心より感謝する」
丁寧に一礼する騎士に茉理もケンカ腰を改めて小さく会釈した。
「……ちなみに何故ここにいたのか聞いていいだろうか? いくら冒険者とはいえ、ここに用はないはずだ」
「乗合馬車に乗っているときに、注意喚起している兵士からここでモンスターが暴れているという話を聞きまして――」
ジークはこういう状況は慣れているのか、丁寧に筋道立てて経過を告げた。
「……なるほど、ね。……で、王都へはどういった用件で?」
騎士は納得したのか、表情に柔らかい笑顔を乗せ更なる情報を求める。
そのあたりの手際は見事で世間話の延長といった感じだった。
「それは、……ルードルさんに呼ばれて――」
「ん? ちょ、ちょっと待て。……ルードルってのは我が国のルードル侯爵家のことか?」
騎士はルードルという名前に過敏に反応する。
ジークも不用意は発言は出来ないと判断したのか、無言で頷くに留めた。
騎士は目を瞑ったまま考え込むと、「少しここで待っていてくれ、お願いだから勝手に帰ったりしないでくれよ」と四人に言い残して再び森奥に入っていく。
周りで推移を見守っていた兵士たちに『逃がすなよ』と言わんばかりの視線で威圧するのも忘れなかった。
いつまで待てばいいのかと考える間もなく、奥から駆け足で別の人間がやってきた。現れたのは先程よりも身なりのいい騎士。茉理はすぐに酔っ払いを捕縛していた騎士の片割れ――短髪の軍人だと気付く。
「……ん、キミたちは――」
あちらも四人のことを覚えていたらしく、目を見開いた。
「まぁ、今はそんなことはどうでもいいか。……それよりもルードル家に用事があるんだって?」
昨夜寄越した冷たい視線ではなく、酔っ払いを相手にしていたときのような穏やかな声。ジークとマリアも同じように思ったのだろう、顔を見合わせると温和な顔で返事する。
「はい、ギルド経由でお手紙を頂きまして」
「それは、また……ちょっと見せて貰えるかな? ……あ、いや中身はいいんだ。見たいのは封蝋だけ、それが本物かどうかだけ確認させて欲しい」
片目を瞑って頼み込む騎士にほだされたのか、ジークは笑顔で手紙を彼に差し出した。
彼は慣れた手つきで受け取った封筒を裏返すと、いきなり顔を寄せて何度も蝋の匂いを嗅ぐ。
「……あぁ確かに。疑って済まなかったね。……時期が時期だから、どうも『あの人』の言動には過敏になってしまって」
騎士は溜め息交じりで思わせぶりなセリフを吐く。
茉理としてもその言葉がどういう意味なのか今はまだ何とも言えない。
「そういえば自己紹介がまだだったか。私はギュンター=ブライト、王立騎士団で副団長を務めています」
恭しく一礼する姿は貴族の礼儀作法が何たるかを理解できない茉理でさえ、『これは本物の貴族だ!』と思わせるものだった。
「……では、昨日会ったもう一人の方は団長ですか?」
茉理の問いに、ギュンターは困ったような笑顔で頷く。
「近いうちに彼を紹介することもあるだろうね。……なにせ、キミたちは今まで表立って動かなかった彼がわざわざ国外から呼びつけた『お客人』だから」
思わせぶりに口元を歪めた彼は、もう一度茉理たちをじっくり観察してから背中を向けた。
「……あの! 実は乗っていた乗合馬車が行ってしまったので、この近くにある停車場を教えてもらえますか?」
茉理がその後ろ姿に声を掛けると、彼は振り返って首を傾げる。
そして一瞬だけ楽しそうな笑みを浮かべた。
それを隠すように殊更真剣な表情を作って見せる。
「それならば、いっそケイオンに戻った方が早いよ。……私も今から街に戻って報告しないといけないし。せっかくだから部下たちの後ろに乗るといい。……『お礼代わり』に送っていこう」
彼はそう告げると手招きした。
「――あだッ! ……舌噛んだ!」
「ホラ、ちゃんと口を閉じてろって言っただろうが! 馬車と違って軍馬は結構揺れるんだぞ!」
壮年の騎士が苦悶する茉理を笑い声で窘める。
彼女は男の腰に抱き着きながら了解とばかりに何度も頷いた。
馬車よりもはるかに速く、景色が飛ぶという表現がまさにいい得て妙。昔の文人はいい言葉を作ったものだと感心する。
隣の馬を見ると一郎も興味深そうに景色を眺めていた。
何事も経験。
彼もいい取材旅行が出来ているらしい。
馬の中でも鍛えられた存在である軍馬だけあって、あっという間に町に到着した。町の門をくぐってからは通行人の迷惑にならないよう降りることが徹底されているらしく、騎士たちはそれを守って一列になって馬を引いて歩く。その辺りの規律正しさに茉理は少しばかり感動を覚えた。
乗合馬車の停車場近くまで来て、茉理たちは騎士たちに頭を下げる。
「ありがとうございます。本当に助かりました。それでは、またどこかで――」
ギュンターはいたずらっぽい笑みを浮かべながらジークに近付くと、彼の肩を抱き寄せた。
「はいはい待った待った。……騎士団としてはこのまま何の礼もせずに返してしまうと、面目を保つことが出来ないんだよね。……ちゃんとした報奨金を出すからもう少し付き合ってくれないかな?」
ギュンターのその強引な誘いに、ジークはマリアと顔を見合わせた。
茉理も一郎の顔色を窺うが、彼は相変わらず何を考えているのか分からない。
「……いや、送ってもらえただけで充分ですから」
さすがにジークの声色に警戒感が混じり始めた。
依頼者ルードルと話をする前に、彼と何かしら因縁のあるギュンターと深く関りを持つべきではないとの判断は当然だ。下手すれば彼から依頼を受ける前に取り返しがつかない影響を与えてしまいかねない。
「だからそういう訳にはいかないんだって。……そもそも君たちは王都行きの乗合馬車から降りてまで助けてくれた恩人なんだから。……せめて馬車代ぐらいは出すのがこの国の者としての当然の行いだよ」
報奨はどう考えても口実だった。
どうしても手紙を持つジークと落ち着いた場所で話がしたいという本音が見え透いていた。
そこから二人はやんわりと行く行かないの問答を繰り返す。
――これって、典型的なドラ〇エのアレだよね?
「どうかたすけてください」
はい
→いいえ
「そんな ひどい」
「どうかたすけてください」――って延々と続くヤツ。
ジークも逃げられないと悟ったのだろう。
「……それではせっかくですので、ご一緒させていただきます」
観念して頷くと、ギュンターは嬉しそうに笑った。




