第14話 この国の主権に関わる問題なのです!
教会は今後どう挽回していくべきか。
イザークの頭を占めるのはそればかり。
執務室で積まれている仕事をこなしながらも、ずっとそのことだけを考えていた。
「失礼します」
帝都から連れてきた部下がノックと共に入ってくる。
「何か分かったのか!?」
待ち兼ねていた娘の居場所の判明かと立ち上がった彼に部下は首を振る。
「……申し訳ありません。それとは別件でして」
どこか困惑した表情を見せる部下に、イザークはまた厄介事かと目が眩みそうになる。
押し黙っている部下に目線で発言を許可した。
「……来客がありまし――」
「却下だ! 今は誰とも会うつもりはない。猊下や親衛隊の皆ならともかく――」
イザークは言葉を遮るのだが、部下は無言のまま座ったままの彼の横まで寄ると、そっと来客者の名前を耳打ちする。
「…………それを先に言え!」
彼は部下を叱責すると、慌てて応接室に向けて走り出した。
イザークは応接室の扉の前で呼吸を整えると軽くノックし、中からの返事を待って扉を開いた。
そこにいたのは例のジェラルド=ロッサムと、老年と言っても差し支えないが鍛えてあることが一目で分かる大柄な男。
「……お待たせしました」
礼儀としてイザークが先に頭を下げる。
先にいた二人も立ち上がると揃って頭を下げた。
「……イザーク殿、先日は娘の件でお世話になりました」
平然とした顔をしているジェラルドが不気味だった。
本当なら失敗した教会やイザークのことを詰りたいだろうに、そんな素振りなど一切見せない。
「今回は娘の父としてではなく、治安組織の人間として来ました。……そしてこちらは軍を統括されているハラール将軍です」
――まさか、こんな大物が姿を見せるとは!
イザークは喜び半分不安半分で将軍を見つめる。
それと同時にジェラルドの態度にも納得した。
「……初めましてハラールです」
ずいと差し出された大きな手にイザークはそっと手を添える。
「こちらこそ初めまして、ラフィル教会教皇直属親衛隊イザークです。さぁどうぞお掛け下さい」
イザークはここが正念場だと気合を入れると、せめて肩書だけでも負けないよう彼は声を張った。
「イザーク殿、いきなり訪ねて不躾なのは重々承知した上で、前置きもなく本題に入る欠礼を許して欲しい」
語りだしたのは将軍だった。
今回ジェラルドはただの付き添いらしく、彼の横でじっとしていた。
「……ロッサム家の娘の件は、もはや国を根本から揺るがす程の案件になっております。ここにいる彼が我が国の治安に大きな影響を及ぼす存在だというのは周知の事実。そんな彼の家族を二度まで誘拐するというのは、どう考えても我が国に対する挑発だと考えるのが自然です」
イザークとしては、想定していたよりも大きな話になっていることに驚きを隠せなかった。
だがそちらの方向に考えが至るのは、国を支える人物としては自然なのだろうと理解を示す。
「今のところはまだロッサムに対してどこからも接触はありませんが、我々としては何としても彼の娘を傷つけることなく取り戻したいのです。……コイツが個人的に教会に嘆願した話は聞いておりますが、もはや家族単位で済む次元の話ではない!」
将軍が声を荒げた。
コイツ呼ばわりされた隣に座るロッサムは、借りてきた猫のように神妙な顔で縮こまっている。
イザークもこの件にセリオ教主国が本腰を上げて動き出したという事実に、どう対応すべきか必死で頭を回し始める。
「要人の家族を狙って国の弱体化を狙うという、そんな卑劣な策を弄した他国に弱みを見せることは、絶対にあってはならぬ事! この国の主権に関わる問題なのです! ……ですから今回この儂自らが、軍部の代表、そして国の代表として出向いた訳です!」
将軍はそこまで一気に告げると、大きく深呼吸した。
イザークも次にくる言葉を予想して身構える。
「軍部を統べる将軍ハラールとして、教会と聖女に協力を要請したい! どうか再度聖女に託宣して頂きたいのです。……何としても娘を救い出し、実行犯を捕らえて拷問にかけ、どの国が我らの祖国を狙っているのか、一刻も早くそれを吐かさなければならない!」
イザークは安易に要人の子女を誘拐するという手段を取っていたことを歯噛みする。
藪をつついて蛇が出てくるという典型例だった。
「……積極的に協力していただいた教会にはきちんと恩義を返させて頂きます。……もし今回の作戦が成功すれば、ラフィル教を我が国の国教に遇するよう儂の名前で教主様に進言させて頂くと約束しましょう」
教主が全幅の信頼を寄せるハラール将軍の進言。
教会としてはこの上ない力となるだろう。
ある意味最高の展開だった。
イザークとしても最終的にはこの流れを狙って動いていたのだ。
――確かに狙っていたのだが、何故私は、今、こんなにも追い詰められているのだろうか?
彼は背筋を凍らせながら、将軍の熱弁に耳を傾けていた。
結局イザークは将軍の圧力に負け、二日後にもう一度聖女に託宣させるということを約束させられた。
彼も彼の信頼している部下たちも自らの置かれている状況に腹を括ったのか、何も文句を言わず淡々と祈りの準備を進める。
その二日という猶予期間に教会組織とウラ組織を総動員し、再度不審人物などを洗ったのだが、やはり痕跡一つ出てこなかった。
そもそもここで出て来る程度の情報ならば、すでに教会は掴んでいたはずだった。
イザークも部下からの「成果なし」との報告に「……だろうな」とだけ返すにとどまった。
この間に、軍関係者、治安関係者、そして教主の代理として宰相までもが、聖女とイザークの激励にやってくる。
彼らの途轍もない期待感にイザークはもちろんのこと、聖女が完全に竦んでしまっていた。
こうして無策のまま、イザークと教会は聖女の託宣が決行される日を迎えた。
雨ならば何とでも理由を付けて先に延ばすことも出来たろうに、雲一つない晴天だった。
祈り台を囲む恐ろしいほどの人、人、人に、イザークは立ち眩みを起こしそうになる。
その皆が台の上の聖女に対して、ラフィル流の祈りを捧げているのだ。
聖女に祈ることで託宣の精度が上がるという、眉唾物の噂が民衆の間に広がっていると報告を受けて、彼は乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。
やがて国中が注目する中、聖女による祈りの儀式が執り行われる。
今回の託宣もイザークの指示通り、具体的に目印になりそうな物は省き、山、廃屋などどこにでもあるような情報、そして今回はセリオとの領土問題を抱える隣国の方角などを仄めかすに留める。
その場所に潜伏している根拠などどこにもない。
ただイザークが漠然とその辺りにだろうと勝手に考えただけだ。
彼の誘導は成功し、彼の都合に沿って解釈した教主国の者たちは早速隣国との国境を閉鎖し、その近辺を大々的に捜索すべく部隊が編成し始めた。
準備が整い次第それらが気勢を上げて出動していく。
更に中央の組織だけでなく、その地方の軍組織も随時投入された。
そんな彼らが昼夜問わず、寝る間も惜しんで懸命にロッサムの娘と下手人を探す。
その間イザークは聖堂に詰めて、ひたすら祈り続けていた。
彼は生まれて初めて、本気で心の底から女神ラフィルに祈った。
だがイザークの祈りはラフィルには届かず、セリオ教主国と教会の威信をかけた捜索活動は再び大失敗に終わった。




