第4話 馬鹿なの? ……やっぱり国家元首は変な髪型なの?
一郎は警備兵らしき人間に軽く手を挙げ、実に堂々とした様子で街の門をくぐった。茉理はその後ろをおろおろした様子で付いていく。
服の裾を皺になるぐらいに強く掴んで、ぴったりと寄り添う茉理を、普段ならからかうような一言でも口にしそうな一郎だが、今ばかりは何も言わずに彼女のやりたいようにさせていた。
「それにしてもラッキーだったな! ここは商業自治区第二の街『カナン』だ。豊富な水脈のおかげで繁栄しているいい街だ。治安もいいところだから安心していいぞ」
一郎は満足げに街並みを見渡しながら何度も頷いている。茉理も同じように視線を巡らせた。確かに彼女の目から見ても平和な光景が広がっているように思えた。
商店が立ち並んでおり賑やかな声で通りの客を呼び込む声と走り回る子供たちの元気な声が混在している、いかにも活気のある商業都市といった風情。
――でもここはゴッドヘルだし。安心しろっていわれても、ねぇ?
「まだ作品に登場していないが、もしあのヴァジュラ国なんかに飛ばされみろ! 街に入った途端、良くて逮捕、最悪その場で打ち首だからな!」
「何なの、そのカオスな国。何でそんな国が存在出来るの? ちゃんと国として機能してるの? 国民はそれでいいの? ……やっぱり国家元首は変な髪型なの? モーニングコール代わりに飛翔体発射しちゃうの?」
茉理の矢継ぎ早の質問に、一郎は「……お前なぁ」と嘆息した。
ゴッドヘルでも国や治める組織によって治安や文化レベルに随分と差が出るのだと言う。
国によっては現実世界と遜色ない程の生活水準どころか、OECD加盟国でも話にならない程豊かな国もあるのだと彼は説明する。
「……でさ、センセ? ここは商業自治区っていうけれど、国じゃないの?」
茉理の何気ない質問に一郎は露骨に眉を顰める。
担当のクセにちゃんと読んでいないのかよと言いたげな視線から逃げるように、茉理は頬を掻いて誤魔化す。
「いやぁ、ちゃんと読んではいるんだよ一応は、ね? ホラ、私ってば編集者なんだし。……それなりに。……ちょっと斜め読みかもしれないけど、さ」
まどろっこしい説明の部分は読み飛ばしたりするのを自覚しているだけに一郎の視線が痛い。
だけど茉理に言わせれば一郎の文章は基本的に面倒臭いのだ。性格と言えばそれまでだけど、ライトな読者の為にもう少し読みやすくして欲しい。
「……いくらなんでも斜め読みが過ぎるだろうが、ったく! ……この自治区は国ではない。だから王様とか大統領みたいなのもいない。ここは他国の軍も余程の事情がない限りは入ってはいけない中立地域だ。商業ギルドがまとめ役となってこの一帯を治めている。まぁ日本でいえば経団連みたいなものか」
大きな商会が合議制で運営しており、軍を持たない代わりに、治安維持は冒険者ギルドや各国の有志に任せてある。
土地や建物も基本的に商業ギルドの所有物だ。希望者にそれ相応の額で貸し出し、その運用益で自治を行うというシステムらしい。
「他の国々としても流通の主役である商業ギルドは無下にできない。欲をかいて自治区に手を出そうものなら他の国が大義名分を得てしまい、周辺国すべてが攻撃参加してくるので集中砲火にあう」
「……なんか、商業ギルドだけ美味しい思いをしている感じがするんだけど」
「まぁ、言わんとすることは分かる。だがギルド所属の各商会はそれぞれの国でも商売をしている為、その国々で相当額の税を納めているし、国同士がぎくしゃくすれば非武装の完全中立組織として仲介を依頼されることもある。他にも貴族たちの『アレが欲しい、コレが欲しい。お金は幾らでも出す』みたいな無茶振りにも真摯に対応しないといけない。……まぁ、持ちつ持たれつといった感じか」
「ふんふん」
「……確かに民衆から優遇されすぎとの声があるのも事実だが、お金持ちは何かと嫌われるってのは俺たちの世界でも同じようなものだろ?」
ただ商業ギルドは各地域の冒険者ギルドの大口スポンサーとなっていたり、地域に雇用を創出したりしているので、そこまでの反発はないという。
「……なるほどね。ちゃんとそれなりに考えてセカイを作ってあるんだね、一郎センセでも」
思っていたよりもしっかり背景が作りこまれていて、いかにも頭でっかちで潔癖な一郎らしいと茉理は感心しただけなのだが、今の一言に彼が過敏に反応した。
「……おまえ、もしかしてラノベを馬鹿にしているのか?」
茉理は降って湧いた謂れのない非難に、誤解だと両手をブンブンと振り回す。
「まさか! 全然違うってば! 私は単純に一郎センセを馬鹿にしてただけなんだって!」
「ちょっ、……おま!」
茉理の否定した言葉がまさかのクリティカルヒットだったらしい。
一郎はゴッドヘルにやってきて今まで散々食らっていたボディブローよりも、遥かに苦悶の表情で膝を付いた。
一郎は何とか立ち上がったものの、先程とは比べ物にならない重い足取りで進む。茉理は何とか彼の気持ちを浮上させようと建ち並ぶ商店を指差し、ネタになりそうなアレコレに興味を持たせようと頑張った。
おかげで喉はカラカラ。身体はヘトヘトになる。
「……なんか疲れた。どこか休める場所とかないのかな? ……喫茶店とか」
「それっぽい店はあるにはあるんだが、それよりもまずは宿を取らないとな。……女の子を連れて野宿する訳にもいかないし。この先の噴水の広場に面している小鹿亭っていう宿屋が安い上に飯がうまい」
「……なんでそんなコト知ってるの?」
「そりゃもちろん俺の脳内セカイだからな。ちなみに主人公ジークムントの常宿でもあるぞ」
「じゃあ、もしかしたら彼らにも会えちゃったりするのかな?」
その茉理の何気ない一言に俄然一郎の目が輝き始めた。
目に見えてソワソワし始める。
「そうだ! よし、行くぞ!」
ちなみにジークムントとは彼の作品『Digital Days,Digital Dream』(通称DDDD)の主人公であり、『疾風迅雷』の二つ名を持つ冒険者だ。
金髪のイケメン剣士で性格は素直。弱きを助け強きを挫く典型的な熱血タイプで、一郎らしからぬクセのない好感度高めのテンプレ主人公となっている。
一応茉理は彼の過去作(出版されていないモノも含む)にも目を通しているが、全体的にアクの強い陰謀系主人公が多く、最後の最後でドツボにハマってしまう『誰得エンド』が多い。
どうやら策士策に溺れるという展開が好きらしい。
主人公たちに会えるかも知れないと、機嫌の戻った一郎は茉理の手を握り、早足になって先導する。
「ちょっと、手、手! センセ、待って! ちょっと、手!」
フォークダンス以外で初めて男の人に手を握られた茉理は、顔を真っ赤にしながら一郎に引っ張られ、広場にたどり着く。その向かいにあるのは一軒の建物。
「おおっ! ここが小鹿亭かぁ! ……こんな外観だったんだな。いやいや思っていたよりも随分大きいじゃないか! ……ということは一階の食堂の結構収容人数はそれなりに多そうだな」
一郎は建物の前を行ったり来たりしながら興奮している。
自分で作ったセカイだけど細かいところまで意識して作りこんでいなかったのか、現物をナマで見て「なるほど、なるほど」と何度も繰り返す。
ファンタジー世界でも取材旅行あるあるが通用するのかと感心している茉理をヨソに、一郎は無警戒に扉を開いた。
「ちょっと、いきなり何やってるのよ?」
「いや、宿屋なんだから。ちゃんと泊まる手続きをしないとだな」
「だから! 私たちこのセカイのお金持ってな――」
その声に被せるように一郎が叫ぶ。
「おおっ、やっぱりいたぞ! ほら、あの金髪の戦士がジークムントだ。そして横の修道服を着ている女性が相棒のマリアだ!」
「――ホントにいたし」
茉理は都合の良すぎる展開にがっくりと肩を落とした。




