第12話 だが、一度は聖女に祈らせないとダメだ
セリオ教主国を支える名門ロッサム家当主ジェラルドは、闇に隠れながら再び下町の酒場を訪れた。
最初の機会は妻が教会の不正を探る白衣の男に会った翌日深夜のこと。娘が眠りについてから信頼できる部下を屋敷に残して、夫婦でここを訪れた。
そこで今セリオで起きている話を聞かされた。
息子が殺された事件の黒幕のことも知らされ、ジェラルドは『やはりあの騎士だったか』と大いに納得したのだった。
一度会っただけだったが、やけに高圧的で教会の権力を振りかざしたがる人間だという印象は間違いではなかったと頷く。
そして彼らから計画を聞かされ、最愛の娘を誘拐させて欲しいと依頼された。
話が佳境に入ると、徐々に彼の隣に座る妻の目に狂気が宿り始める。
そういうジェラルドも同様だったに違いない。
彼は大きな流れが来るのを待っていた。
それまではずっと耐えていた。妻にもどうか耐えてくれと頼んだ。
彼らの話を聞き終わり、ジェラルドと妻は声を揃えて『是非仲間に加えて欲しい』と願い出たのだった。
今夜はその会談の二回目になる。妻は屋敷に残してきた。
席に着くとジェラルドの目の前にスッとグラスが置かれる。
あまり酔った頭で話はしたくないが、素面で人を陥れる計画を立てるのにはやや抵抗ある、そんな根が善良な彼は言い訳代わりに一口だけ舐めた。
「適当な悪人を捕獲しておきたいのだが。……人身売買してそうな人間でしばらく街を離れていても誰も気に留めないような、そんな便利な人間はいないだろうか?」
白衣の男がグラスを旨そうに喉を鳴らしてから話を切り出した。
彼の隣に座る同じく白衣の少女も相当イケる口らしく、頬を赤く染めながら傾けていた。
すでに聖女役の冒険者とパートナーの青年は街を離れているとのこと。
商隊の行き帰りの護衛任務なのでで最低一か月は街に姿を見せないという。
セカイ中を網羅する商業ギルドの正式な依頼なので、この上ないアリバイとなるらしい。
「……それならば、今当局で内密に動いている案件がある」
ジェラルドは小さいが通る声で呟いた。彼からすれば、これは職務に関する機密で誰かに話していいことではないが、背に腹は代えられない。
「先にこっちで動いても?」
カウンターで煙草を吹かせていたマスターの言葉に、彼は首肯した。
「あぁ構わない。押さえる前に勝手に殺されていたり、逃げ出されたりするのはよくあることだ」
「じゃあ、そいつらをこちらで捕獲次第、計画を実行に移すってことでいいな? ちなみにお嬢さんの誘拐犯はこのオレだ。……ちゃんと紳士としてエスコートするから心配はしないでくれ」
ベイビーと名乗った大柄の男の言葉に全員が頷いた。
親衛隊騎士イザークの朝は早い。
剣の自主鍛錬が終われば、湯浴みで身を清めて修道服を纏う。
そこから朝の祈りだ。
女神ラフィルは彼の全てだった。
彼女に熱心に祈っていると、神官が慌ただしく入ってくる。
「……何事だ? 私の祈りを邪魔してでも伝えなければいけない用でもあるのか?」
イザークが叱責すると、神官は平身低頭して報告を開始した。
夜中、彼が詰めている教会の門を叩く者があり、『娘が攫われたので助けて欲しい』という涙ながらの嘆願があったそうだ。
「……で、どうしたのだ?」
訝し気に問うイザークに神官が胸を張った。
「もちろん、必ず見つけ出すと約束致しました」
「……なぜだ!?」
イザークは激高するのだが、怒鳴られた本人は意味が分かっていない様子で首を傾げる。それがまた彼を腹立たせた。
「言っておくが、私はこの件に感知していないからな」
「…………え?」
神官はようやく、彼が何故声を荒げたのかを理解したらしく驚きで目を見開いた。
「全くこの地域の神官は揃いも揃って無能ばかりだ!」
憤懣やるかたないイザークは祈りを中断して執務室に戻ると、信頼出来る部下たちを即座に招集した。
まだ誰も現れない静かな執務室で、彼は窓の外を睨みながら舌打ちする。
広がる景色は随分とのどかな田園風景。
彼が生まれ育った帝国の首都とは比べるべくもない未開の地。
――栄えある親衛隊の自分がなぜこんな辺境で布教活動など!
それでも、有象無象の神官を束ねる存在である親衛隊の自分が、ラフィル教不毛の地で確固たる実績を残すことに意味があることも承知していた。
何より、成功すれば他の親衛隊たちの前で委縮せずに済む。
多少手荒な真似もしたが、成果は現れていた。
だからこそそれは終わりにして、次の行程としてラフィルの教義を伝えることに集中し始めたその矢先の出来事だった。
イザークは姿を見せた部下たちに、早速この件の報告をさせた。
「被害者はどこの誰だ?」
「どうやらロッサム家の娘のようです」
「……ロッサムとは、あのジェラルド=ロッサムの、……ということでいいのか?」
イザークの問いかけに、部下は沈痛な面持ちで頷いた。
自分の子供は自分で探すと教会に啖呵を切ったあの役人。
息子を殺されて意気消沈しているかのように見えたが、あの目は死んでいなかった。
絶対に何かを狙っている目。
いつか必ず喉笛を狙って噛みついてくる獣の目だった。
そんな彼の家族が再び誘拐されたという。
しかも今回は自分が関知していないところで。
イザークは執務机に肘を付いた姿勢で頭を抱える。
「いいか、神官が依頼を受けた以上、教会としては娘を探すしか道は残っていない。何としてでも見つけ出せ! この際、金はいくらかかっても構わん。アイツらにも全面的に協力するよう伝えろ。絶対に教会のメンツだけは守れ!」
「……はい!」
慌てて出ていく部下の背中を見送ってイザークは深く溜め息を吐いた。
それからイザークは執務をしながら数日待ち続けたのが、いつまで待っても色よい報告が上がってこない。しびれを切らした彼は部下を執務室に呼び寄せた。
「……おい。あの件はどうなった?」
「いまだめぼしい成果は出ておりません」
「……ロッサムはどうしている?」
「夫婦揃って教会にて熱心に祈っているそうです」
イザークは苛立ち紛れに壁を殴る。
彼としては、むしろ罵声を浴びせてくれた方がよかった。
そうすれば、『ラフィル様を信じないから聖女に祈りが届かなかった』と言えるものを。
「……『聖女』の準備は出来ているか?」
「いえ、まだです。……そもそも場所も分かっていませんから」
イザークは冷静に話す部下のその言葉使いが気にくわず、声を荒げて今度は椅子を蹴り飛ばす。
「そんなことは分かっている! だが、一度は聖女に祈らせないとダメだ。教会が動いていないと思われる方が問題なんだ!」
「しかし、この状況での託宣はあまりにも無謀です!」
「黙れ! お前は私の言う事を聞けばいいんだ!」
イザークは口答えする部下に転がっていたペンを投げつけ、頭ごなしに命令した。
それから更に数日経った。
イザークは溜め息交じりで、教会で接収した屋敷の二階の窓からじっと広場の祈り台を見つめる。
今はまだ無人だった。
振り返れば、鏡の前に見目麗しい女性――聖女リリィ。
イザークの命令通り動くよう指示されている。
お互い余計な詮索はしないのが両者の暗黙のルールだった。
どちらも都合が悪ければ切り捨てるつもりで手を組んだのだ。
イザークは何度目かになる溜め息を吐くと、隣に控えている部下を手で招き寄せて耳元で囁いた。
「……今回の行方不明は間違いなく本物の『人攫い』の仕事だろう」
「はい、おそらく」
「このあたりでヤツらが溜まり場にしてそうな寂れた場所に見当をつけて、聖女に託宣させろ。その範囲を広めに解釈してありったけの人員で捜索するんだ。……たとえ失敗したとしても、先に聖女に『見えにくい』などと言わせておけば十分誤魔化すことが出来る。それに山の風景など何処も似たり寄ったりだ。託宣が外れたのではなく、そもそも捜索した場所を間違えたと言い訳するのも一つの手だ」
「……了解しました」
その後聖女は祈り台で託宣したが、イザークの想像通り捜索は失敗に終わった。




