第17話 誰が共犯者だ?
ハリーの街は静まり返っていた。
だけど民衆は息をひそめて家の中に隠れていた訳ではない。
大多数の者たちが街中に出て、目の前をゆっくり通過する一団を物音一つ立てず見つめていた。
前回の捜索と違って今回は少数精鋭ながら、軍のトップと少女の父でもある治安部隊の中心人物が直接現地に向かう展開。
もしこれで失敗しようモノなら国家の威信に関わる。
民衆はただただ押し黙って、先導するハラール将軍とジェラルドの後方に控える馬車を見つめていた。
国の大物二人の表情は依然硬い。
人々はそこから成否を読み取りたいのに、それが出来ずにもどかしい思いをしていた。
騒ぐことも出来ない民衆の前を馬車が焦らすかのようにノロノロと進み、やがて祈り台が設置された広場で止まった。
真剣な表情をしたジェラルドが馬から降り、集まった民衆に一礼する。
そして深呼吸して教主国の紋章の入った国賓用の立派な馬車の扉に手を掛けた。
ゆっくりと開かれた中から出てきたのは栗色の髪をした少女。
ジェラルドの娘――モニカ。
次の瞬間大歓声が沸いた。
群衆の最前列で待っていた彼女の母親が涙ながらに駆け寄る。
モニカも号泣し母親の胸に飛び込んだ。
そこにジェラルドも加わり一か月ぶりに家族全員が揃う。
感動的なシーンに民衆が歓喜の号泣をした。
捜索隊の面々から押し出されるように今回の立役者である、修道服を着た女性――マリアが祈り台に向う。
彼女の両脇に控えるのはハラール将軍とジェラルドの娘モニカ。
マリアが民衆を前に深呼吸すると一斉に静まり返った。
「――私はかつてラフィル教会の人間でした。今は冒険者をしており、何度かこの地を訪れています」
彼女は笑顔で周囲を見渡す。
「私はこの国が好きです。セリオの教えを胸に刻んで真っ当に生きる皆様を心より尊敬致します。……この地で布教活動をされている司祭様も同じことをおっしゃっていました。彼は一生懸命セリオ教を学び、ラフィル教と同じくする部分を見つけては喜んでおられました。司祭様はラフィル教とセリオ教は絶対に共存出来ると考えておられます。それは私も同じです。……セリオの教えを胸に抱きながら、ラフィルの教えにも耳を傾けてくれたら嬉しいです」
マリアの言葉に頷く者がいる一方で、教会に対して不信感が拭えない者もいる。
彼女は聴衆を見渡し、少し表情を歪めた。
「……ですが司祭様は長らくご病気で、現在は布教活動をされていないと聞いております。とても健康に気を付けておられる方だったのですが。私も驚いております」
その言葉に何人かがハッとした顔で祈り台の上にいるマリアを見つめた。
彼女はそんな彼らに微笑みかける。
「……私はラフィル教の関係者として司祭様の一日でも早い現場復帰を望んでいます。そして再び、ラフィル教とセリオ教が手を携える日が来ることを心から願っております!」
話したいことは全て話し切ったマリアは祈り台で深々と一礼すると、大歓声が起きた。
イザークはマリアの演説を聞き終わると、拳を壁に叩きつけた。
彼は娘を乗せた馬車が到着する前からイザークは街に出ていた。
『今まで見つけることが出来たのは教会ウラから糸を引いていたからで、今回は本当の誘拐事件が起きたから見つけられないんだ』
『聖女っていっても偽物なんだろ? ウラでは有名なアバズレなんだってよ』
『じゃあ、横にいた親衛隊の騎士も偽物かよ?』
『そもそもラフィル教ってのも本当かどうか。アイツらただの詐欺師じゃねぇのか?』
『なんでも司祭を軟禁して自分の好き勝手やってるって話だろ?』
あちこちでそんな噂話が飛び交っていた。
自分を偽物騎士扱いされたことには噴飯ものだったが、誘拐事件と聖女の件は全てその通りだった。
挙句、当て擦りのような『司祭の現場復帰を望む』という発言。
「……誰なんだ?」
順調すぎる程順調だったのに、一気にひっくり返った。
――この状況を作り出したのはどこの誰だ?
こんな悪辣な遊びを思いついたのは誰だ?
やはり『あの双子』か? ……それとも。
彼は同じ親衛隊の中から黒幕を探し始めた。
イザークは翌日、教会の人間としてジークムントとマリア聖堂に呼び出した。
親衛隊の名前で出頭しない修道女はいない。
案の定彼らはあっさりと出頭してきた。
「吐け! ……お前たちがロッサム家の娘を誘拐したんだろ!?」
イザークはテーブルを叩いて尋問を開始する。
だが呼び出されたジークムントとマリアの二人は不思議顔を崩さなかった。
何故自分たちが呼ばれたのか理解できない風を装っているのが腹立たしい。
――私のメンツを潰した上に、まだシラを切るとでも?
睨みつけるイザークだが、男は笑みすら浮かべて話し始めた。
「僕たちはここから馬で片道十日は掛かるボーレル村まで行商人の護衛をしていました。それも往復です。商業ギルド所属のシャトール商会の仕事ですから、疑問があるならまずそちらを当たって下さい」
出てきた商業ギルドの言葉にイザークは溜め息をつく。
教会と商業ギルドは円満だ。それはこの国でも変わらない。
実際彼はこの地に来てから何度か彼らに融通を利かし、彼らもイザークにそれなりの寄付を申し出てくれた。
そんな商業ギルドがイザークを陥れる可能性は極めて低い。
――だがゼロじゃない。
イザークより上の人間からの要請があれば、きっと商業ギルドも手のひらを返すだろう。
彼は想像していた通りの展開に焦る。
単独犯なら始末して終わり。
だけどギルドや教会内部が絡んでくるとこの上なく厄介。
「……誰が共犯者だ? これでも私は話の出来る男だ。こちらにつけば悪いようにはしない」
状況によっては買収をも視野に入れないといけない。
イザークが猫撫で声に切り替えると、マリアは彼を睨みつけ露骨な溜め息をもらした。
その態度に交渉決裂を悟ったイザークは立ち上がり、彼女を指差す。
「たかだか冒険者風情がナニサマのつもりだ! お前は聖女を名乗り、託宣の真似事までした。貴様も教会関係者なら、それがどれ程の大罪なのか分かるだろう!?」
「……真似事、……ですか?」
マリアの温度を感じさせない声に、イザークは少しだけ怯む。
「そうだ! お前たちは初めから娘がどこにいるかを知っていたんだ! なぜなら誘拐――」
「――あなたの後ろの扉に二人。私たちの後ろの扉に二人。あと、その絵で隠された扉の裏に一人。クローゼットの中に一人。……以上です」
イザークの口上を遮ってマリアは次々に視線を移しながら素っ気なく告げる。
「…………え?」
ポカンと口を開くイザークにマリアが侮蔑の視線を寄越す。
「隠れていらっしゃいますよね?」
イザークは呆然とする。
確かに何かあったときの為の護衛として隠れさせておいた。
だが扉のウラだけでなく、隠し扉とクローゼットの中にも気付くとは。
「…………なぜ?」
「さぁ? 見えるからとしか言いようがないですね」
「嘘をつけ! そのような御業、ラフィルの巫女でもあるまいし!」
イザークの言葉にマリアの隣りの男が過敏に反応した。
心配そうに隣の彼女を見つめる。
それに焦ったのはイザークだった。その反応はまるで――。
「――いいえ。候補の一人でしかありませんでした。ですから冒険者になったのです。過分にも『聖女』という二つ名を頂いているのが、何とも言えない皮肉ですね」
彼女の予期せぬ言葉にイザークは凍り付いた。
巫女候補はセカイ各地にいる。
その中で力の強い人間が選りすぐられ、帝国にあるラフィル教総本山に籠って祈りを捧げる巫女になるのだ。
ただただ絶句するしかないイザークを嘲笑うかのようにマリアは嘆息する。
「……まさか、巫女の最大の庇護者である親衛隊の方にこんな仕打ちを受けるとは。……今度猊下とお会いしたときに、このことを伝えておきましょう」
今の一言は教皇と面会できる権限があるということを示唆していた。
それだけ告げるとマリア立ち上がる。
隣の男もそれに倣った。
あまりの展開にイザークはもちろん彼の部下たちの誰も止めようとしない。
そのまま彼らは教会を後にした。
「……巫女……候補、だと?」
イザークは一人苦悶していた。
「では本当に託宣したのか? ……彼女は本当に女神ラフィルと繋がれるのか? 巫女になれなかったとはいえ、あそこまでの力を持っているのだ。親衛隊もしくはその上位組織と繋がっている可能性は大いにある。……もしこのことが洩れてしまったら」
――むしろこの件の為にこの地へ来たのだとしたら?
司祭に手を貸すのが彼女に課された役目なのだとしたら?
「……何としてもあの女を殺さないと。……この国から出る前に絶対に殺さないと」
イザークは血走った眼でじっと虚空を見つめていた。




