第11話 ここに『性格の悪いオッサン同盟』が結成された
「……どういうことなの?」
今の言葉は茉理からではなく、サーシャの口からだった。とはいえそこにいた人間の総意であることはは全員の顔色を見れば明らかなことだった。
「……協力者を使って新しい行方不明事件をここにいる私たちで起こすんだ。それを一旦教会に丸投げする」
一郎の言い回しにベイビーが腹からの声を上げて笑い出した。
グラスを片手に立ち上がると、カウンター席に腰かけた一郎を見下ろす。
「なるほどね。……アンタ、研究者のクセに随分な手を思いつくんだな。ヴィオールの奴らはみんなイケ好かねぇ腰の重いインテリばかりだと思っていたんだが。……これからは見た目に騙されずアンタらもオレたちと同じ『獣の血』が流れているってコトを頭に入れておくよ」
褒め言葉でもないのに一郎は満面の笑みでそれを受け取ると、彼の持っていたグラスに目の前のグラスをチンと合わせる。
上機嫌なベイビーはダースから一本煙草を受け取ると、火をつけて美味しそうに煙を吐き出す。
「……お前が慌てて俺を呼び寄せた理由が分かったよ。確かにお前やサーシャのような真っ当な人間にこのセンセイの相手は、ちと荷が重い」
「……え? もうヨハンさんが何を考えたのか分かったっていうの?」
サーシャの言葉にベイビーは意味ありげに微笑んで見せた。
一郎は全員を見渡し、最後にチラリと茉理に視線を寄越してから続けた。
「まずこれからの流れを説明させてもらうが、数日後に『行方不明になった娘を探してほしい』と私たちの協力者家族が、教会に駆け込む。『どうか助けてほしい! 今度こそ子供を助けたい!』と泣きながら、ね?」
「……協力者家族のアテはあるのか?」
ダース尋ねる。
「あぁ、ロッサム家だ。今日すでに下準備を済ませてきた」
ダースは煙草に火をつけて、「随分と根回しが早いものだ」と呟き、煙を天井に吐き出した。
確かに彼らは教会に恨み骨髄だし、あの奥方の口ぶりだと全面的に協力してくれそうな雰囲気ではあった。
「教会を敵視しているロッサム家の大事な娘が行方不明になる。そして今度こそ家族を失いたくない彼らは世間体や過去の因縁など全てかなぐり捨てて、教会に泣きつくんだ」
「ロッサムっていったら、確か治安関係一筋の家系だったな。本来行方不明者を捜索するのは彼らの仕事。実際息子の時は彼らが全力で捜索した。……失敗したがな」
ベイビーが一郎の言葉を補足する。
「……教会としたら最高の展開な訳だ。おそらく見切り発車で動ける人間を総動員して捜索するだろう。……だけど絶対に見つからない。当然だ。誘拐したのは私たちで、行方不明者もこちらの協力者。痕跡一つ残してやるつもりはない」
ニヤリとする一郎の言葉の後、マリアがおずおずと挙手した。
一郎は笑顔で彼女を指名する。
「話の腰を折ってごめんなさい。……イザークが自分たちの関わっていない行方不明事件に尻込みするってこともあると思うのだけど」
つまり、こちらが撒いたエサに食いつかない可能性。
「……あぁ確かにそれも考えた。……だから一応次善策も用意してある。イザークに断られた家族が、司祭派の神官に泣きつくという手だ。神官が勝手に『これはイザークの仕事だ』と忖度したという流れでね。当然イザークは怒るだろうが結局失策は彼の汚点に繋がる訳で彼は腰を上げざるを――」
「それだったらよぉ、初めっから地域の教会に飛び込んだ方がイイかも知れんぞ? イザークのところに報告が行くまでにこちらの作戦は先へと進んでいる訳だから、その時間差の分だけ確実にあちらは後手に回される。……何より神官が勝手なことをしたということでヤツの冷静さを奪うことが出来る。……そもそも今回の作戦はイザークの失策狙いなんだろ?」
割り込み気味に発言したベイビーの言葉に、一郎は微笑んで大きく頷く。
「……そうだな。……そっちの方がいいか」
一郎の太鼓判にベイビーは相好を崩した。
「さて、本題はここからだ。必死で娘を捜索するだろうが、いつまでも成果が出ないことに、ヤツは焦るだろう。だがロッサム家は教会を信じ切っている。――もちろんその振りをしているだけだが。彼らは街の人間にも事情を話して回る」
「――『娘が行方不明になったが、今度は教会に頼み込んだ。聖女がお告げで探してくれているから別に心配なんかしていない』。『前回息子は悲しい結果になったけれど今回は絶対に教会が助けてくれるわ!』ってな!」
ベイビーが声色をコロコロと変えながら話す。
随分とこの男ノリノリである。
「そう! イザークは更に焦る訳だ。ロッサム家が教会に対して悪態をつくようならば、『女神ラフィルを信じていないから祈りが――』云々で逃げ切れる可能性が出てくるが、彼らは追い打ちをかけるように教会に財産を寄進してくる。娘さえ無事なら財など要らないとばかりに! ……そんな彼らの声を無視すれば今までやってきたことが全部無駄になる。……かと言って強行して失敗すれば目も当てられない!」
ついでに一郎もノリノリである。
ベイビーは一郎の言葉を継ぐ。
「決断が迫られるのだが、イザークは動かない。いや、動けない! ただ無為に時間だけが過ぎ、状況は悪くなる一方。引くに引けなくなったイザークは、適当にアテをつけて聖女に託宣させるのだが、当然そこにロッサム家の娘はいない。……たとえまぐれで当たったとしても、先にこちらが動いて潜伏場所を替えるからな! ――結果的に聖女とイザークの信頼性が失われる」
「破れかぶれになったイザークは更に託宣させるも失敗し――」
「――ついに聖女とヤツの化けの皮が剥がされる!」
パチン! と一郎とベイビーがハイタッチした。
ここに『性格の悪いオッサン同盟』が結成された。
茉理は頭を抱えるのだが、視界の隅で同じようにサーシャが同じポーズをしていることに気付く。
ジークとマリアは顔を見合わせて苦笑いをし、ダースは呆れ顔で煙草をふかしていた。
一郎は続ける。
「そんな険悪な雰囲気の街に、満を持して颯爽とこちらの聖女が現れる訳だ。……そしてこれ見よがしに祈り台で託宣し、事も無げにロッサム家の娘を見つけ出してしまう、と」
全員が溜め息を吐いてマリアに注目する。見つめられた当の彼女は困ったような笑顔を見せた。
「……そうなったら教会の面目は丸つぶれよね」
サーシャの呟きにベイビーが笑顔で反論する。
「――いいや違うな。そしてそれこそがこの作戦の一番大事な部分なんだ! メンツを潰されるのは『偽聖女』とそれを散々利用してきたイザークだ。……教会じゃない! 何故なら『聖女』マリアは教会関係者であり軟禁状態である司祭の知り合いだからな!」
絶対にラフィル教と司祭の傷にはならないのだとベイビーは断言する。
一郎がグラスを傾けながら頷いた。
「……この作戦の成否は、司祭派に気分よく一枚かんでもらえるかどうかで決まる。だから彼らにもある程度の旨味を用意しないとね?」
口元を歪めて皮肉気に微笑む一郎と大笑いするベイビーが再びチンとグラスをあわせた。
「……さて、おそらくメンツを潰されたイザークは『マリア共犯説』を持ち出すはずだ。真っ先に思いつく案だし、自分たちが散々使った手でもある。そして紛れもない事実だ。……だからそれの言い訳を作る為、ジークとマリアには別の仕事を受けてもらいたい」
「……いわゆるアリバイ作りだね?」
ジークも楽しそうに口元を歪める。
素直な青年が毒されていく様を見て茉理の心が痛む。
「あぁ、その通りだ。ギルドの任務でも優良な商会の仕事でもいいから、一月ほどこの街を離れていて欲しい。追及されてもそれを盾に堂々と共犯説をぶった切ればいい」
一郎の力強い言葉にジークとマリアが頷いた。
「後の無くなったイザークたちは、おそらくマリアに対して何かしらの暴力的な手段を取ってくるはずだ。……そこを何とかすれば、あとは何とでもなる!」
――最後! 一番大事な最後!
『何かしら』って何? 『何とか』って何? 『何とでも』って具体的には?
詰めが甘すぎる!
茉理は心の中で絶叫した。




