第5話 ……受けるの?
トンネル――マリアがそう呼んでいるだけだが――を抜け、目を開けた瞬間広がる光景はいつもの小鹿亭の17号室。
曇り空から鈍い光が差し込んでいた。
何気なく窓を開くが、湿気を帯びた生ぬるい空気の不快感に慌てて閉める。
近々雨が降るのかもとそんなことを考えながら、彼女は意識を別の所に移し『違う目』を開く。
向かいのジークの部屋は無人。その隣の16号室に例の二人組を確認。
彼らはいつも同じ部屋で過ごしていることから、おそらく男女の関係だろうことが簡単に推測出来た。
――いつか私もジークと。
そう考えながらも、心の何処かでもう彼と距離を置くべきだと考える自分もいる。このセカイに来てまで余計なことを考えるべきではないと首を振りシャットアウトすると、16号室の彼らに気付かれないようゆっくり扉を開いた。
足音を殺して部屋を出る。
廊下までチェリーの楽しげな笑い声が漏れ聞こえていた。
マリアは無言のまま一階に下り、ジークの姿を探すが見当たらない。
「……ギルドかな?」
そう小さく呟くと、そのまま足を止めず宿を出た。
マリアは大通りに建ち並ぶ屋台を横目に眺めながら、何となくチェリーのことを思い出す。食い意地を隠そうともしない、そのあっけらかんとした明るさは彼女には無いものだった。
いつか一緒に食べ歩きをしてみたいと小さく微笑みながら、ギルドの扉を開く。
「あら、マリアちゃんいらっしゃい! ……ジークだったら先に来てるわよ?」
受付嬢から彼が奥の部屋――例の汚部屋――でギルドマスターと一緒にいると聞かされ、さっそく彼女もそちらに向かう。
「――ねぇ今、リオンってどういう感じなのかな? この前隣国のセリオ教主国に用事があって近くまでは行ったのだけど。セリオとリオンの間にちょっと不穏な空気を感じたんだよね」
扉を開けっぱなしでする話ではないと彼女は苦笑いする。
あまりに不用心が過ぎる。
ただ、それに関してはマリアもジークと同じ認識だった。
確かにセリオはリオン王国を必要以上に警戒していた。
国境を閉鎖したのもリオン側だったと彼女は記憶している。
「リオンは伝統的に軍がしっかりしているから治安は悪くない。商業自治区とも仲が良いからこちらにも積極的に治安保持の人的援助をしてくれている。……特に今の王がその辺りに力を注いでくれるからな。商業ギルドの方も恩義に感じて経済を安定させている。それだけに――」
「この王位継承者次第で一変するかも――、と?」
ジークの言葉にマリアの胸がざわついた。
何故彼が今こんなところでそんな話をしているのか、それを察したのだ。
「……そういうこったな。まぁ、あの国の王子は二人ともそこそこ優秀らしいが、な? あくまで『そう伝わっている』に過ぎんが――っと! マリアいたのか? 丁度良かった、そこに座れ! お前にも関係あるかもしれん話だ」
ギルドマスターが扉の前で突っ立っていたマリアに気付き、笑顔で部屋に招き入れる。
ジークも振り向くと、はにかむ笑顔を見せた。
それだけで心が温かくなる。
マリアはマスターに一礼しきちんと扉を閉めると、勧められた埃まみれのソファには座らずジークの隣に立った。
マリアはジークから手紙を手渡されたので、まずはそれを軽く一読する。
大体彼女が想像していた通りのコトが書かれていた。
現在リオン王国では王位継承争いが起きていること。
正統性を考えるなら第一王子エーリヒなのだが、残念なことに足が不自由な上に身体も弱いということ。
そこに付け入るスキを得た別の派閥が、快活で健康そして軍部と親密な第二王子フランツを推しているのだという。
諸外国に弱みを握らせる訳にいかないので、出来るだけ穏便に解決したい。
その為の知恵を貸して欲しいとのことだった。
――って、コレってどう考えても冒険者の仕事じゃないわよね?
ゲームではこういうのはよくあるイベントなのかしら?
マリアは真剣に悩む。
「……受けるの?」
それでも何とか絞り出した言葉に、ジークは笑顔で頷いた。
彼は困っている人に手を差し伸べることに迷わない。
そこが彼の一番素敵なところだと彼女も認めるのだが、正直気が乗らない。
「……流石に二人だけじゃ心許ないから、誰かに協力を求めるけれどね?」
ジークの続けた言葉に、彼女は例の二人組を浮かべる。
研究者ヨハンと助手のチェリー。小鹿亭にいるのは既に確認済。
確かに彼らは頼りになる。
だけど――。
☆
「……あの二人にお願いするつもり?」
何処か思いつめた感じの声に、ジークムントは頭を跳ね上げた。
隣で背筋を伸ばし真剣な顔で、一心に彼を見つめている彼女は敵味方を見極める『目』を持っていた。
そんな彼女の発言は重い。
ジークはその部分においてマリアに全幅の信頼を置いていた。
「……彼らはダメなのかい?」
ジークは同じようにマリアの目を覗き込む。
思い起こせば、マリアは出会ったときから彼らのことをあまり信頼していないように思えた。
あからさまに警戒する程仲が悪いということもない
とくにチェリーとは女の子同士、意気投合している風にすら感じていた。
――ヨハンに関してはどこか得体の知れないところがあるのは否定しない。
でもそれを言うなら、このセカイで一番得体の知れないのは間違いなく僕たちだ。
僕もマリアもこのゲームのセカイに入り込んでしまった現実世界の人間で、完全な異分子なんだから。
ジークはマリアに判断を委ねるつもりで彼女を見つめ続ける。
「イヤなら他の人を当たるけれど……」
ジークとしても国家機密に関わる話であれば、あまり他の冒険者よりは口の堅そうなヨハンたちが一番だと考えただけの話だ。
彼らなら難しい話でも平気で対応してくれるだろうという期待もある。
でもマリアが不都合だと判断するなら、彼ら以外の頼りになる仕事仲間を探せばいいだけの話。
「……大丈夫よ。別にイヤって訳じゃないの。信用していない訳でもない。ただ――」
そこまで言ってマリアはつと目を逸らす。
「いや別に無理に話さなくていいから」
ジークはマリアの肩を軽く抱いて揺する。
そんな二人のやり取りを黙って聞いていたギルドマスターレイドがソファから身体を起こした。
「……ちなみに、今話に出てきた彼らってのは、最近アンタらとよく一緒にいるの白衣の二人組のことだな?」
彼の真剣な表情に二人は頷く。
「もしかして知っているのですか?」
「彼らに関して何か知っていることは?」
ジークとマリアの身を乗り出しての質問に彼は首を振る。
「いや、目立つからそれなりに情報は入ってくるが、大したモンじゃねぇぞ? ……男の方はいろんな建物やら広場の噴水やら見ては何かをメモしているだけだし、娘――チェリーだったか? それに関しては見事に食べている場面しか目撃されていない。それ以外では二人して宿に引きこもっていやがるし。……怪しいのは誰が見ても明らかなんだが、今のところ実害が無いから動けないってのが実状だな」
レイドは弱り切った顔で首を竦める。
その報告に二人は笑うしかない。
「……それは僕たちが知っている二人と同じだね。……何か僕たちの知らないところで仕事を請け負っているとかは?」
「その気配は感じられない。気持ち悪いぐらい『普通の観光客』だ。……あからさまにな。本国から何らかの特務を受けている可能性があるが、それにしてはあの白衣は目立ち過ぎるってモンだ。……だが警戒している側からすれば、あの白衣でさえ工作の一端じゃねぇのかってウラ読みしてしまう訳だ。……もしそれを狙ってやっているなら相当厄介だぞ?」
それに関してはジーク個人としても判断し辛いところだった。
「奴らに関しては間違いなくこの辺ではアンタらが一番詳しいはずだ。ただの観光客だってオチが一番有難いんだがな。……ちょっと時間はあるか?」
それからジークとマリアは彼らの情報を徹底的に搾り取られ、ついでに彼らの監視のアルバイトまで請け負うことになった。




