第25話 ラフィル様も楽しんでくださるでしょう
祝勝会の翌日、四人は再び聖堂を訪れた。
大きな扉が開かれ、再び主の座に返り咲いた司祭が好々爺の笑顔で皆を迎え入れる。
「この度は大変お世話になりました」
「もう少し早く助け出すことも出来たかもしれませんが」
神妙に頭を下げる一郎を見て、一同は『一応自覚はしていたんだ』と心の中でツッコむ。
どう考えても今回の件は、まどろっこしかった。
それでもページ数を考えればやむをえないというか何というか、その辺りのウラ事情がスケスケだったので、茉理としても口を挟まなかったが。
「……いえいえ、汚名を被ることなくセリオの民からも忌み嫌われることなく、教会にとって一番いい形で収めて頂いたことはきちんと理解しております」
司祭は好意的に深読みし、丁寧に頭を下げた。
四人は応接室に通してもらい、司祭から事後の報告を受ける。
一郎が特に気にしたのは聖女リリィの処遇だった。
彼女は調査に対して全て正直に答えたらしい。
「リリィは修道女として、正式にラフィル様に仕えることになりました。彼女は不遇な幼少期を過ごし、ウラ社会の事情で人生を振り回されてきました。……ラフィル様は絶対にそのような娘を見捨てたり致しません」
彼女は母の不貞行為によって生まれた子だったという。
父は母を許したが、母は自分の罪から逃れるように幼い娘に冷たく当たった。
美しく成長したリリィだったが、今度は父から色目を使われるようになり、嫉妬で狂った母は更につらく当たるようになったという。
彼女は逃げるように家出し、その美貌に目をつけたウラ社会の男に囲われた。
男は彼女を惚れ抜いて連れ回していたが、それがトーリという大物の目に留まってしまい、半ば強引に献上させられたのだという。
そして今回のイザークとトーリの計画に巻き込まれた、という流れらしい。
「――あのまま彼女が毒婦として蔑まれる未来は、いくらなんでも酷というもの。教会の厚情に感謝します」
いつになく真剣な顔で頭を下げた一郎を、マリアが食い入るように見つめていた。
「――軟禁生活ではありましたが、これもいい機会でした。どうすれば、よりよい形でラフィル様の教えをこの地に根付かせることが出来るのかと、おかげで色々と考えることが出来ました。……幸い時間だけはたっぷりありましたから」
この司祭は中々イイ性格をしていると、茉理は秘かに高評価をつける。
「早速今朝我々の方から、来月に行われるセリオ教主主催の収穫神事に参加させて欲しいと申し出ておきました」
「……いいのでしょうか?」
マリアの驚く顔を見て、司祭はほっこり笑顔を見せる。
「えぇ。ラフィルの教えで『他教徒と一緒に土まみれになって収穫する喜びを感謝してはならない』などという文言はありませんので」
穏やかな顔だが、目の奥にはそれなりのしたたかさを感じさせた。
「きっとラフィル様も楽しんでくださるでしょう。……そういう御方です」
「……そうですね。きっとそうだと思います」
マリアも満面の笑みで頷いた。
この司祭ならきっと全て上手くやってくれる、全員がそう確信した。
帰りの馬車の前で茉理とマリアは、いつになくハイテンションなサーシャから報告を受けた。
役所で手続きを終え、晴れてダースと夫婦になったそうで、そんな彼女を二人で祝福する。
ちなみに男三人は少し離れたところで軽い挨拶していた。
「――マリア……は別にいいか。だってもうジークと両想いなんだし」
マリアは頬を染めて照れたように首を振る。
その姿が初々しい。
「だからチェリーちゃん! 頑張ってね? 『セリオ年上好き女子同盟』の総裁としての命令だからね!」
知らないうちに訳の分からない同盟に入れられて困惑しながらも、茉理は首を振って大いなる誤解なのだと訂正する。
しかしマリアとサーシャには照れ隠しにしか見えないようで、必死で違うと言い募る彼女に二人はニコニコとしていた。
「まぁチェリーちゃんがそう言うならそういうことにしておきましょうか? でも一応アドバイスさせて? ――年上からは絶対にアプローチは来ないと思いなさい! 他ならない私が経験者。……あっちは年上だってことで引け目を感じているんだから、どれだけ待っていても意味ないよ? ダースやヨハンみたいに無駄にプライドが高い男なら尚更。行くなら絶対に自分から行くこと! ……それだけは覚えておいてね?」
茉理は何か言わきゃと思うのだが、どういう言葉を返せばいいのか思いつかない。
そんな中、男二人は軽やかに馬車に乗り込んでいくのが見えた。
茉理も有耶無耶のまま適当に誤魔化して馬車に乗り込む。
サーシャは名残を惜しむ寂しそうな顔で手を振った。
「……ほんとに二人とも、いっぱいありがとね? また遊びに来てね?」
その言葉に茉理とマリアも馬車の中から大きく手を振った。
「――うわああああああああああああああああああああぁ!」
現実世界に戻り、チェリーよりも更に視線が低いなと考え、『あぁ、なるほど、フローリングに座り込んでるんだ』という考えに至るまで数秒。
その割にはお尻の下が妙に生暖かいなと感じ恐る恐る下を向くと、耳まで真っ赤にして顔を背けている一郎が目についた。
そしてようやく自分が彼の下腹部に馬乗りになっていることに気付いた。
状況把握に要した時間は僅かなものではあったが、茉理にとっては永遠に近い。
……そして先程の絶叫に至った訳である。
「ちょっと、センセ! 何、勝手に私を乗せているんですか! このヘンタイ!」
慌てて飛びのき、一郎の頭をバシバシと叩く。
そもそもレコーダーを奪うべく自分から馬乗りになったのだが、そんなコトはあっちのセカイで過ごした濃密な日々のせいで忘却の彼方。
現実世界では一秒たりとも過ぎていないのだが、茉理にしてみれば体感時間である数ヵ月の間ずっと一郎と下半身を接触していたという事実だけが頭を駆け巡る。
一郎は文句を言おうとして口を開きかけるが、数倍になって返ってくることは今までの経験で理解しているので、何事もなかったように立ち上がると、耳まで真っ赤にしながらも無表情を貫きパソコンの前の椅子に腰かけた。
茉理は一気に噴き出てきた汗を拭うと、テーブルの上に並べてあるエアコンのリモコンを乱暴に掴み、部屋主の一郎の断りもなく設定温度を一気に3℃下げる。
身体を投げ出すようにソファにうつ伏せで寝っ転がると、クッションに顔を押し付けた。
一郎はそんな茉理をチラリと横目で窺うが、やはり文句を言わずカタカタ言わせ始める。
――そう言えばさ、一郎センセってば、色気のある女は苦手だなんて言っておきながら、あのリリィって子のことは随分気に入っていた様子じゃない?
なんだかんだでアフターフォローもばっちりだったし。
そりゃ家庭環境が不遇だったのは可哀想だと思うケドさ。
……いや、別に嫉妬とかじゃなくて、なんか単純にシャクに障るというか。
顔を横に向け、一郎の後ろ姿を睨みつける。
だが彼は相変わらず背中を向けたまま執筆活動に勤しんでいた。
――少しは手を止めて『今回は大変だったな?』とか『いい演技だったぞ』とか、そんな感じで労いなさいっての!
茉理は自分が担当編集者であることを棚に上げて、執筆に励む一郎の背中に無言の圧力をかけていた。
次話で2章完結です。




