第6話 貴族が冒険者に王位継承の『何』を聞くつもりなんだ?
茉理は16号室のベッドの上でゴロゴロしていた。
大阪の実家を思い出す程のくつろぎ具合に自分でも可笑しくて仕方ない。
――うわぁ、ホントマジ落ち着くんだけど。
今住んでるマンションよりも落ち着くんだけど。
一郎センセの部屋と同じぐらい落ち着くんだけど。
彼女は寝転がりながら、窓越しに薄曇りの空を見つめてニヤニヤする。
前回前々回の仕事のおかげで懐具合は十分。それこそ一年間連泊してもまだ余るぐらい。
――もう、いっそこのセカイで暮らしちゃおっか?
ここでどれだけ過ごしても現実では時間が過ぎないんだし。
美味しいものいっぱい食べて、いろんな国を見て回って……。
そこまで考えて茉理はブンブンと首を振る。
「危ない危ない。本格的にダメ人間になるところだった。……これじゃセンセのこと言えないって」
「……おいおい、誰がダメ人間だって?」
隣のベッドの一郎が律儀にツッコミながらも、腹ばいのままメモ帳からは一切視線を外さない。
昨晩から一睡もせず、熱心に書きつけていたらしい。
このセカイにいるときの方が仕事をしている一郎に、少しばかり負い目を感じる。
――この際、センセも羽目を外しちゃえばいいのに。
そしたら私だって気分よく遊べるのにさ。
茉理は無駄に勤勉な一郎を横目に、大の字になって寝転がった。
そして展開的にジークとマリア待ちという状況で、退屈を紛らわす為の何かを本格的に求め始める。
「ねぇセンセ? レコーダーなら文庫本とかも取り出せるよね?」
「あぁ、余裕だな。でもちゃんと自分で買ったモノにしろよ? 職業倫理的に、な」
「そだね、私たちはそこで発生したお金で食べてるんだし」
茉理が笑顔で同意すると、一郎は「よいしょ」とおっさんくさい掛け声で身体を起こし、サイドテーブルに置いたままだったレコーダーを手にする。
「えっと、じゃあね――」
ずっと読もうと思っていたけれど時間がなくて、ちゃぶ台の上に積んだままだった小説のタイトルを告げようとした瞬間、部屋内にノック音が飛び込んできた。
「……あぁ、……はいはい」
ずっとずっと待ち望んでいたノックなのにも関わらず、テンションが急降下した茉理は冬眠明けのクマのようにのそりとベッドから降りると、力なく扉を開ける。
「ごめん、ちょっといいかな」
廊下に立っていたのは、当然の如くジークとマリアだった。
「久しぶり! どうぞ入って! さぁさ奥へずずいっと!」
茉理は無理から満面の笑みを作って彼らを迎え入れる。
ベッドに寝転がったままのヨハンの足を数回叩いて引っ込ませると、強引にスペースを作ってそこに座った。
ジークとマリアには先程まで自分が寝転がっていたベッドを勧める。
「どうした? そんな真剣な顔で。……何かあったのか?」
愛想もクソもない一郎の言葉に茉理は顔を顰めるものの、ジークからすれば望み通りの展開なのだろう、彼はホッとした笑顔になって頷く。
「実は以前リオン王国でお世話になった方がいてね――」
「……お世話になった方?」
訝し気な顔を見せる一郎。
だがその反応もジークからすれば織り込み済みなのだろう。
「あぁ、貴族様だ。……今回はその方に呼ばれたんだ」
「……用件は?」
一郎はあからさまに態度を硬直させた。
もちろん茉理はこれが芝居であることは承知している。
「その……冒険者の知恵を借りたいそうでね。……どうやら王位継承問題で頭を悩ませている感じで」
ジークは二人に何かの手紙を差し出してきた。
一郎が動こうとしないので、仕方なく茉理が代わりにそれを受け取って黙読する。
手紙の内容は一言一句隅から隅まで、一事が万事打ち合わせ通りだった。
一郎は大袈裟に溜め息を吐くと、強い口調でジークに告げる。
「貴族が冒険者に王位継承の『何』を聞くつもりなんだ? ……余計なコトに巻き込まれるだけだぞ。悪いことは言わん。やめておけ!」
取り付く島もないとはこのことだ。
その言いように茉理は必死で笑いをかみ殺す。
――いやいや、ジークが『それもそうだね、じゃあやめておこうか』ってなったら、一番困るのセンセだし。
そんな茉理の気も知らず一郎は続ける。
「確かに君は冒険者としては優れている。それは誰しもが認めるところだろう。だけどこういう派閥争いには向かないと断言しよう。まして君はリオン王国にとってただのヨソ者。発言力は皆無だ。下手を打てば負けた方から命を狙われかねないし、万一上手くコトを運んだとしてもそれに見合うリターンの保障なんてどこにもない。……最悪の場合、国内騒乱罪で処刑だ」
一郎は容赦なく現実を突きつける。
ジークはぐうの音も出ないのか青い顔で俯いた。
まさかここまで全力で拒絶されるとは思っていなかったのだろう。
表情からそれがありありと受け取れた。
一郎は部屋に入ってからずっと無言を貫いていたマリアにも尋ねる。
「……で、マリア、君は本当にこの仕事を受けるべきだと思ったのかい?」
彼女は数秒隣のジークを見つめ、それから首を横に振った。
そして小さく呟く。
「私も出来るならば丁重にお断りすべきだと思います」
完全なお断りムードにジークが肩を落とす。
このままでは埒が明かないので、茉理は助け船を出すことにした。
「――そのルードルさんって人もさ、冒険者に手練手管なんて求めてないって思うけどなぁ。……その上で頼ったのならジークにしか出来ないことがあるんだよ、きっと」
茉理の言葉に全員が顔を上げた。
一郎が目で続けろと促すので茉理は頷く。
――センセだって、ここで話が終わると全てがおじゃんになるって分かってる。
でも見識ある大人としてここはジークを止めなきゃいけなかった。
ならばここからはチェリーの仕事だ。
茉理は自分の役目を自覚して演技を続けることにした。
「ルードルさんはジークにウチの国でやってくれたようなコトを期待してるんじゃないかな? ……あ、別に冤罪で告発するとかじゃなくてだよ? ただ、彼にはちゃんと考えていることがあって、その協力者として信用できる冒険者が欲しかったんだと思う」
茉理の言葉にジークとマリアが息を飲んだ。
「……つまり向こうで何か『別の依頼』をされる可能性があるってコトか? でもそれは証拠として残る手紙に書ける類のモノではなかった?」
一郎がやけに説明的に尋ねてくるので、茉理はそれに乗っかる形で頷く。
「でも人を殺せだとか対抗馬の王子を誘拐しろだとか、そんな荒事はギルド所属の冒険者には頼まないと思うんだ?」
茉理のその言葉を受けて、笑顔を取り戻したジークが続ける。
「ここのギルドマスターも僕と一緒にルードル家の紋章を確認しているからね。そもそもギルド便を利用しての仕事依頼だから無茶は要求してこないはず」
そんなジークに微笑みかけながら、茉理は精一杯無邪気なチェリーぽさを演出する。
「だからさ、別にそこまで神経質にならなくてもいいんじゃないかな? 私個人としてはジークが行きたいっていうなら、ついて行ってもいいよ? ……っていうか、私もリオン国に行ってみたい!」
はしゃぐ茉理の言葉に、一郎が良く出来ましたと言わんばかりに溜め息を吐いた。
ジークは軽く咳払いして隣のマリアに向き直る。
「僕に出来ることがあるなら力になりたいと思う。ルードル侯爵が冒険者の仕事を任せたいなら、それをするまでの話。もし道理に反することを求められたなら、そのときはギルド所属の冒険者としてちゃんと断るから」
彼は決意に満ちた目で先程まで反対していたマリアを見つめた。
彼女はしばらく考えてから、微笑んで小さく頷く。
残るは一郎だけだが、彼は困ったように首を竦める。
「……わかった。じゃあ私は他ならぬチェリーが無茶しないように『保護者』としてついていくとしよう」
どう考えても方便としか思えない言葉に、茉理とジークは顔を見合わせて大笑いする。
こうして四人はリオン王国へ向かうことになった。




