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ICレコーダーは剣より強し! ……ただし異世界に限る!  作者: わかやまみかん
2章 アイツは我々十二人の中で最弱……
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第2話  それは、例のロミオ的な『アレ』なのか?


「あぁ~、ごくらくごくらく」


 茉理は程よくエアコンの効いた部屋でくつろいでいた。

 革張りのソファに寝転がったまま大きく伸びをする。

 部屋の主でもある一郎はそんな彼女のことを気にすることなく、パソコンに向かって気分よく原稿を書いていた。

 茉理はそんな一郎の背中をチラ見しながら、スマホで他の作者の進捗状況や出版済書籍の売り上げ動向をチェックする。

 彼女は今、担当者として充実していた。



 今回一郎はマンションを訪ねた茉理を悪態一つ吐くことなくあっさり出迎えた。

 そして部屋に戻ると起動していたパソコンに向かい再び文字を打ち始める。

 どうやら彼女が来る前から執筆していたらしい。

 その意欲的な一郎の姿に茉理は感動した。

 締め切りまではまだまだ余裕があるので、今日はただの様子見のつもりだった。

 それなのに熱心に執筆する一郎に、茉理は(いと)おしさすら覚える。

 ちゃんと片付けが出来るようになった我が子を見つめるような心境だろうか。

 茉理はそんな彼の頼もしい後ろ姿を保護者の目で焼き付けていた。


 ――こんな風に素直に書いてくれるなら、もっと早くにゴッドヘル(笑)に付いて行ってあげればよかったかも。


 茉理はスマホをテーブルに置いてから腹筋の要領で身体を起こし、水滴を垂らしているペットボトルコーラをぐびりと喉を鳴らして飲む。

 暑い日に涼しい部屋で炭酸飲料を楽しむ。仕事も順調そのもの。

 ……彼女は浮かれていた。よりによって一番警戒すべき一郎の前で。




「ねぇ、センセ?」


「あ?」


 一郎はキーボードをカタカタ言わせながら、茉理に見向きもせず返事をする。


「何で一郎センセは一郎なの?」


 一郎はピタリと打鍵音を止めると、急に部屋が静かになった。

 その空気が止まった感覚に茉理は動揺する。

 一郎は椅子をくるりと回転させ、怪訝な顔で彼女を見つめた。


「…………それは、例のロミオ的な『アレ』なのか?」

 

 ――あぁロミオ! あなたはどうしてロミオなの?

 茉理の脳裏にそのセリフが(よぎ)った。

 そしてそれが恋焦がれるジュリエットの言葉だと思い出して、彼女は赤面する。

 もしかして一郎の耳には、まるで茉理自身が彼に恋焦がれているかのように聞こえたのだろうか?

 茉理は慌てて否定する。


「ち、ちがッ! ちがう! ちがうから! ペンネームの話だから! ちょ、ちょっと! ねぇ! バカ! ……いきなり何言うのよ! びっくりするじゃない! バカ!」 


 茉理は枕替わりに使っていたクッションを天井に向けてトス。

 そして……アタック!

 抜群のコントロールで一郎の顔に直撃し、「ぶべら!」っと彼は変な声を出した。




「なんで『相川一郎』みたいな普通の名前にしたのって話だから! ……本名の方がよっぽどカッコいいじゃん」


 一郎の本名は斎藤龍之介。

 字面ではどこかのイケメン俳優かと思えるような名前だ。

 何ならラノベの主人公だって十分狙えるだろうと茉理は考える。


 ――実際はヒョロヒョロでゲームおたくの独身アラフォー鬼畜メガネだけど。

 まぁ不治の病(中二病)を患っているあたり、主人公っぽいと言えなくもない。


 茉理のかなり失礼な胸の内を知ってか知らずか、一郎は溜め息を吐く。


「……本名なぁ。……ガキの頃は結構気に入っていたんだが、本格的にモノを書き始めてから名前負けしてるなって思ってさ。それがちょっとばかりコンプレックスになっちまったんだなコレが」


 龍之介といえば日本を代表する文豪――芥川龍之介。

 日本一名前が知られている龍之介さんは間違いなく彼だろう。

 日本人で彼の名前を知らない大人はいない。


「……ウチの親は別に本が好きとかじゃないし、だから芥川龍之介のファンだって訳でもない。単純にカッコいい名前を付けたいって思ってこうなったんだが、物書きを職にする人間にとってはちぃと重いよな。……まぁリスペクトもある。……同じ龍之介だから彼の作品も読み漁ったし」


 一郎は苦笑する。

 いつもの人を馬鹿にするような笑みではなく、どこか憧憬を含んだその感じに茉理は少し驚いた。


「そういうこともあって、出来るだけ普通の名前を付けたかったんだ。……ちなみに相川ってのはあいうえお順で一番前に来るからだな」


 本屋によっては出版社別にしたり、そういうの無視して作家別に分けているところがあったりするが、基本的に平積み以外は五十音順で並べる。

 休みの日は本屋に入り浸る茉理も面白そうな本を探すときは端から順番に見ていくのが常だ。

 確かに『あいかわ』ならば、上段の一番最初に目が行くところに並べてくれるだろう。


「……センセってば意外にそういう部分は姑息だよね?」

 

 正々堂々真っ向勝負が好きなんだけど、変なところで色気を出すというか。

 あのセカイでのチートの使い方もどこかズレていた。


「生き抜くための知恵って言ってくれ」


「じゃあさ、今回のタイトルがアルファベットなのも?」


 ジークムントとマリアが主人公の一郎の作品は『Digital Dream、Digital Days』、通称DDDDだ。


「あぁ、最近の『ナニナニがナニナニなのでナニナニな僕はナニナニをしようと思っていたのでナニナニなんだけど、何故かナニナニな件』みたいなタイトル付けの風潮を外しているから逆に目立つし、何より背表紙だとアルファベットは九十度反転するだろ? それだけで結構目を引くからな」


 一郎が性格の悪そうな笑みでドヤ顔をする。

 一方茉理は今の言葉に頭を抱えるのだ。


「……だからさ、何気に流行をディスるのはやめてよ! 私の前だからいいものの、SNSでそれは絶対にNGだからね?」


「……はいはい」

 

 分かっているのかどうだか分からない、だけど絶対に反省していないのだけは分かる口ぶりで彼は返事をし、茉理にクッションを投げ返す。

 どうせ言っても聞かないのは分かっていたから、茉理も力の抜けた笑顔でそれを受け取る。

 そしてそれを胸の前で抱きしめ、あごをのせるリラックスした姿勢を取った。


「でも、なるほどね。無名作家は平積みなんてしてもらえないから、結局は背表紙勝負だもんね? センセでもちゃんとイロイロと考えているんだ? ……全然成果は出ていないけど」


「……お前って、ちょいちょい俺を馬鹿にする言葉放り込んでくるよな?」


「……気のせいじゃない?」


 茉理としては心外だ。


 ――編集者たるもの作家へのリスペクトを忘れてはいけない。


 彼女が尊敬する編集長から最初に教わったことだった。

 だから茉理だって一郎に対して多少のリスペクトめいたモノぐらいは持ち合わせているつもりだ。


「……自覚なしかよ。……まぁ、いいや。じゃあそろそろ行くぞ?」


 一郎は立ち上がると、おっさんくさい仕草で腰をトントンと叩き、大きく伸びをした。





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