第15話 ねぇ誰か! 早く止めてよぉ!
「ごくろうさん。世話になったな」
今回のジークたちの雇い主だった行商人はハリーの街に入ったところで安堵の笑みを浮かべた。
比較的治安がいいセリオとはいえ、彼らが常に安全に商売出来るかと聞かれればそうとも言えない。だから保険料として冒険者を雇うのだ。
最後まで仕事を果たすべく、ジークとマリアは依頼者の商会裏口まで護衛を続けるのだが、彼らが通るたびに舌打ちやら罵声が飛び交う状況に目を見開く。
対象はマリア――厳密にはシスター姿の彼女だった。
通りを歩く彼女を見る民衆の目は余りにも剣呑で、行商人の彼も不思議そうにマリアと彼らを見比べて首を傾げていた。
「……ヨハンさん、ちょっとやりすぎじゃないかな?」
そんなジークの溜め息交じりのボヤきは、誰に届くでもなく虚空に消えた。
無事仕事を終えたジークは、それとなくマリアの身を守りながら馴染みの酒場に入った。
「おう! 随分と久しぶりだな」
マスターのダースが二人を歓迎する。
その声に反応した客たちが赤ら顔で一斉に彼らを振り返り、シスター姿のマリアを見た瞬間、侮蔑の眼差し寄越した。
この状況を作り出したヨハンはカウンターで悠々とグラスを傾けており、その隣では彼の助手であるチェリーが申し訳なさそうにマリアに微笑みかける。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、僕たちがこの街を離れている間に一体何があったんだ? どう考えてもマリアに対するこの感じは異常だよ? 彼女が何をしたっていうんだよ?」
ジークが神妙な顔でダースに話しかけると、彼は煙草に火をつけて煙を吐き出し、これまでの経緯を話し始めた。
当然ジークたちはダースの話を聞くまでもなく内容は熟知している。
それでもこれはここにいる仕込みでない人間を『舞台に上げる』為のひと手間なのだ。
ダースの話を聞き入るように酒場の客たちも黙り込んだ。
ロッサム夫妻の息子が誘拐され殺された事件の後、娘までもが行方不明になったこと。
聖女が二回託宣し、二回目は治安部隊や軍まで動員して捜索したにも関わらず大失敗したこと。
「――今まで成功していたのは教会がウラで糸を引いていたからで、今回の件だけが本当の誘拐事件じゃないかって。……聖女の託宣なんて嘘っぱちだって、みんなそう言っている」
ダースの言葉に店内の客たちが「そうだ!」と同意し、修道服姿のマリアへ対する敵愾心を隠そうともしないで睨みつけた。
そんな中、ずっと聞き役に回っていたヨハンが、ふざけたような口調で告げる。
「なぁ、マリア。アンタも確か『聖女』って呼ばれていたよな?」
――これが大芝居の開幕の合図だった。
何を言い出すのだという雰囲気になり空気が完全に凍り付く。
マリアに向いていた悪感情が今度はヨハンに向いた。
チェリーが心配そうに彼の腕を引く。
だけどヨハンは明らかにそれを楽しんでいるらしく、声を上げて笑うと彼らを逆撫でするように続けるのだ。
「せっかくだからさ、ついでにアンタも祈ってみたらどうだ? 当たるも八卦当たらぬも八卦ってな?」
「――テメェ! ふざけてんのか!」
ダースは、その余りにも空気の読んでいない言葉に激怒し、カウンターから身を乗り出して思いっきりヨハンをぶん殴った。
いきなりの彼の行動にチェリーとサーシャが悲鳴を上げる。
だが、これも当然仕込みだ。
だけど事情を知らない他の客は本気でぶん殴るダースの剣幕に、血の気がさっと引いていく。
ジークも慌てて宥めるフリをするが、ダースはヨハンの胸倉を掴んで離そうとしない。
一方のヨハンは平然とした顔。
「……私はヴィオールの人間だ。だからラフィル教でもなければセリオ教でもない。更に言えば私たち研究者は神など全く信じない」
「だから、それがどうしたってんだ!」
「あの聖女が失敗したからといって、別の聖女が失敗するとは限らんだろ? 実際ラフィル教はこの件に関わらずセカイ各地で数々の奇跡を起こしているんだ。……そのことに君たちは興味が湧かないのかい? それに対して知的探求心がくすぐられたりしないかい?」
「ふ……ふざけるなァ! 聖女だか奇跡だか知ったことか! このマリアが成功する保証がどこにある!」
ダースがヨハンを殴り、彼の鼻から血が噴き出た。
後でマリアが治療することになっているとはいえ、ヨハンもよく辛抱しているとジークは心の底から感心する。この光景を見て誰が芝居だと思うのだろう。
「……だからこそ試すんだよ。私としては『サンプル』が欲しい」
「ハァッ!? なんてヤツだ! 人の命を何だと思っているんだ! 勝手に見世物にするんじゃねぇよ! 娘を奪われたロッサムさんの気持ちを考えろ! ……テメェみたいな血も涙もないヤツは死んでしまえ!」
ダースは店の外までヨハンを蹴り飛ばすと、更に馬乗りになってヨハンを五発六発とぶん殴る。
派手に血しぶきが飛んだ。
サーシャが泣きながらダースを押さえようとするが、彼は彼女までも突き飛ばして振り払う。
その勢いでサーシャは石畳の上に投げ出され、膝を擦りむいた。
「誰か! ねぇ誰か! 早く止めてよぉ!」
チェリーが大声で泣き叫び、通りを歩く者たちに助けを求める名目で注意をこちらに向けさせる。
「どうしたんだ?」
彼女の叫びに慌てて集まってきた野次馬が事情を尋ねると、ダースが自分の下でぐったりしているヨハンの胸倉を掴みながらこれまでのことを説明する。
ヨハンの「サンプルが欲しい」のくだりで、当然ながら聴衆が激怒した。
だが、当のヨハンは白衣を血に染めながらも、いまだ半笑いで一切悪びれる様子はない。
その横で健気にもダースの腕に掴みかかり、必死に引き離そうともがいている小柄なチェリーが哀れだった。
そんな白衣の二人を民衆が囲み、誰からともなく石を投げ始める。
「お願いですから、どうか、やめてください」
ボロボロと涙を流すチェリーにも容赦なく石が投げつけられ、彼女の額からも血が流れた。
ジークにはその光景が壮絶すぎて、もはや何処までが『仕込み』でどこから『現実』なのかが分からない。
つまりそれだけヨハンは民衆を焚きつけることに成功したということだろう。
悪役としては最高の栄誉に違いない。
満を持して黒衣のマリアが白衣の二人を庇うように立ち塞がった。
彼女は防護魔法を唱え、飛んでくる石を跳ね返す。
その間も絶え間なく石が飛んできたが、彼女たちにかすりもしないことが分かると次第にそれも無くなった。
マリアが上位の範囲回復魔法を唱えると、手を触れることなくヨハンとチェリーの傷が癒えていく。
それを目撃した民衆がどよめいた。
「……どうかこの私に祈らせて下さい! この私がロッサム家の娘さんの居場所を託宣して見せましょう!」
毅然と前を向いたマリアがはっきりとした口調でそう告げる。
この場にいた全員がその証人だった。
マリアのまっすぐな目で見つめられた彼らは、困惑の表情で周りの人間と目配せしていた。
広いところで風を感じながら託宣したいとのマリアの言葉に従い、聖女の祈り台を無断使用することになった。
「関係者以外立ち入り禁止です!」
そう告げる神官の耳元でマリアが一言二言告げると、彼はスッとそこを譲る。
彼は司祭派の神官で、もちろん『仕込み』の一人だ。
ヨハンが例の何かを企むような人の悪い笑みでマリアの耳元で何かを囁くと、彼女も呆れたように小さく笑って頷いた。
騒ぎを聞きつけた住民が広場を埋め尽くし、祈り台に上るシスター姿のマリアに罵声を浴びせ始める。
やむ気配のない怒号の中、マリアは目を瞑って静かに祈り始めた。
次の瞬間、緩やかな風が舞い始め、それを受けて広場の木々がざわめき始める。
いきなりの現象に皆が口を噤んだ。
巻き上がる風にマリアの服の裾がめくれ上がり、白い太ももが露わになるが、集中している彼女はそれを全く気にしない。
男衆が息をのむが、周りの目を気にして咳払いで誤魔化していた。
ジークは横のチェリーを窺うと、彼女はマリアではなく建物の陰を睨みつけていた。
そこに居たのは何か呟きながら左手を掲げるヨハン。
ジークは先日マイルの坑道で彼が見たこともない魔法を使っていたのを思い出した。
つまりこれは彼の演出なのだ。
――マリアの太ももが見えたのも含めて。
彼女はそれを聞かされたからこそ、あの笑みを浮かべたのだと知る。
ジークが思わず笑い声を上げると、チェリーが慌てて彼の口をふさぐ。
了解とばかりに何度も頷くと、ようやく手を放してくれた。
神秘的かつ魅力的な光景に民衆は一言も発しない。
やがてマリアは凛とした通る声で断片的な光景を告げ始めた。
「――川のほとり。大きな屋敷。水車。ミレーの木に黄色い花が咲いている」
一瞬湧くが、皆すぐに口を閉じた。
マリアの言葉は続いた。
「家の外に男数人。家の中にも男数人。二階の部屋に女の子。赤い服。長い栗色の髪――」
マリアは告げ終わると目を開けて「……以上です」と呟き、その場に倒れこんだ。
横でずっと待機していた神官が慌てて駆け寄る。
ジークも一気に祈り台まで駆け上がってマリアを抱きしめた。
「……大丈夫です。少し疲れました」
ジークに抱かれたマリアは弱々しい笑みを見せる。
彼女は用意されたセリフを告げたに過ぎず、全然疲れてなどいない。
それでも彼に身体を預け、荒い息をしている彼女は、誰の目から見ても大仕事を終えた聖女だった。




