第19話 親衛隊も随分と舐められたものだ
「本当にいいのか、アレで? あのビビり具合なら、黒幕やら何やら全部吐かせることだって出来ただろうに」
ゴロツキたちが這う這うの体で小屋から逃げ出していくのを全員で見送ると、ダースはもったいないと嘆息する。
しかし一郎は首を振った。
「確かにゴロツキに全部吐かせてもいいだろうが、その証言を教会が認めるとは思えない。所詮ゴロツキはゴロツキだ。むしろ奴らを使って教会の名誉を傷つけたと、こちらに何か吹っかけてくる可能性すらある。……それよりもイザーク本人を罠にハメた方が遥かに手っ取り早い」
一郎がニヤリと口元を歪めるとベイビーも頷いた。
周りの者たちは、そんな分かり合っている二人を遠巻きに見つめる。
「ねぇ今言った罠ってアレだよね? さっき彼らに渡したアクセサリみたいなの」
茉理の質問に全員が同じことを思っていたのか顔を上げた。
「あぁ、そうだな。……あれは『ラフィルの巫女』が肌身離さず持っているペンダント――のレプリカだな。あれが巡り巡ってイザークの元に辿り着いた頃合いを見て聖堂に突入する。……彼がアレを偽物だと見破るもよし、見破れなくてもよし。どちらにしろ彼がどう言い訳すべきか考えている最中に殴り込みをかけ、司祭派がいる前で決定的な失言をさせる」
その話を聞いてジークとマリアがクスクスと声を揃えて笑い出した。
どうやら彼らもその仕込みに参加していたらしい。
ダースもそれが分かったのだろう、呆れたように首を竦めた。
「分かった分かった。もう勝手にしてくれ。……俺のように真っ当に生きている人間には難しすぎるんだよ、まったく。……ベイビーと将軍がお墨付きを与えたっていう、アンタの性格の悪さとやらに賭けるとしよう!」
そのどこか投げやりな言葉にみんなが声を上げて笑った。
面と向かって性格が悪いと言われた一郎は、大して気を悪くした風もなく笑顔を見せる。
「さて次は街の教会だな。……神官たちと最後の詰めに入らないと!」
一郎の号令に全員が薄暗い小屋を後にした。
大通りから少し外れた区画はそれなりに人通りが多い昼間なのにも関わらず、立ち並ぶ派手な門構えの店々はそれらを全て拒絶するかのように扉を締め切っていた。
しかし夜になると、一帯はこの国で一番煌びやかで夜の蝶たちが舞い踊る不夜城と表情を一変させる。そんな男たちの桃源郷――妓楼。
ウラ社会の人間がひっきりなしに出入りしている場所でもある。
ある者は一晩抱く女を探しに。
ある者は女を金と交換する為に。
……ある者はここのヌシであるトーリに会うために。
その彼は一番大きな妓楼の室で幹部から襲撃成功したとの報告を受けていた。
「……でかした」
彼はにんまりと証拠の品だと差し出されたペンダントを受け取る。
「……もうこの国とはオサラバだな」
先日彼の手下がロッサムの娘を誘拐したとして治安当局に逮捕された。
国を挙げての捜査が自分の手に届く前に、さっさとイザークから金を受け取ってこの国を出る。
それがトーリの目下の予定だった。
難しい暗殺任務なので少々時間がかかるかと思っていたが、想像以上の速い仕事をこなした部下を労い、膝の上に座らされ震えていた女性――偽聖女リリィにイザークとの面談を調整させた。
打ち捨てられた郊外の屋敷。
そこがいつもの面会場所だった。
トーリが部下を引き連れて向かうと、すでに待ち構えていたらしい笑顔のイザークがいた。
お互い忙しい身なので、挨拶もそこそこに本題に入る。
「――女はこれを握りしめながら絶命したらしい。よっぽど大事なモンらしいな」
例の戦利品をイザークに渡すと、晴れやかだった彼の表情が一瞬にして曇っていく。
「……コレは……何故コレが?」
彼はうわ言のように唇を震わせながら呟いた。
持ち前の勘が働いた彼は、さりげなく一歩だけ下がる。
トーリと付き合いの長い彼の部下も、その動きに反応して少しだけ姿勢を正した。
「それが、どうかしたのか?」
「ふ、ふざけるな! ……な、なんだコレは!」
顔を上げたイザークがペンダントを握りしめて絶叫する。
「大声はやめろ! アンタも俺たちと繋がっているのがバレちゃ問題なんだろうが? ……ったく、その戦利品がどうかしたのかよ?」
「どうかじゃないだろうが!」
イザークは今度は顔を真っ赤にしてペンダントを掲げる。イザークの後ろに控えていた彼の部下たちもそれを見て絶句した。
「これはラフィルの巫女のペンダントだ! お前たちはなんてことをしたんだ」
なんてことをしたって言われたところで、それを指示したのはイザーク本人だとトーリは言いたかった。元々彼の癇癪には閉口していたが、今回は少々度が過ぎるというもの。
「そんなこと俺の知ったことじゃねぇよ。お前さんがヤツを殺せっていうから、わざわざこっちは動いたんだろうが。……そんなコトどうでもいいから、とにかく早いことお金を寄越せ。もうこの国を出るんだからよ」
「……どこかへ行くのか?」
「まぁな、手下がヘマしたせいでこっちまで危ないんだ。だから早く約束の金を出せ!」
そう言いながらトーリは乱暴に手を突き出すのだが、次の瞬間彼の手首が吹っ飛び崩れかかった石壁に当たって跳ねた。
彼が無言のまま手首を見ると、絶え間なく血が噴き出している。
意味が分からずイザークを睨むが、彼は涼しい顔をしていた。
抜かれた剣は血に染まっている。
「て、てめぇ!」
数秒遅れでようやく痛みがやってきて、トーリの額から冷や汗が落ちた。
教会側はイザーク含めてたったの三人。対して彼が連れてきた人間は周囲警戒班を合わせるならば十人以上。
数的有利は圧倒的にトーリの方。
彼は利き手ではない手で剣を構えた。
「てめぇみたいなボンボンとは潜ってきた修羅場が違うんだよ!」
どんな風に殺してやろうか、トーリは手首の疼きで気分がどんどん高まっていくのを感じていた。
部下たちも一斉に武器を構える。
「……これはこれは。……親衛隊も随分と舐められたものだ」
イザークはポツリと呟く。
「みぐるみ全部剥いで大通りに晒してやれ!」
トーリの言葉を合図に戦闘開始された。
――が。
次の瞬間イザークの姿が彼らの視界から消えた。
そして巻き起こる悲鳴。
イザークは嘆息しながら血まみれの剣を振って血を飛ばした
それが打ち捨てられていたクローゼットにピシャリと張り付く。
ゴロツキの十人や二十人、イザーク一人で十分だった。
部下には自分に向ってくる者だけを倒すよう指示し、残りは全てイザークが受け持った。
取り合えず何も考えずに身体を動かしたかった。
それを一般的には現実逃避と呼ぶ。
だが、それでも、いつか戦闘は終わるもの。
再び彼は目の前の重大な問題を直視せざるを得なかった。
「……まさか本物の巫女だったとは、な」
あのとき、マリアはラフィルの巫女候補だと認めたはず。
――ウソだったのか?
いや、違う。現巫女だって、かつては巫女候補だったのだ。
そこから選ばれて巫女になるのだ。
そんなちょっとした言葉遊び。
イザークは彼自身がたった一人だけよく知っている、かつての巫女を思い浮かべる。
常に煙に巻くような口の利き方で周りをひっかきまわして楽しんでいた彼女。
イザークを弟扱いして何かと気を掛けてくれるのは嬉しかったけれど、その分いつも何かしらの被害を受けていた気がする。
そういう意味ではあのマリアも同じような類のモノだろう。
そもそもあの魑魅魍魎が跋扈するあの教会総本山で生き残るというだけで稀有な才能なのだ。
そして生きたまま外のセカイに出られる巫女は更に限られる。
よりによってそんな人間を簡単に殺してしまったことに、イザークは頭を抱えた。
「そこに転がっているトーリの死体は利用価値が出てくるまで保管しておけ。……『聖女』は聖堂の地下で飼っている『ジジイ』の隣の部屋にでも放り込んでおけばいい」
彼は部下にそう指示すると、ふらつく足取りで聖堂へと戻っていった。




