第20話 ……認めましょう
イザークは執務室で一人天井を見上げていた。
頭にあるのはこの事態をどう上手く収めるのかということ、その一点のみ。
巫女は数は教会で決められていた。
常に総本山に詰めている巫女もいれば、イザークの知っている彼女のように教皇を含めた数人しか行方を把握していない者もいる。
それでも教会は常に彼女たちと密に連絡を取っているのだ。
「……もしラフィルの巫女マリアが行方不明になれば、間違いなく教会の中枢が動くだろうな」
そうなればこの地で気まぐれに聖女の真似事をして、あっさり奇跡を起こした巫女の存在など簡単に知られることになる。
行方不明の娘をラフィルの声を聴いて託宣し救出。それはまさしく巫女の巫女たる御業であり、教会が大絶賛して公表する程の案件だ。
それを成し遂げた巫女がよりによって親衛隊の命令で殺されたとなれば。
イザークに待っているのは『ラフィル教の敵』としての処刑だった。
「いや、待てよ。……これが偽物という可能性もあるか。まずは詳しく調べて――」
イザークはペンダントを見つめながら、冷静に頭を回し始めたそのときを見計らったかのように、扉がドンドンと激しくノックされる。
「ちくしょう! 今度は何事だ!」
「街の教会の神官どもが我々の制止を振り切って聖堂内に侵入してきました! 聖女マリアのことで話があると!」
「何だと? ……耳の早い奴らめ!」
イザークは机に拳を叩きつけると、ペンダントを懐に入れて執務室を後にした。
「――偽聖女を出せ! 毒婦を出せ!」
激怒する神官の剣幕にイザークはひたすら困惑していた。
神官の激昂ぶりにではなく彼らの主張に、である。
取り合えずイザークは闖入者を刺激しないよう、どういうことなのかを尋ねた。
彼らが言うには「偽聖女が私怨から、ウラ社会人脈を使って本物の聖女マリアとその仲間を襲った」とのこと。
イザークは、なるほどそちら側に転がったのかと目を見開いた。
「……それは、私としてもどういうことか知りたいな。……おい、彼女をここに連れてこい」
彼は深呼吸して冷静さを取り戻すと、尻尾切りをすべく部下にそう告げた。
やがてイザークの部下によって聖女が神官たちの前に差し出された。
事情が分からずただ呆然とするリリィを彼らは口々に詰る。
「毒婦め! 自分の身が危ういからといって、よりによって本物の聖女に手を出すとは!」
神官の一人が懐からナイフを取り出して構えると、聖女はようやく自分にどんな嫌疑が掛けられているのかを把握したらしい。
押さえつけている神官たちを振り払い、逃げ出そうと激しくもがき始めた。
それが叶わないとなると、彼女は美しい顔を歪めて涙をボロボロ流す。
「違います! 違うんです! 私は聖女の役を頼まれただけなんです! 本当なんです! ……そこにいる騎士様から何を言うか教え――」
聖女は一生懸命弁解するも、途中からは声が途切れる。
その様は質の悪い大道芸のようで滑稽だった。
神官たちはいきなりの出来事に目を見開いていたが、誰が彼女をこのようにしたのか理解したのだろう、一斉にイザークを睨みつけた。
彼らの推測通り、イザークはひそかに詠唱していた沈黙魔法を発動させたのだ。
親衛隊は上位の神官でもあるから、この程度のこと出来て当然。
神官たちは解除魔法をかけるが、彼らの力量ではどうすることも出来ないらしく、悔しそうに歯噛みしていた。
イザークはそんな彼らを見て口元を緩める。
聖女を殺すのが目的ならば別に口が利けなくても構わないはず。
でも彼らは何とか解除しようとしていた。
なぜなら彼ら神官の目的は最初から彼女に全てを告白させること。
だから命の危険を感じさせ、全て正直に話させるように彼女を誘導したのだ。
初めからイザークを狙おうとすれば、返り討ちにあう可能性があった。
だからやむを得ず、偽聖女を問い詰めて彼女の口から不都合なことを引き出す方法を選んだ。
イザークは彼らの行動からそう推測し、先手を打ったのだ。
案の定神官たちの矛先は彼に向かった。
「どういうことですか!? まさか偽聖女の言う通り、親衛隊のともあろう方が女神ラフィルを冒涜するようなこと!?」
イザークはこの状況を利用すべく、殊更神妙な顔を作って否定作業を開始した。
「……認めましょう」
彼からの思わぬ発言に神官たちがざわつく。
だがそれも次第に小さくなっていった。
その頃合いを見て、イザークは告白する。
「司祭殿に代わってこの地での布教活動をしていたが、上手くいかなくて私は焦っていた。そんな折、このリリィと名乗る見目麗しい女性が『自分は奇跡を起こすことが出来る』『私は行方不明になった者を探し出せる』と申し出てきたのだ」
神官たちは一斉に怪訝な顔をした。
そんな彼らにイザークは自嘲気味な笑みを浮かべる。
「あぁ、もちろん私も胡散臭いと思った。……だが、もし、仮に、この国の治安組織でも見つけられないような事件で手柄を立てることが出来たならば、ラフィル教会はどう扱ってもらえるのだろうか? ふとそんなことを考えてしまった。……恥ずかしながら功名心にを刺激され、そんな心のスキを狙う彼女の色香に狂わされてしまったのだ。結果、私は藁にもすがる思いで彼女の手を取ってしまった」
イザークが話しているあいだ、リリィは涙ながらに首を横に振り続ける。
しかし声が出ない彼女は彼の脅威ではなかった。
とにかく今は神官たちを黙らせることを最優先として畳みかける。
「だが今回の事件が起きて風向きが変わった。今まで的中してきた彼女の託宣が成功しなかったのだ。不思議に思って部下たちを使って調べれば、今までの事件は全て彼女とウラ社会の人間が暗躍していたと知れた。……要するに、焦る私を利用して弱みを握ってやろうという陰謀だった」
神官たちは声も出ないのか一様に黙りこくっていた。
イザークは手ごたえを感じて殊更沈痛の面持ちで語る。
「……私は心より恥じた。安易に彼らの罠にはまってしまったことに。だが、それでも、私はそのことを表に出すことなく、ずっとひた隠しにしてきた」
彼は大きく息を吸い込んだ。
「……教会としては今更後には退けなかったのだ! もう事態は動き出していた! この国の要人まで聖女の託宣に期待した! だから、私はロッサムの娘が囚われている場所を推察し、そこにいることに一縷の望みをかけて偽の託宣をさせたのだ。間違いなくこの私がそう命令した! ……それは紛れもない事実だ」
弱い人間で申し訳ないと自嘲するイザークだが、神官たちからは彼が想定したような同情的な視線はなかった。
それよりも、何かを待っているかのようにじっと息を殺して聞き続ける彼らに、イザークは小さな違和感を覚える。
それでも否定する言葉は出てこないので、イザークは弁解を続けることにした。




