第26話 ああああああああっ!
その部屋に余計な家具などなかった。壁に絵が掛けられることもなく、立派な台座に高価な美術品が飾られている訳でもない。
部屋の奥にひっそりと年代物の女神ラフィル像が置かれているだけだった。
ただ毎日この部屋の主たちが、代替わりしながらも数百年に渡ってその像を丁寧に磨き続けてきたので、彼女の為の部屋と呼べなくもない。
部屋の中央には大きな円卓があり、椅子は常に十二脚用意されていた。
どれだけの時が経ようと、それは増えることも減ることもない。
そして今はそのうちの十一が埋まっていた。
出席者の一人が唯一の空席を睨み、円卓に頬杖を突きながら切り出した。
「――イザークが追い落とされたようだな」
冷静だが、どこか蔑むような声。
「所詮アイツは我々十二人の中で最弱」
「だからといってこの件を無視する訳にもいかないのよねぇ♡」
「じゃあ今からオレ様がアイツの仇とやらをブチ殺して来ようか?」
矢継ぎ早に他の出席者が発言する。
「「キミはそんなだからいつまでも教皇様の信頼を得られないんだよ」」
完璧に揃ったデュオでの辛辣な言葉に、揶揄された男は机を勢いよく叩きながら立ち上がった。
「お!? なんだクソガキども! いっちょヤるか? 表出ろ!」
「――落ち着け!」
女神像に一番近い席で腕組みしながら瞑目していた男の一喝に、その場が静まり返る。
その横に座る女性が気怠げに出席者全員を見渡して口を開いた。
「……まぁ、イザークのアフターケアなんて、タイムの無駄としてはベリーハイエンドな部類ですけれど、……リーダーのジークムントでしたっけ? そのネームだけはメモリーしておいた方があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
「――ああああああああっ!」
「なに! え!? 何が起きたの!?」
一郎の叫び声に、いつの間にか眠りに落ちていた茉理は慌てて飛び起きた。
あまりに急激に身体を起こしたので頭がクラクラするが、それでも一大事を予想して立ち上がる。
彼女が心配する中、一郎は相変わらず頭を掻きむしって絶叫していた。
「センセ? ……どうしたの?」
ついに壊れたかと身構える茉理。
「多い! 12人はやっぱり多いって! キャラ設定に無理が出てくるって!」
「――何の話?」
「親衛隊に決まっているだろ!」
「…………でしょうよ! そりゃそうでしょうよ! 私そう言ったじゃん!」
茉理は何を今更と言わんばかりの雑な返事をしながら、テーブルの上に置いていたスマホで時間を確認する。
すでに午後五時半になっていた。
ひと眠りする前に見たときは午後一時半だったから、四時間ほど寝ていたことになる。
ゴッドヘルであれだけの日数を過ごしたところで一秒たりとも経過していないのに、ちょっと仮眠を取ればもう夕方になっているという、その何とも言えない理不尽さ。
茉理は慣れた手つきで編集長に直帰するとのメールを送り付け、「う~ん!」と声を上げて伸びをした。
勝手知ったる一郎の冷蔵庫を開けて、もう一種類常備されているミネラルウォーターを取り出すとグビっと一口。
気が付けばいつの間にかエアコンは切られており、開け放たれたベランダから入ってくる初秋の風で薄手のカーテンが揺れていた。
茉理は勢いに任せて半分ぐらいまで飲み、ソファにどっかりと腰かける。
「――だったらさ、普通に減らしたらいいじゃん。いっそのこと半分にするとか?」
今の助言に一郎が椅子をくるりと回転させ、彼女を上目遣いで見つめる。
「……それは最強、ドS女、双子生意気少年、戦闘狂、最弱ってコトか?」
ってコトか? って聞かれても茉理としてはどう答えればいいのか分からず一瞬詰まる。
しかも何気にイチ押しだった根暗インテリ騎士がドナドナされていた。
「――イヤイヤちょっと待って! どう考えてもそのメンツってキャラ濃過ぎでしょ!? リーダーの最強さんストレスで胃に穴があいちゃう!」
――最強の騎士の敗因がストレスによる衰弱とか超ウケる!
超斬新すぎる!
これは絶対にラノベ史に名を遺す! ……完全に黒歴史だろうケド。
それにしたって、教皇も教皇だ。
よくそんなメンツを親衛隊に置けるモノだ。
相当な人格者なのは間違いない。いや! もはや聖人だ。
間違いなく聖人だ。
絶対にウラで悪いことなんて企まない。
確かに悪人面なのかも知れないけれど、捨て猫を拾って大切に育ててあげるような優しい人間だ!
茉理は肩を震わしながら、ぎこちなくペットボトルの水を口に含んだ。
「……さすがにそれは少ないな。間をとって9人ぐらいにするか」
「それじゃチーム分け出来ないじゃん。一人余っちゃう」
「ん? ……ドッジボールでもするのか?」
一郎のその見当はずれの返事に、茉理は今度こそ口に含んだ水を噴き出した。
彼女の脳内で戦闘狂がボール片手に「ドッジボールしようぜ~」と暢気な声をあげる光景がクリアに再生される。
双子少年が面倒臭いといいながらも戦闘狂とドッジボール。
何故かドS女も双子側の人間として参戦。
一方的にボコられる戦闘狂。
それを腕組みしながら見守る最強。
――シュール過ぎる。でも見たい! ちくしょう!
茉理はハンカチで噴き出した水を拭きながらも、誤解を解くために「任務に決まっているでしょ!」と突っ込んでおいた。
「……ねぇ、センセ? それよりさ、今回って手が込んでた割に全然戦ってないよね? 仮にもアクションファンタジーなのに」
「まぁ今回の相手は人間だったしな。うっかり殺してしまっても問題だし。それを考えるとやっぱりドカンドカンといった派手さには欠けてしまうな。戦闘場所も屋内だったこともあって器物損壊も避けたかったし」
それなりに自覚はあったらしい。
でも器物損壊というフレーズがちょっと世知辛い。
確かに教会って年代物が多そうだけども。
「でもさ、やっぱり舞台セットを派手に壊してこそアクションじゃないの? ……見栄え的にもさ」
担当者茉理としての言葉は一郎にも響いたらしく、彼は小さく頷く。
「……じゃあ、適当にステンドグラスでも割っておく」
「うん。視覚的にも聴覚的にも派手で良いと思う。……それと、ジークの出番も増やせない? いくら何でもアレは少ないって。センセがちょっと出しゃばり過ぎちゃったから、思いっきりあおりを喰ってる」
無慈悲な連続指摘に一郎は顔をしかめながらも、一応の反論を試みる。
「でもさ、水戸黄門とかで最後の殺陣シーンがあるだろ? 助さん格さんの存在意義って結局あそこだけだよな? 彼らはあの五分で視聴者を魅せる」
「助さん格さんはそれでもいいけどさ、ジークは主人公だからね?」
今のは言われっぱなしが嫌いな彼の悪癖のようなもので、その辺りも担当者である茉理は正確に理解していた。
一郎は作品内容に関しては柔軟に対応できる。
「…………だな。セリフやらアクションパートを増やしておくか」
「そうだね、それがいいと思う」
一郎は彼女の提案をあっさりと受け入れると、再びカタカタ言わせ始めた。
茉理はしばらくそんな彼の後ろ姿を笑顔で見つめていたが、再びスマホの時計を確認すると長い両腕を豪快に振りながらスーツの上着を羽織った。
「……それじゃ、また来週にでも様子を見に来るから。……センセ体力無いんだから、あまり根を詰め過ぎないようにね」
彼女はそう言い残して足早に玄関に向かう。
だから茉理は一郎が珍しく優しい笑みを見せて、彼女の後ろ姿に小さく手を振ったのを見ていなかった。
これで2章は完結です。
とりあえず悪役出してみましたという感じですね。
次章はあらすじ予告通り王位継承問題です。
配役はいわゆるテンプレ通りです。
それを一郎がどうアレンジするのか、それを楽しんで頂ければ嬉しいです。




