第16話 お姉ちゃんはニセモノじゃないもん!
ダースは皆と一緒にマリアの託宣を見つめていたが、正直なところ右手首の痛さが気になってそれどころではなかった。
前もってヨハンから「思いっきりやってくれ。最悪骨が折れてもいい。マリアに治してもらうから」と言われていたので彼も本気で殴った。
今回皆で考えた一番の失敗は『芝居だとバレてしまう』こと。
そういう意味では完全に成功したと彼は満足する。
だけどちょっと力が入り過ぎたようで、手首がじんじんと痛む。
もしかしたら骨に細かいヒビでも出来たかもしれない。
ダースが痛みに耐えていると隣で託宣に耳を傾けていたサーシャが心配そうに彼の手首を労わる様に撫でてきた。
「……そんなに痛むの?」
「……まぁな、こればっかりは仕方ない。後でマリアに治してもらうとしよう」
ダースのぶっきらぼうな返事に、彼のことをよく知るサーシャは苦笑した。
二人でそんな会話をしている間にマリアは託宣を終え、ジークに抱えられて降りてきた。
全員がそれを呆けた様子で見つめる。
ダースは小さく笑みを浮かべ、ある意味『ここからが本番』だと気合を入れ直した。
「――今の時期でミレーの木にまだ花が咲いているってことは相当北の方だな。その中で水車を回すような川となると、……該当するのはアレクス大河の支流レーヌ川ぐらいか」
いきなり推理しだしたダースの言葉に、周りの者たちは怪訝な表情を見せろ。
だけど気にすることなく、サーシャがそれに続いた。
「えぇ、確かにあのあたりなら、まだミレーの花が咲いていても変じゃないわ」
そんな二人の会話を聞いた数人が頷いた。
それを見届けてダースは声を張り上げる。
「ちぃとばかり遠いが、オレは行こうと思う! もし娘さんが泣きながら助けを待っているのだとしたら、こんなところでじっとしていられねぇよ!」
彼の決意の一言にどこからか声が飛んできた。
「本気かよ? どうせまたハズレじゃねぇのか? あの女を信用するのか?」
「そうだそうだ、止めておけ! 無駄だ無駄。どうせ今回もハッタリだ。教会なんざ信用出来るかよ!」
「あんなニセモノの言う事なんて、真面目に聞いてどうするんだよ!」
次々とマリアと教会を否定する声が巻き起こった。
さてどうしたものか、早く援軍は来ないものか、とダースとサーシャが様子を窺いながら持ちこたえていると、不意に甲高い女の子の声がそれに割って入った。
「お姉ちゃんはニセモノじゃないもん! 私のケガ、直してくれたもん!」
その声に巻き起こっていた怒声が静まった。
ダースとしてもこの仕込みは聞いていなかったが、いい感じで間に入ってくれたと感謝する。
「……確かに、酒場の前でも魔法で傷を治していたよな?」
さっそくその流れに乗っかる誰かが現れ、それに他の男も続く。
「しかも祈っている最中の風だったりは本当に凄かったよな。……何か神がかっていてよぉ!」
そういうとその場の全員が頷いた。
男衆は彼女の白い太ももを思い出したのか、ちょっと照れた感じで顔を伏せる。
サーシャがそれを見て不快そうに表情を歪めた。
ちなみにあれはヨハンの演出だ。
荒んだ民衆に対するちょっとしたサービスで、彼女の好感度を上げる為だと言っていた。
そのときチェリーが目を吊り上げて怒っていたのを覚えている。
確かに好感度は上がっただろう。
……主に成年男子の、だが。
「少なくとも前の聖女が祈っていたときは、そんなことなかったよな?」
「いやいや、そもそも二回外したあの女はウラ社会を牛耳っているトーリってヤツの愛人だからな。初めっから聖女でもなんでもねぇよ!」
「え? それどういうことだよ?」
どこかで男が叫ぶ声があり、それを聞いていたものが騒ぎ出し、話題はそちらの方向へ移っていった。
「――ダースさんが行くと言うなら僕も一緒にそのレーヌ川ってところに行くよ!」
いつの間にか近くまで来ていたジークが、ダースの肩に手を置いて皆に聞こえるように宣言した。
「……私も行きます。託宣した者としての責任がありますから。……もし外れていたら鞭打ちでも好きにすればいいです」
彼に抱きかかえられたままで弱々しい表情のマリアも、周囲によく通る大きな声を上げる。
どこからともなく、そこまで言うなら自分も信じてやってもいいとの声が起こった。
完全に流れが変わり始めたとダースが実感し始めたそのとき、不意に人垣が二つに割れ始める。
「――あの近辺で人攫いが出入り出来るような無人の屋敷ってのはそうは多くないはずだ。今から馬を夜通し走らせれば明日の朝にはレーヌ川まで行ける。そこから一日探せば該当する屋敷全部を当たれるだろう!」
そこを堂々と歩くのは立派な体格の老人――セリオ教主国の重鎮ハラール将軍。
「……お前が本物の聖女かどうか、この儂が見極めてやる!」
歴戦の軍人も涙目になるという彼の睨みを受けてなお、マリアは笑顔で胸を張っていた。
「では私もご一緒しましょう。……娘を迎えに行くのは父の役目ですから」
その声に同調するのは横にいた男性。
ジェラルド=ロッサムの登場に、現場の雰囲気は最高潮になった。
今回はすぐに動ける人間がいないという名目で少数精鋭部隊が編成された。
総大将にハラール将軍。副将にジェラルド。あとその下に聖女役のマリアを含めた冒険者四人組と酒場の二人が付くという形。
ようするに全員仕込み側の人間。
娘を乗せて帰る為に馬車が必要なので女性陣と御者役のダースはそちらで移動。
残りの男性陣は全速力で馬を走らせることとなった。
ジェラルドは目的の屋敷の庭で馬から下りると、綺麗に整備された厩舎に繋ぐ。
そしてホッと一息ついた。
高台にある故ユーミル翁の立派な屋敷からは、古今東西あまたの詩人が愛した清流レーヌ川が一望でき、水車が回っているのも見えた。
庭には託宣通りミレーの木があったが、花はすでに散って緑の葉が生い茂っていた。
「……見事に散っているな」
ジェラルドの何気ない呟きに、白衣のヨハンが声を上げて笑った。
「……そんなコトはどうでもいい。それよりウマそうなメシの匂いがする」
隣を歩く将軍が鼻をヒクヒクさせ、早足で玄関に向かい、勢いよく扉を引く。
残された三人も遅れて屋敷に入ると、娘とベイビーが朝食を摂っていた。
「パパ!」「モニカ!」
娘――モニカとジェラルドは同時に声を上げる。
彼は娘に駆け寄り強く抱きしめた。
一月ほどの別れ、絶対に安全だと知っていたが、それでも娘が視界に居ない日が続くと心配になってきた。
「大丈夫だったかい?」
「うん、平気! だってベイビーさんがいてくれたから!」
娘の全幅の信頼を得ている彼は、上機嫌でスープを掬い口に運んでいた。
「……で、人攫いはどこに?」
冒険者ジークムントの言葉にベイビーは食べるのを中断して、口元を歪めて足元の床を指差す。
「地下に放り込んでいるよ。……いっそ殺しちまうか? 後腐れなくていいぞ?」
「いやいや、殺してもらっては困るよ。彼らには余罪があるから。その罪を償わせるのが私の仕事なのでね」
娘を抱きしめたままジェラルドが弾む声でそれを窘める。
余罪という言葉にヨハンが口角を上げた。
「だから、そんなことはどうでもいいんだ! 早く儂らの分の飯を出せ! こっちは夜通しで駆けてきたのだぞ? 馬車で後からくるお嬢さんたちの分もちゃんと用意しろ!」
どっかりと椅子に座ったハラール将軍はベイビーの目の前にあった皿を乱暴に寄せると、手掴みでパンやら目玉焼きやらを食べ始めた。
「……はいはい。少々お待ちください」
そういうと先程の上機嫌もどこへやら、ベイビーは重たい足取りでキッチンへ向かった。
「あ! 私も手伝います!」
娘はそう告げるとジェラルドの腕を簡単に跳ね除け、ベイビーに寄り添い歩いた。
全員分の食事の準備ということで、ジェラルドも出来ることは手伝おうと腕まくりしてキッチンに入る。
家事に協力的でカッコいい父を見せたいという部分があったのも否定はしない。
だが、彼は不用意にここに足を踏み入れたことを後悔するハメになった。
ベイビーと娘は実に慣れた手つきでテキパキと料理を作る。
いつの間にこれだけ仲良くなったのかと思う程、彼らは冗談を言い、笑い合う。
しかも役割分担が出来ているのか、恐ろしく手際が良い。
見た目は仲睦まじい父娘という感じなのだが、二人の親密さから感じ取れるのは新婚家庭の甘ったるさ。
そこにジェラルドの入る隙間はなかった。
彼はどう表現していいのか分からない焦燥感に襲われ、見る見る不機嫌になるのだった。
料理が完成した頃、馬車組も到着し全員が集合した。
挨拶もそこそこに、皆で声を合わせて「いただきます」をする。
朝食の間も楽しそうに話しているのは、もっぱらベイビーと娘でその仲の良さを将軍や女性陣が茶化す。
親子ほどの年齢差だと全否定するベイビーに、何故か娘が露骨に不満げな顔をする。
ジェラルドは不安で仕方なかった。
今後の方針の会議も兼ねていたのだが正直それどころではなく、彼はじっとベイビーと娘のことを観察していた。




