第10話 これはモブにしておくのはもったいない
茉理たちは待ち合わせ場所になっている『祈り台』の前にいた。
聖女はそこで祈り、数々の行方不明者を探し出してきたそうだ。ただし教会に帰依したものに限るが。
陽も随分と傾いてきたが、相変わらず子供たちが楽しそうに走り回っている。
カナンといいここハリーといい、どことも平和だと感じる。
殺伐としたゴッドヘル(笑)なのに、現代日本の子供より余程自由に遊んでいる気がするのは一郎の皮肉めいた優しさだろうか。
茉理がそんなことを考えながらボーっとはしゃぐ子供たちを目で追いかけていると、ジークとマリアが姿を見せた。
「――なるほど、『教皇直属親衛隊のイザーク』、ねぇ?」
ジークとマリアの報告を受けて一郎が小さく嗤った。
本当にいい芝居をする。少し見習いたい。
茉理としてもダースの酒場ではそれなりに頑張ったと思うが、このように自然だったかまでは分からない。
彼らの話では、まず司祭に会おうと聖堂に向かったが病気でしばらく会えないと門前払いを受けたらしい。
仕方なく地域の草の根で布教している小さな教会へ向かえば、今度は大歓迎されあっさり奥へ通されたという。そこで神官たちから有益な情報を貰えたのだという。
茉理がどこか上の空でそんな報告を聞いていると、気分よく走っていた女の子が思いっきりコケた。
そして派手に泣き始める。
一緒に遊んでいた子供たち心配そうに駆け寄ってきた。
茉理も放っておけなくて慌てて駆け寄り、彼女を抱きしめて起こしてあげる。
「大丈夫? ……痛い?」
茉理の問いかけに女の子は「いぃぃだぁぁいぃぃ!」と鼻水交じりの泣き声で訴える。
膝を見たら結構血が出ている。見ているだけでもちょっと痛い。
茉理はふうふうと傷口に息を吹きかけるが女の子は大声で泣いたままだった。
どうしたものかと周りを見渡したら、マリアも駆け寄ってきてくれた。
そして慣れた仕草で魔法を唱え始める。
するとみるみる傷がふさがれ、血も止まった。
「すっげぇぇぇ!」
見ていた男の子が絶叫する。
茉理はそこまで派手に驚かなくてもと思うのだが、子供たちは感動で飛び跳ねながらすごいすごいと繰り返す。
考えてみればこの魔法は教会関係者にしか使えないもの。つまり彼らセリオ教主国の民に馴染みのないものだった。
メチャクチャ感謝され、照れながらも笑顔で子供たちに手を振るマリアと茉理が再び合流すると、例の鬼畜メガネモードの一郎が出迎えた。
ジークとマリアがいつもと違う彼に首を傾げるのだが、茉理はそれだけで、彼が何か面白い展開を思いついたのだと悟った。
「それじゃ、そろそろ戻ろうか!」
弾む一郎の声に、四人はダースの酒場へ歩き始めた。
ダースの店には相変わらずの『本日閉店』の張り紙。
ジークが扉を開けると、店内に上機嫌な野太い声が響いていた。
「ははは! 何だよ、だから早く結婚しろって言ってるだろ!」
「する訳ねぇだろ? オレたちは別に恋人同士ですらないのに」
ダースがソファ席に大股で腰かけている男を睨みつける。
「はぁ? おいサーシャ! コイツこんなこと言ってるぞ! ……ったく、お前もお前だよ! ずっと二人っきりなのにボヤっとしてんじゃねぇよ!」
サーシャは入ってきた茉理たちとソファ席の男を交互に見て、顔を真っ赤にさせる。
思いつめたように歯を食いしばった彼女は、持っていた丸いトレイを無言で掲げると、くるみ割り人形のように規則正しく連続で男の頭を殴り始めた。
平べったい部分ではなく縦の硬い部分で、彼の頭蓋骨の中身を取り出すかのようにガツガツと。
しかし身体のゴツイ男はびくともせずに笑いながら続ける。
「こんな男オトすのにどれだけ時間をかけてんだよ、初心なネンネじゃあるまいし。とっとと押し倒しちまえばいいだろ! ……で、翌朝『……ねぇ責任取って!』で終わ――うぼあぁぁッ!」
器用に声色を変えながら大声で話す男だが、最後まで言葉が続かなかった。
サーシャの助走をつけた飛び蹴りで、ソファごと後方に吹っ飛ばされたからだ。
「……死ね!」
やっぱりサーシャはダースのことが好きだったりするのだろうか?
確認のためマリアに視線を向けると、彼女は微笑みながら首肯する。
落ち着いた感じなのにキュートで、おまけに年上に片想い、そしてお調子者の知り合いには容赦ないツン。
――これはモブにしておくのはもったいない。一郎センセ、もったいないよ!
茉理は大事なことなので二回言いました。……心の中で。
大男は自分のことをベイビーと呼んでくれと四人に伝えるが、当然偽名だろうと茉理たちは推測する。
ダースよりは幾分若いが、それでもどこか親父臭い印象を持たせる。
だが引き締まった体つきは野生の獣を思わせた。
総じて茉理としてはどこか得体の知れなさを感じていた。
かつてのダースとサーシャの仲間だったそうで、冒険者を続けているらしい。
一気に十歳ぐらい老け込んだダースの様子にパーティ組んでいた頃の気苦労が感じられた。
自己紹介が一段落すると一郎が例によってあの人の悪そうな笑みで切り出す。
「今回の大事になってくるのは誰が黒幕でどう幕引きするかだ。……そしてその後教会はどうなっていくのか、ということになる。特に私が重視したいのはどう幕引きするか、になるのだが。……まずは黒幕の正体から始めるとするか」
彼はそこで一旦区切ると、マリアに視線を合わした。
彼女は身構え、隣に座るジークとしばらく見つめ合ってから深呼吸する。
そして口を開いた。
「……えっと、ですね。司祭モーリス様は十数年前にこのセリオの地に赴任されて以来、皆さまに受け入れてもらえるよう、地道に交流しながらゆっくりと布教されていました」
「それはオレたちもちゃんと分かってるし、ある程度信頼していた。……だからこそ今の教会の態度が許せない訳で……ってすまん。話の腰を折った」
ダースの謝罪をマリアは笑顔で受け止め、説明を続けた。
「状況が変わったのは教皇直属親衛隊の騎士イザークが赴任してからです。彼は司祭様の温厚なやり方を良しとしませんでした。布教活動の成果を出せない彼を無能だと断罪し軟禁したそうです。そしてイザーク自らが活動を主導すると宣言しました」
この国で頑張ってきた神官たちは、いきなり現れた騎士とその一味に冷遇され、雑用しかさせてもらえないのだという。
その状況を聞いて全員が納得の表情を見せる。
「……その後、例の行方不明事件が頻発するようになりました」
「つまり黒幕はそのイザークってコトだな?」
ダースの言葉にマリアが固い表情で頷いた。
「その可能性が極めて高い思います。……今回話を聞かせてくれた神官たちは、親衛隊イザークの排除と司祭様の解放を望んでいます。真相を究明するならば協力するとまで申し出てくれました」
その言葉に全員が大きく息を吐いた。
マリアは一郎の見つめると小さく頷く。
一郎は咳払いして自分に注目させた。
「……私としてもイザークと司祭を一緒くたにしてこの国から追い出すのは、セリオの民の為にならないと思う。最悪第二のイザークが送り込まれる可能性すらある訳だからな。……そう考えるならば、司祭の権威を保った状況で穏便にカタをつけるのが一番いい収め方だと思う」
マリアから主導権を返してもらった一郎が話し始めると、徐々に全員が前のめりになっていく。
茉理もこれからどう話を持っていくのか集中した。
「そこで私は考えた。司祭派と教会に恩を売りつつ、イザーク一派だけをピンポイントで排除できる妙案は無いものか、と」
そんな方法があるなら最高だが、そんな方法はあるのか?
茉理を含めた全員がそんな期待した目で彼を見つめた。
一郎はニヤリとして、焦らすかのようにグラスを傾ける。
カランと鳴る氷の音が店内に響いた。
「――という訳で、この際、今から私たちで新しい行方不明事件をでっち上げてみてはどうだろう?」
――何それ?
茉理はポカンと一郎の顔を眺めていた。




