第8話 いやぁ嬢ちゃん、アンタ随分冴えてるね
「――じゃあ可能性は二つだね?」
予測していなかった方向からの言葉にマリアを含めた全員の目がチェリーに向いた。
――いや、彼を除いて、だわ。
マリアはヨハンが当然と言わんばかりに小さく笑みを浮かべるのを見逃さなかった。
チェリーは彼女が冷静にそんなことを考えているのもつゆ知らず、無言で周りが促すのを確認してから続ける。
「まず一つ目。信者集めに苦労した司祭さんが、なりふり構わず『聖女』を使うという手段を取った。……残るもう一つは、司祭さんではない教会関係者が彼の意と反するところでコレを企てた」
マリアはハッとして顔を上げ、チェリーを見つめる。
彼女はマリアの目を見て頷いた。
「もし、マリアさんの言う通り司祭さんが温厚な人ならば、私は後者の可能性が高いんじゃないかなって思う。そしてそれを前提とするならば、今この国で布教活動をしている教会側は決して一枚岩じゃないはず。……だったらそこに私たちが探している突破口があるんじゃないかな」
ダースがその言葉に大きく溜め息を吐いた
「……いやぁ嬢ちゃん、アンタ随分冴えてるね。……さすが学者さんだけあっていい着眼点だ」
彼は珍しくべた褒めする。
その見慣れない光景にサーシャが悔しそうに俯いた。
一方チェリーは得意げに胸を張ってヨハンに流し目を送っていた。
「僕も今のチェリーの意見に賛成する。……だけどさ、それならそれで、また別の問題が出て来ないかな?」
ジークが一言ポツリと漏らす。
今度はヨハンを含む全員が彼に注目した。
「……だって、今まで指示を出していた司祭さんよりも発言力のある人間が、彼に代わってウラで指示を出しているってことでしょ? ……絶対に大物だよね?」
その言葉に一同が沈黙する。
「そうだな、ジークの言う通りだ。……そしてもう一つ大事なのは、もし司祭が温厚で人の道を理解している人間ならば、絶対にこの『聖女騒ぎ』に対して反発しただろうってコトだ。……そんな司祭が今、どのような状況に置かれているのかも気になる」
ヨハンが全てを見通しているような目で深刻は発言をする。
それを受けてこの場の空気が一気に重苦しくなった。
予想以上の大物を相手にして穏便に済ませるというのは、当初の想定よりも難易度が上がっているのを自覚したのだ。
「……まぁ、それは今のチェリーちゃんの仮説が正しいという前提での話だ。実際は司祭が好き勝手している可能性だってある訳だ」
ダースが暢気な声を上げる。
カラ元気だと分かったが、誰もそれには突っ込まない。
「あぁ、それもそうだな。動く前から心配しても仕方ない。……相手が司祭にしろ、それ以外の大物にしろ、まずは調査しないと話にならない。……情報が揃ったらもう一度、今度は具体的にどうしていくのかの作戦を考えていこうか」
ヨハンの鶴の一声に全員が頷いた。
さっそく調査開始すべく、マリアたちは店の外に出る。
まだ日は高く、店内が薄暗かった分、目が眩みそうになった。
宿の手配はサーシャが代わりにやってくれることになっているから、マリアたち四人は足を使って情報を稼ぐことに専念する。
「やっぱり、私はあの温厚な司祭様がそんなことを企てるとは思えないの」
マリアの一言に横にいたチェリーは頷いた。その彼女の何気ない仕草がマリアに勇気を与える。
「じゃあさ、マリアさんとジークは教会関係の伝手を使ってそのあたりを徹底的に探ってくれないかな? もしその司祭さんが企んでいるなら諫めて欲しい。……だけど、事情があって彼の関係ないところで何かが動いているなら、その尻尾とは言わないけれど黒幕の取っ掛かりぐらいは掴んで欲しいの」
チェリーの真剣な言葉にジークとマリアは大きく頷く。
「それが順当だな。私とチェリーは教会関係者でもなければこの国の人間ですらない。ウロウロしていたら教会の巡回兵に摘まみだされて終了だ。まして警戒されて逃げ切られる可能性すらある。……そういう意味ではマリアが一番だろう。私たちは適当に街を当たって楽しくなる情報を探してくるよ」
ヨハンが人の悪そうな笑みを浮かべると、チェリーが彼の腹に拳を打ち込んだ。
悶絶する彼を見下ろして「余計な一言は言わなくていいから」と低い声で脅す。
そして一転して笑顔に戻ると、明るい声を張り上げた。
「そういうことで、それじゃ、みんなで頑張りましょう!」
彼女はそう告げると、膝を付いて悶絶していたヨハンの首根っこを掴んで立たせ、さっさと人の多そうな通りへ歩いて行った。
ヨハンとチェリーの後ろ姿をマリアとジークは呆気にとられながら見送り、彼らも聖堂に向けて歩き始めた。
どちらともなく話題は先程のダースの店での話になる。
「それにしてもチェリーちゃんって、思っていたよりも頭がいい子なのかもね?」
「えぇ、私も同じことを思ったわ。……でも考えてみれば彼女はあの年齢でヴィオールの国立研究院の研究者なのよ」
見た目通りの可愛さに誤魔化されてはいけない、とマリアは伝える。
「そして何より他人のことにあまり興味を示さないヨハンが、大事にしている秘蔵っ子なのよね」
ジークは苦笑するも、同意する。
「あの国の研究者たちは滅多に国の外に出ることがないことで有名だからね。その中でヨハンは随分と自由に動いているよね」
それだけ他を圧倒する発言力などがある証拠だとジークは言う。
「そんな彼に付き従って指示さえ出し、更に先程のように手も出すこともあるチェリーちゃんは、おそらくヴィオール国でも相当地位の高い人間だろうね。……そういえば、この前フィオ君のお父さんとお兄さんが坑道内にいると言い出したのも彼女だったっけ?」
「えぇ、そうだったわ。フィオ君の武器と食材が減っていたことから気付いたの。……まぁ、今になればその考えに至るのは普通に思えるけれど、あの場であの言葉は中々出ないわよね」
マリアの溜め息交じりの言葉にジークも頷く。
「――その上、あの三種複合魔法の使い手でもあるし、ヨハンも彼女の存在を隠したがっている素振りを見せていたし」
「ヨハンの師匠と呼ばれる人物がチェリーのお父様という話もあったわね」
チェリーは血統的にも能力的にも間違いなく特別製だというのが二人の統一見解だった。
ジークとマリアの二人はそれぞれにイロイロと考えながら無言で歩く。
マリアはチェリーがあの話を言い出す前、それとなくヨハンに目配せしていたのを見ていた。
その後の展開を見てヨハンの方が先に気付いたが、チェリーがそれに気付くを待っていたのだろうことは簡単に想像出来た。
マリアからすれば、この国を襲った深刻な問題すらチェリーの成長の糧にするという、ヨハンの隠された残酷さを見せつけられた思いだった。
――もちろんチェリーちゃんが言い出さなければ、それとなく情報を小出しにしたりして仄めかしただろうけれど。
ヨハンは悪人ではないが、どこか冷徹な感じがした。
様々なことに興味を持ちながらも、どこか突き放しているような。
誰がどう動くのかそれを観察しているかのような。
それに彼らは――。
マリアは彼らの秘密――まだ相棒のジークにすら話せていないことを考えながら、聖堂を目指した。




