第6話 いわゆるステレオタイプなヨーロッパ風(笑)
茉理たち一行は乗合の馬車を乗り継いでセリオ教主国へ入った。
荒野だったりステップだったりする商業自治区と違って自然が豊かな地域。風車があって小麦畑が広がって牧畜が盛んないわゆるステレオタイプなヨーロッパ風(笑)。
――まぁゲームセカイだし。別にリアルなセカイなんて誰も求めていないし。
分かりやすいセカイは茉理にとっても好都合だった。
リアル志向の一郎からすれば、それなりの譲歩だったに違いない。苦虫をかみつぶしながらこのセカイを作り上げた一郎の顔を思い浮かべ、茉理は小さく笑声を零した。
ちなみに彼女にとって今回が初めての海外旅行となる。
実はパスポートもまだ取得していない。
……初海外が異世界での海外、それも乗合馬車での国境越えという茉理は、世界一珍しい経験をしている人間だろう。
その感動を誰とも共有出来ないのが彼女にとっての悲劇か。
それでも茉理は風景を楽しみながら新しい国に思いを馳せていた。
この国の都ハリーも近付いているというのに、茉理の期待するような賑やかな街並みがある訳でなく何か象徴的な近代的な建物が並ぶこともなかった。
建物こそ増えてきたが、カナンの華やかさとは比べようもない。
「自給自足と質素倹約が国是の農業国だからな。……商業ギルドもそんな彼らを刺激したくないから派手に動きたがらない。もっと積極的に介入すれば自治区並みに活気も出るのだろうが、それはそれでこの国の良さが失われるから痛しかゆしだな」
茉理はそんな一郎の説明を軽く聞き流しながら、穏やかな田園風景を目に焼き付けていた。
「……せめてカナンみたいに高い塀とかあれば見栄えも違うのにね?」
それが無いという事は裏を返せば平和だということだろう。
一口でゴッドヘルといっても治安の度合いも千差万別か。
一郎はその言葉を待っていたかのように、更に説明を続ける。
「そもそも、この国は特別豊かではないから盗賊が集まらないというのもあるな。盗むべき美術品や宝石がないから実入りが少ない。この国のトップである教主すら、質素な生活をしているからな。それにここは農業国。自給率が高いから国民全員を食わそうと思えば、最低限食っていける国だ。……それでもウラ社会に落ちる人間はいるが、他の国よりは遥かにマシだな」
「……随分詳しいですね?」
止まらない一郎の説明をじっと聞いていたマリアが口を開いた。
その言葉に彼は軽く首を竦める。
「まぁ、この国は研究材料として興味深い国の一つだからね。それなりの知識は持っているよ」
どうやら彼は思わせぶりなカッコつけキャラ設定を楽しんでいるようだ。
茉理はそんな一郎を睨みつけて、気付かれないように口を尖らせた。
乗合馬車を降り、茉理たちは雑な石畳で舗装された通りをプラプラと歩きながら落ち合い場所に指定された酒場に向かう。その道中でマリアに対してどこか敵意を感じさせる視線が寄越され、深刻さを肌で感じることとなった。
やがてジークは古びた建物の前で立ち止まる。
そこには殴り書きのような張り紙が乱暴に貼り付けられてあった。
「……『本日閉店』? ……どういうこと?」
茉理は首を傾げるが、ジークは気にせず扉を開ける。
薄暗い店内は当然の如くガランとしていた。
「――悪いが今日はもうやってねぇんだ。明日来て――ってジークか! 思っていたより随分早かったじゃねぇか!」
カウンターで煙草をくゆらせていた、マスターらしき痩せぎすの男がジークの顔を見て破顔する。誰もいないテーブルを拭いていたウエイトレスっぽい女性も「……あら?」と口元を綻ばせた。
「運よく乗り継ぎが上手くいったもので。……出来るだけ早くこちらにお邪魔出来て良かったです」
ジークが彼らに向って朗らかに一礼すると、その横のマリアも同じように笑顔で頭を下げる。
「マリアちゃんも久しぶりだね? さぁさ、後ろのお二人さんもまずは中に入ってよ、狭い店だけどね?」
ウエイトレスがマリアに近付いて腕を組み、中へと引きずり込んでいった。
どちらかと言えば人と馴れ合うタイプではないマリアも満更じゃない様子で、二人はそれなりの仲良しのようだった。
一郎と茉理も頷くと、言われるまま店に入って扉を閉める。
「狭い店ってのはヤメろよ。これでもオレの城なんだからよ! ……で、こちらはあの手紙にあった助っ人さんとやらかい?」
彼らもジークが先に出していた手紙からある程度茉理たちの素性は知っていたらしい。
「初対面なのにいきなりこんな厄介なコトに巻き込んじまって申し訳なかった。オレはダースだ。この店を切り盛りしている。……で、こっちはサーシャだ。店を手伝ってくれている」
紹介されたサーシャが一郎と茉理にぴょこんと頭を下げた。
きっと看板娘として人気なのだろうと想像させる人懐っこい笑み。
年齢は現実世界の茉理と同じぐらいか少し上で、それなりに落ち着いた見た目なのに、キュートさを併せ持つ女性だった。
一方ダースは髪の毛をうなじ辺りで束ねた、少しやさぐれた印象を抱かせる中年男性だ。
鋭い眼光は厳しいセカイで生き抜いてきたのを感じさせる。
二人はかつて冒険者としてパーティを組んでいたらしい。
今は廃業してダースはバーを開き、サーシャはここでアルバイトをしながら冒険者を続けているのだという。
「先に言っておくけど、私たちは恋人同士じゃないからね! 絶対に誤解しないでね?」
サーシャは断固とした言葉で茉理に念押ししながら、カウンターに座る四人にグラスを並べていった。アルコールのダメなジークの前には当然のようにオレンジジュースが置かれた。
「……これだけ年齢が離れているんだから、誰もそんなコト思いもしないっての。……毎回毎回初対面の客が来る度にその言葉を聞かされる俺の身にもなってくれよ」
ダースはそう言うのだが、茉理は正直なところ二人は見た瞬間から親密な関係だと思い込んでいた。
――それにそのぐらいの年齢差は別に……。
そんなことを考えて茉理は一郎の横顔を覗きこむ。
「早速で悪いが、詳しい話を聞かせてもらえるかな?」
一郎はそんな茉理を一瞥すると、目の前に置かれたグラスに口をつけ、切り出した。
その言葉にダースはカウンタにもたれ掛かりながら、新しい煙草に火をつける。
サーシャも空いている席に腰かけた。
「そもそもの始まりは――」
聖女が現れたのは最近の出来事らしい。
今までは教会も穏便にセリオの民と友好関係を築きながら布教活動していたのに、ここに来て全てをぶち壊すかのような方針転換を行ったのだという。
ジークに手紙を送ってからも、新しい行方不明者が出たとのこと。
その一家は治安機構に属するロッサムという一族で、教会と聖女の関係に懐疑的なこともあって帰依を拒否したのだが……。
「――街の外で転がされていたそうだ。野犬に食いちぎられちまってさ。もう酷いもんさ。……将来有望な少年だったんだがな」
ダースは煙草を力任せにもみ消すと、新しい煙草に火をつける。
「行方不明者を出すのはある程度金を持っている家の者か、さっき話に出てきたロッサム家のような役人の家の者だ。……こんなあからさまなコトなんてあるか? こんなのを認めるラフィルとかいう女神はどう考えてもクソだろ!」
ダースは煙と共に吐き捨てる。
「いくら気にくわないからってそこまで言わなくても――」
サーシャがマリアに視線を送りながら彼を窘める。
ハッとしたダースは煙草を力任せにひねり潰して火を消すと、小さい声でマリアに「……すまねぇな」と謝罪した。
一応マリアの使う魔法は教会で学ぶものとされている。――そういう設定だ。
このセカイの人間ではないマリアは、それを修業ではなく『そういうスキル』として取得しているのだが、その事情を知っているのは同じ立場のジークと、彼らが小説の登場人物だと知っている一郎と茉理のみ。
このセカイの人間は、マリアも当然教会でその技術を学んだという前提で話をしている。
つまりマリアは誰がどう見ても歴とした教会関係者なのだ。
「……いえ、そんなこと気にしないでください」
そのマリアは何か考えたいことがあるのか、眉間に皴を寄せてじっと自分の手元を見つめていた。




