第7話 『もう一度言え』って言った後に『口を慎め』とか!
このセカイにおいて遠方へ向かう際の移動手段は基本的に馬車に限られる。
貴族のように自前の馬車を持たない茉理たちは当然ながら乗合馬車だ。
現代人である茉理からすれば激しい揺れはもとより、この老若男女入り混じったプライベートのない空間が何よりも辛い。
特に宿がない山道での馬車泊は学生時代の遠征バスを連想させ、彼女のメンタルに多大な負荷を与えていった。
そんな日々が彼女の唯一の取り柄である食欲を奪い、連鎖的に気力さえも奪っていった。
かつて一郎に『ゲームセカイなんだからさ、ファストトラベルとか無いの?』と尋ねたものの、帰ってきたのは『……ページ数次第だな』との身も蓋もない言葉という、編集者としては何とも言えないものだった。
茉理は馬車内を見渡し、誰も聞いていないことを確認してから一郎に身体を密着させる。目を瞑って何かを考えていた彼がピクリと瞼を動かした。
そんな彼の耳元で囁く。
「……ねぇ、センセ? せめてマイ馬車が欲しい。他人と一緒じゃなきゃ何とかなると思うんだ。……どうかな?」
他人がいる空間を嫌がるのは絶対に一郎の方だ。
だからこの提案は通るはずだと彼女は勝算を得ていた。
「…………確かにそれは一理ある。……一考の余地ありだな」
「一理とか余地とかそんなのいいから、さっさとレコーダーで出せ!」
茉理は煮え切らない一郎の脇腹に拳を打ち込んだ。
そんなこんなで四人がやってきたのはセリオとの国境を越えた先にあるリオン王国最南の町ケイオン。
「この国も自然が豊かだねぇ!」
馬車から降りた茉理は深呼吸しながら周囲を見渡した。
セリオ教主国も自然豊かな農業国だったが、ここは山林の国。
果樹や良質の木材などの山の恵みと川の水産資源で成り立っている国らしい。
「今日はこの町で一泊だよね? ようやくベッドの上で眠れるんだよね?」
茉理の言葉に三人が笑顔で頷いた。
彼らも馬車泊でくたびれていたのだ。
四人は宿を取って荷物を置くと、早速町に繰り出す。
建ち並ぶ店や大きな建築物に興味を示す白衣の二人と、その後ろからついて回るジークとマリア。
茉理は心の中でダブルデートというフレーズを思い浮かべ、慌てて頭を振る。
「……どうしたんだ? 頭に季節外れのセミでも止まったのか?」
相変わらず発想のズレた一郎に返事する気も失せ、茉理は目についた露店に向かうと、持っていた小銭でリンゴ一盛を衝動買いする。
それを無言で三人に配ると、彼女はリンゴを袖で軽く磨いてから思いっきりかぶりついた。
「……っ! ……おいしい!」
茉理は夢中になって丸ごとペロリと食べてしまい、果汁のついた口元を袖でゴシゴシ拭う。
自動洗浄のついた特製白衣は彼女にすれば清潔なナプキン扱いだ。
「おッ! 嬢ちゃん、随分といい食べっぷりだね!」
豪快な彼女を店主の親父がベタ褒めする。
「これも持って帰りな! ついでにこっちも持ってけ!」
「ホントにいいの!? 嬉しい! ありがと、オジサマ!」
果物でパンパンになった紙袋を受け取った茉理はそれを一郎に押し付けると、満面の笑みで店主をハグする。
うら若き少女からそんなことをされるのは慣れていないのか、彼は耳まで真っ赤にしながら「お、おう!」とうろたえていた。
「……前から思ってたけれど、チェリーちゃんって中々の親父キラーだよね?」
ジークが感心したように呟く。
「まぁ、おっさんの相手は慣れたモノだな」
一郎の自虐的な言葉にマリアがプッと噴き出した。
「……なぁチェリー、お前もしかしてカナンでもこんな感じなのか?」
茉理は何が『こんな感じ』なのかイマイチ理解しないまま、焼きたてほやほやの川魚の塩焼きを頬張り、それがどうかしたのかと言わんばかりに胸を張って頷いておく。
その姿に一郎が空を仰いだ。
「少しは、『誰かに見られているかも』とか考えろよ、馬鹿。……そのうちカナンで珍獣扱いされるぞ?」
その言葉にジークとマリアが俯いて肩を震わせる。
そんな二人の反応を見た茉理は、もうすでにそうなりつつあるのだと察した。
「……うっさいなぁ、そもそも自由に食べていいって言ったのセンセじゃん! ……チェストォ!」
彼女は苛立ち紛れに、食べ終わった串を一郎の脇腹に突き立てた。
その後も茉理の買い食いツアーは続き、道中の食欲不振を取り戻すかのように、美味しそうなモノを見つけてはためらうことなく胃袋に放り込む。
三人は苦笑いしながらそんな彼女に付き合った。
行く店行く店で何かとサービスしてもらって気を良くした茉理は、一郎には山盛りの荷物を、ジークには三人から散々「嵩張るから買うな!」と言われたのに押し切って衝動買いした特産品の曲木細工数点を持たせ、意気揚々と宿に凱旋した。
そして今度は夕食を求め、再び宿を出る。
その店はケイオンが誇る山の幸をふんだんに使用した地元民に愛されている食堂で、山菜やきのこ類をメインにした郷土料理が美味しいと評判の店だった。
味付けはシンプルで、お酒がいい感じに進む。
アルコールのダメなジーク以外の三人はゴキゲンで、競うようにジョッキを空けていった。
「イヤ~、それにしてもリオンって国は、ホントご飯の美味しいところよね!」
茉理は上機嫌で宿への帰り道を歩く。
マリアも加減を忘れて飲み過ぎたのか、ジークにしなだれかかっていた。
その何とも言えない色気が羨ましく『私もいつかあんな風に歩いてみせる!』と茉理は人知れず心に誓う。
「ねぇ、センセ、センセ? また個人的にこの国に遊びに来る予定とか作っちゃおっか? あ、でも他にご飯の美味しい国があるなら別に他でも――」
「――もう一度言ってみろ、この酔っ払いめ!」
静かな夜道でいきなり響いた大声に、茉理は一瞬自分のことかと思って身体を震わせる。
だけど周囲に彼女を詰るような人間はいない。
街灯などない暗い通りの先に目を凝らすと、何か揉め事でもあったのか人が地面に押さえつけられているのが見えた。
全員でその場に駆け寄ると、帯剣した身なりのいい明らかに軍人と分かる二人組が何者かを取り押さえている現場だと知る。
仲裁に入ろうとジークが一歩踏み出したが、一郎が真剣な表情で彼の腕を掴む。
ジークも一郎の顔を見て何かを察したのか頷いて一歩引いた。
――ようするにこれは仕込みってことね?
いわゆるイベント。
茉理はそう判断して、この揉め事を静観することにした。
「あぁ、何度でも言ってやる! 第一王子エーリヒは腰抜け野郎だ! あれが次の王様なら、もうこの国は終わりだ!」
酔っ払いのその言葉で頭に血が上ったのか、取り押さえていた金髪の軍人が腕を締め上げた。痛みによる絶叫もお構いなしに更に力を籠める。
「……口を慎め、下郎! 我々が騎士団だと分かった上での言葉ならば、それ相応の覚悟は出来ているということだろうな!?」
――『もう一度言え』って言った後に『口を慎め』とか!
何という理不尽!
茉理のツッコミ回路は酔った頭でも冷静に作動する。
「少しは落ち着いて下さい。……流石にこれ以上は大事になりますよ」
ついには剣の柄に手を掛けた彼を、部下らしき短髪の軍人が冷静な声で諫めた。
部下は酔っ払いを解放させると手を貸して立ちあがるのを手伝い、服に付いた土埃までも笑顔で丁寧に払ってやる。
「……取り合えず今夜はもうこれ以上飲まないように。…………それと私や他の騎士の前でもう一度それを口にしたら……そのときは分かっているね?」
短髪騎士は穏やかな物言いのまま、何気なく酔っ払いの首元を撫でる。
だがその迫力は隠しきれない。
酔っ払い男は顔面蒼白にし、ふらつく足取りで逃げていった。
騎士たちはそれを見送ると、二人同時に佇む四人へと向き直る。
どうやら初めから気付いていたらしく、声を荒げていた金髪騎士は取り繕うような笑顔で四人に会釈し足早に立ち去った。
一方部下の短髪騎士は先程の穏やかさとは一変して、どこか冷めた目で彼らを――特に白衣の二人を上から下までじっくりと見分する。
やがで彼もすまし顔で丁寧な一礼をして、脇の路地へと消えていった。
「……随分と身なりの立派な方たちだったね?」
二人が去った後、ジークが呟いた。
「短髪騎士がこっちに一礼したときに見えた紋章は王国騎士団のモノだったな。……相当なエリートなのは違いないだろう」
「これだけ暗いのによく見えましたね!?」
マリアが驚くが、一郎は首を竦める。
「その場で一番偉い人間が誰かを瞬時に見極める能力の有無が、そのまま研究者として成功出来るか否かに直結しているからな。そういう『目』も必須事項なんだよ。研究だけをしていても未来は決して明るくない。……世知辛いだろ?」
その言葉にジークが笑い出した。
「でもさ、いくら酔っ払いとはいえ、王族を批判するなんてさ。……ホントにこの国、大丈夫?」
「それだけ次期王位継承問題は、この国の未来に大きな影響を与えるということでしょうか?」
国境の町でそれも末端にまで王位継承に一言あるのはその証拠だ。
――センセはそれを示唆したかったんだろうね。
それと、あの二人組は間違いなく今回の主要人物だから覚えておけ、と。
茉理はそう受け取った。




