第8話 天に瞬く星空を一番近い場所で見せて
騎士団の二人と遭遇した翌朝、茉理たちは王都方面行きの馬車に乗り込みケイオンを発った。
颯爽と走り始めたものの、ほんの十分程経った頃、道を逸れて畦に乗り上げる状態で停車する。いきなりのことに皆が何事かと顔を見合わせている中、不意に後方から激しく地面を叩く蹄の音が近付いてきた。
それも多数だ。
「わー、すごい! ママ! 馬がいっぱいいる!」
窓から身を乗り出しながら歓声を上げる子供につられるように茉理が覗き込むと、見慣れた馬車馬が貧相に見える程の立派な体格を持つ軍馬が、兵士を乗せて物凄い勢いで走ってくるところだった。
明らかな緊急事態を思わせる展開に茉理も心を躍らせる。
「……センセ、もしかしてまた何か悪いことしたんですか?」
「何だよその言いがかりは。……人聞きの悪い。さも私が以前何かやったみたいじゃないか」
二人の他愛のないやり取りにジークたちが笑い、他の客にも伝播する。
そんな中で軍馬は猛スピードで駆け抜け、やがて真っ直ぐ伸びる街道からどんどん逸れて森の中へと入っていった。
それを見届けた御者は馬を軽く撫で、再びガタゴトと王都に向けて馬を走らせた。
しばらく進むと馬車は街道が交差している場所に出る。大きな道は王都へ、やや狭い道は別の町へ。そして舗装されていないが年月を経て踏みしめられたデコボコ土道は森へと続いていた。
道路誘導している兵士が一旦馬車を止めさせる。
「モンスターが出た為、森側は進入禁止だ。……現在州軍と騎士団が合同で対処中している。巻き込まれないよう気を付けてくれ」
元より王都へ向かう馬車なので、御者は自分には関係ないという笑顔で頷くと再び馬を走らせようと鞭を打った。
「ちょっと待ってください」
それに待ったの声を上げたのはジークだった。
彼持ち前の正義感が発動したのだろう、身を乗り出して兵士に尋ねる。
「僕たちは冒険者ギルド所属の者です。もし人手が必要でしたら、協力させてもらいますが……」
兵士は驚いた顔を見せるも、笑顔でその申し出に感謝の意を表す。
「州軍としては正直助かるが、騎士団はヨソ者を嫌うからなぁ。……最悪タダ働きというのも――」
「別に金の為にする訳じゃないんです!」
ジークの強い言葉を裏付けるように隣のマリアも頷いた。
兵士は納得したのか白い歯を見せる。
「それはそれは、中々感心な若者だな。では協力をお願いしてもいいか?」
兵士の言葉に四人は馬車から降りると、王都方面へ走り出す馬車を見送った。
ジークを先頭に四人は森へと続くデコボコ道を急ぐ。
やがて森の入り口が見え、そこには先程馬車を追い抜いていった軍馬たちが多数繋がれていた。
うっそうとした森の中を警戒しながら進んでいると、やがて奥から剣戟音が響いてくる。
その音に反応したジークが剣を抜き、駆けだした。
木の間をジグザグに走り抜けていくのだが、全く速度が落ちる気配がない。マリアもその後ろを慌てて追いかける。
茉理は彼らの後ろ姿が見えなくなった頃、隣の一郎に確認を取ることにした。
「…………ねぇ、センセ? ちょっとアレ使ってみたいんだケド。モンスター相手ならいいよね?」
アレとは例の三属性混合魔法ではなく、ご飯以外の交換条件として認められたオリジナル魔法のことだ。
『もう二度とゴッドヘルに行きたくないなんて言わないからさ、私にもカッコイイ魔法を使わせてよ? お願い! モチロン詠句もあんなのじゃなく、ちゃんとしたヤツで!』
その了承をもぎ取った彼女は「面倒だから詠句も自分で考えろ」と言われ、一晩寝ずに頭をひねったのだ。
そして出来上がったのが、いわゆる『私の考えた最高にカッコイイ魔法』。
それを使う機会が早く来ないものかと、ずっと待ち続けていた。
「あぁ、かまわん。延焼を防ぐ為の結界も張ってやるから思いっきりやるといい。……いい絵を期待しているぞ?」
一郎はニヤリと親指を立てる。
茉理は大きく頷くと、上機嫌で獲物を探しに森の奥へと走っていった。
☆
奥ではモンスターと兵士、身なりのいい騎士、更に冒険者のジークとマリアという陣営がが入り乱れて戦っていた。
とはいえ、人間対モンスターなので同士討ちはない。
クマのような大きな獣あり、野犬のような俊敏なモノもあり、そして森ならではだろう自由に動き回る樹木がいた。
ジークは機敏に獣に切りかかり、マリアはケガをしている兵士たちの回復に専念する。
兵士たちは集団でドリアードに立ち向かうのだが幹に剣が食い込み、引き抜くことも断ち切ることも出来ずうろたえていた。
「ちくしょう! こんなヤツ、どう相手にすればいいんだよ!」
そんな手をこまねいている彼らに、茉理は後ろから声を掛ける。
「みんな! ドリアードから離れて! 私の魔法で何とかするから! ……センセは早く結界を!」
「……了解」
完全にチェリー役を楽しんでいる茉理の後ろ姿を見ながら、一郎はレコーダーを取り出して言葉を吹き込む。
「……『茉理の魔法は敵モンスターにのみ効果を発揮する。味方、地形および自然物には一切の影響を与えない』っと。 ……チェリー、いいぞぶっ放せ!」
一郎の準備完了の報を受けて、茉理は詠唱を開始した。
「……『ねぇ、私を背中に乗せてこの広いセカイの果てまで連れて行って! 天に瞬く星空を一番近い場所で見せてちょうだい!』」
流石の一郎も、その突き抜けたセンスに失笑を禁じ得ない。
――メルヘンにも程がある!
徹夜で興奮気味の血走った眼をした茉理から、出来たてホヤホヤのこの詠句を聞かされた一郎は絶句したものだ。
彼女のドヤ顔詠唱を聞かされた兵士たちも眉を顰めてざわざわし始めた。
ジークとマリアに至っては表情から一切の感情が消えている。
そんな空気などお構いなしの茉理は、魔法少女よろしく軽くステップを踏みながら笑顔で杖を振る。
その先から舞い上がるキラキラとした星屑。
杖を振るたび、そこら中に根を張る赤茶けた地面に魔法陣が描かれていった。
兵士たちは巻き込まれては敵わないと驚いて陣の中から立ち退く。
茉理のイタい詠唱はまだまだ続いた。
「――私に貴方の力を見せて。私とずっと一緒にいてくれる証が欲しいの。さぁ舞い上がりなさい私の『フェニックス』! ……フレイムトルネード!」
詠唱が終わり、茉理は陶然とした表情で自分自身を両腕でぎゅっと抱きしめる。
次の瞬間、魔法陣の中心から勢いよく真っ赤な炎を纏った不死鳥が飛び出し、けたたましい鳴き声と共に空へと舞い上がる。
いきなりおとぎ話でしか見たことのない生き物が現れて、ポカンと口を開ける面々。
不死鳥が飛び出るのと同時にこの辺り一帯は火の海になる。
更に追い打ちをかけるように不死鳥が羽ばたくと、舞い上がった羽根がユラユラと降り注ぎ、魔方陣の外縁を囲むように大地に突き刺さった。
それを以てようやく魔方陣が完成する。
「やっちゃえ~!!!」
茉理の言葉を合図に、炎の竜巻が発生した。
バリバリ・ゴウゴウという爆音をあげ、天を衝く真っ赤な火柱を全員が唖然とした顔で見上げる。
一郎の作った結界もどきのおかげで人間や周囲への害はないが、陣内に残されたモンスターの状況は推して知るべし。
――まぁ、コレがいいって言うなら文句はないが。
だが執筆するときは、ちゃんと修正しないとマズイよな。
この非常識な感性が俺のモノだと思われたら、ある意味作家としては死んだも同然だ。
一郎は世界観のぶっ壊れた光景と、茉理の何とも言えない嬉しそうな笑顔、そしてジークとマリアの『あちゃー、ちょっと香ばしいモノを見ちゃった』という気まずい表情を順に見ながら、そう心に誓った。
☆
敵モンスターは全滅した。
ドリアードに至ってはまさに消し炭。
ただ、刺さっていた剣は高熱でへしゃげることもなくその場に転がっているだけ。兵士が恐る恐る手を伸ばしてそれを拾うも、熱すら持っていない。
彼らは首を捻り、茉理のことを驚きの目で見つめていた。
一方彼女は想像通りの光景に会心の笑みを浮かべる。
「……今の魔法は?」
「うん、ちょっと作ってみたの」
茉理は天才少女の役になり切って、さも思い付きで魔法を撃ってみた感を醸し出す。
一郎の反応も見たいと思って、彼を探すと奥の方でレコーダーを取り出しているのが見えた。
慌てて駆け寄ると、「……『この物語の人間は茉理のセンスに何の疑問も――』」と呟くのが聞こえる。
「……センセ、それってどういう意味なのかなぁ?」
茉理はレコーダーを奪い取ると、一郎の顔を近距離で見上げて首を傾げる。
彼は咳払いして「……念のため、念のためだから」と顔を逸らした。




