第7話 了解。見せ場を作ってくれてありがと
ダースは黙りこくったままのマリアに気を遣うかのような笑みを浮かべ、弁解めいた何かを言い募る。
「一応俺も分かってはいるのさ、教会の人間が全員こんな感じに腐った奴らじゃないってことぐらい。実際マリアちゃんはイイ子だし、この国の為に力を尽くしてくれたことの恩は忘れちゃいない。地域の教会の人間にも、街の清掃やら何やらで協力してくれるヤツがいるのも当然知っている」
彼は頭を掻きむしりながら、指をカウンターにトントンと苛立たし気に叩く。
言いたいことを上手く伝えられないもどかしさだろうか、何度も天井を見上げて息を吐く。
茉理たちは彼の言葉の続きを辛抱強く待ち続けた。
ダースは何度か頷くと再び口を開く。
「大前提として、俺たちセリオの人間は別に教会に対して悪意なんざ持っちゃいなかったんだ。信者を増やしたいならどうぞ好きにしてくれればいいとさえ思う。だが今の教会はセリオ教とラフィル教のどちらを選ぶんだと突き付けて来るんだ。そもそも子供はともかく俺たち大人は最初っからセリオの神なんて意識しちゃいないのにな」
ダースの予想外の言葉に茉理たちは驚いて顔を見合わせる。
その中でサーシャもダース同様平然とした表情で頬杖をついていた。
「ダースさんもサーシャさんもセリオ教の信者じゃないんですか?」
代表して質問した茉理の言葉にダースは口元を歪める。
そんな彼の代わりにサーシャが答えた。
「……正直セリオ教『信者』と言われる人間はこの国にいないと思うわ。教えはちゃんと信じているけれど」
その言葉にダースがわが意を得たりと言わんばかりに大きく頷く。
だけど茉理にはその意味が分からない。
「セリオ教の教義は物凄く分かりやすい。――『これはしてはいけません』『こうすれば皆から褒めてもらえます』といった子供にも理解できる教えなんだよ。……そしてそれは人として知っておかなくてはいけない当たり前のことだ」
ダースとサーシャは笑顔で指折り言葉にしていく。
家族を大切にしましょう。
食べ物を食べられることに感謝しましょう。
身の回りをきれいに片付けましょう。
人を騙したり傷つけたりするのはやめましょう。
「俺たちはそれを当然のモノとして受け入れている。誰も見ていないところでもきっちり守る。それを生涯通して守り続ける」
「でも、こういうコトって、誰に強制されるモノでも縛られるモノでもないでしょ? みんなは困っている人を見つけたとして、誰かにやれと言われて人助けするの? それとも自分の意思で助ける?」
聞かなくても分かるでしょ、と言わんばかりに彼女は首を竦めるのだ。
茉理はそんなサーシャの仕草にセリオの民であることの誇りを感じた。
「実際セリオの神を見た者はいない。ようするにこれはただの『神様ごっこ』なんだ。法で縛ることのできない、だけど人として当然心得ておくべき教えを親から子そして孫へ、『セリオ』という名の神の口を借りて伝えているに過ぎないんだ。……他の国の人間にはイマイチ理解できないだろうがな」
ダースはどこか自虐的に笑うが、茉理は正しく理解した。
……日本人だから。
茉理も子供の頃、早く寝ないと「怖い狼さんが来るよ」と母親に脅され、慌てて布団にもぐりこんだ記憶がある。
存在しないモノを子供のしつけに利用するのは、日本では昔から行われてきたこと。
なまはげもそうだ。
おそろしい刃物を持った鬼が子供たちを脅す。……『悪い子はいねぇか』と。
子供たちはなまはげに恐怖し、次の日からおもちゃの後片付けをし、家事を手伝うようになる。
つまりそれがセリオ教の本質だ。
集団でセリオ神という幻想を利用して国を正しく導く。
ある意味宗教国家の原型を見ている気がする。
――センセってば、本当に面白い国を作ったものよね?
茉理は異世界の日本であるセリオの存在にどこか喜びを感じていた。
ジークもマリアも日本人だから同じように理解したのだろう。その証拠に彼らは何度も噛みしめるように頷いていた。
四人からの思わぬ同意にダースとサーシャもどこか嬉しそうに笑う。
「だから俺たちはラフィル教の排除を依頼している訳じゃないんだ。そういうことではなくて単純にこの国の平和な生活を望む教主国の民の一人として、この一連の事件は到底容認できねぇっていう、ただそれだけの話なんだ」
「なるほど、大体の話の筋は理解した。……で本題に入る前に確認させて欲しいのだが、君たちセリオ国民は教会と武器を持って争うつもりはあるか?」
「ない」
不躾な質問だったが、ダースは断固とした意志で首を振る。
問いかけた一郎としても一つ一つ確認しているだけの話らしく、ダースもその意を汲んで慎重に言葉を選ぶ。
「絶対に刺激したくない。出来れば穏便にカタをつけたい。……遺恨が残るのは最悪の部類だ。国に迷惑はかけられん」
一郎はグラスを呷ってお代わりを要求する。
ダースは笑顔で新しいグラスを目の前に置いた。
それを一口含み、小さく「美味しいな」と呟き、確認作業を再開する。
「では、公の場で不正を糾弾するのも避けるべきだろうか?」
「あぁ、それもマズイな。こちらで掴んだ動かぬ証拠をヤツらに突き付けて、向こうの方から『もうこんな強引なコトは止めるから大事にしないでくれ』と言わせることが出来れば、それが俺の中で満点の展開だな」
「……なるほど、ね」
こうして方針が決まって皆が頷く中、マリア一人だけが浮かない顔をしていた。
「マリアちゃんもそれでいい?」
心配したサーシャが彼女の覗き込む。
マリアはフッと息を吐くと、ずっと閉じたままだった口をゆっくりと開いた。
「……実は私、この地で布教活動を主導されている司祭さんと何度か会っています。彼はこのように強引な、それもセリオの民を傷つけるような手段は絶対に使われない方のはずなんです。……本音を言えば、ダースさんのおっしゃったことは何か間違いというか、勘違いされているのではないか、とさえ思います。……あの、教会の肩を持つとかじゃなくて、その、……あの温厚な方と先程の行方不明の話が全く結びつかなくて」
「……それはそんな噂を流されている可能性があると?」
ジークはマリアの目を見つめて問いかける。
それに頷くマリアの表情は真剣そのもの。
だけどダースは溜め息を吐いて首を振るのだ。
「いや、それはないな。実際聖女とやらが祈り台とかいう場所で祈っている間、周りを警護していたのは教会関係者だったし、その聖女が聖堂と呼ばれているこの国での本拠地みたいなところを出入りしている姿も何度も目撃されている。……教会と聖女が無関係ってことは絶対にありえない! 聖女が本当に祈りとやらで行方不明者を見つけているのでなければ、誘拐犯と教会は聖女を介して繋がっている。……それがここハリーに住むセリオ教主国民の総意だと思ってくれ」
「……そうですか」
マリアは持っていた希望を完全に粉砕され項垂れる。
ジークはそんな彼女を心配そうに見つめていた。
茉理はこの空気をどうしたものかと一郎の顔を覗き込む。すると彼は「早く行け」とばかりに顎をしゃくってみせた。
――了解。見せ場を作ってくれてありがと。
茉理は視線でサインを受け取ったことを彼に伝えると、深呼吸して口を開いた。




