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第14話  もし……もう一人、娘がいたとして



「……これは流れが出来上がったか?」


 第七皇子オーランドは天井を仰ぎ、ふうっと煙を吐き捨てる。

 今夜は西部二大領主夫人たちの誕生日パーティだった。

 彼もそこに招かれていたが、最低限の挨拶を済ませて退散した。……せざるを得なかった。

 今いるのは帝都商業区の大通りから一本、さらにそこから脇道に外れたところにある隠し家だ。

 早々に礼服を脱ぎ捨てて、小ざっぱりした姿で良質のソファに身を沈ませている。そして至福の一服をくゆらせる。

 本来、オーランドと兄ダッドという皇子による鍔迫(つばぜ)り合いの場となるはずだった。

 しかし待ち構えていたのはまさかまさかの展開。

 一応皇位継承を目指してはいるオーランドだったが特に落胆の気配はない。局所的な敗戦であったかもしれないが、一筋の光明を見出すことができた夜。

 収穫のあった夜。


「ギリギリまで粘ってから勝ち馬に乗る、上手くぶつけて弱った方を喰らう。……あと――」


 選択肢が増えるのは喜ばしいことだ。

 現況のアーレンス一強状態よりも遥かにゲーム性が高まった。



 オーランドは帝都社交界において、決して高評価を受けた後継者候補ではない。

 皇子の中で随一の地味さを持つ内政官肌。

 仕事中の彼は皇族というよりも歯車。

 それが彼の美徳でもあり、下級貴族出身の役人たちからは確固たる支持を――少なくとも地位に(かさ)を着てロクに仕事もせずにいる者よりは高評価を受けている。、……その反発も込みで、対抗陣営からは陰気だなんだと揶揄(やゆ)されている訳だが。 

 オーランドの温度のない蒼い瞳が、グラスに注がれるワインとそのラベルを映す。結局パーティでは飲み損ねた。別に期待していた訳ではないし、酒におぼれる人間でもないが。飲み損ねた帝都で品薄の西部ワイン。気を利かせた執事が取り寄せたのか、土産として持たされていたものなのか、取り合えずそれを注いでいる。

 しばしの逡巡(しゅんじゅん)があった。

 約束の時間までまだ少々。

 オーランドは一杯ぐらいならば支障ないだろうと算段すると、グラスを口に持って行った。


 

 主役である領主夫人二人――『教皇の双珠』が奇跡的に揃うかもしれない、というのは彼自慢の情報網が掴んでいた。帝都で誕生パーティが開かれるのは毎年のことで、大抵はファーマー夫人が代表して出席していた。()()によってはフィッシャー夫人が出ることもあったが、元巫女である彼女たちが総本山の外で普通に暮らすことができるのは半年が限界だと言われており、皆も十分理解していた。

 ただ、今回は教皇親衛隊にして二人の息子たちが主催。総本山の更に奥に籠る残りの一人にも出席を要請したという情報を拾った。 

 それに合わせて末弟ジョルジュの招待と彼の参列。

 総合させるとその辺りで一計。

 教皇はジョルジュ推し。

 その孫である『双子騎士』もここにきて父たちと距離を取り、祖父と同調の旗を立てたという訳だ。

 それを内外に示す為の場として今夜の舞台が用意された。

 オーランドも()()()()は正確に読み切っていた。

 

『ジョルジュ兄さま、こちらにいるのがウォーリー子爵です。子供の頃から農学の先生をしてくれているのですよ。今話題の冷害に強い新種の小麦は――』

『兄さま、こちらのレングズ男爵は船輸送で――』


 オーランドの予想する、『双珠』がジョルジュの両脇を占めていた時間は思いのほか短かった。

 それでもインパクトは計り知れなかったが。

 双子はこれ見よがしに彼女たちからジョルジュの両手を奪い、我先にと腕を引きながら馴染みのある貴族たちを紹介していくのだった。

 名や経歴、そして自分たちとの深い縁、どれだけ頼りにしているかを身振り手振りで説明しようとする双子に、紹介された貴族たちの頬も(ゆる)む。

 ジョルジュは広い会場を縦横無尽に引っ張りまわされ、終始苦笑いだった。


「……庶民人気前提の泡沫(ほうまつ)候補と(あなど)っていた訳ではないのだが」


『整った外見が最大の武器、そんな海のモノとも山のモノとも知れぬ若造』、これが大多数貴族の印象だろう。そんな彼の意外な一面を引き出す演出として悪くない手だと思った。

 主役であり絶世の双珠が目を細めて見守っているのもそれに一役買っている。

 それらを遠巻きで口を半開きにしたまま凝視する出席者たち。

 これらの舞台を整えた『双子』たちの手腕にオーランドは再度感心しつつも、それとなく意味ありげな視線を給少し離れたところにいる招待客や給仕たちへ送る。

 今夜紛れ込ませておいた調査員だ。

 彼らは不自然な動きなど一切見せず、まばたきだけで了承の意を示すと、それぞれの役割を果たすべくひっそりと動き始めた。

 ある者は自然な流れで効果的に観察できる場所に向い、ある者は早々に退散して()()()()()に戻る。

 オーランドはそれらを見届けると、しばらく歓談を続けてから一つ伝言を残してその場を去り、帝都の隠し家に直行した。……当然彼にもやらなければならないことがあったからだ。




 オーランドが今いるこの屋敷は、使()()()()()()()()()母方の祖父から形見として譲り受けた物だ。

 先帝の盟友であり、前期治世を支えた先代トルーナ伯爵。

 彼は軍部の中でも特殊な立ち位置である独立機関、特殊治安組織を統べていた人物で、彼の登場は帝都の犯罪事情を激変させたと言われている。

 先帝登極の当時は、それに反発する暴動や騒乱・扇動などが非常に多かった。

 それを丹念に潰して回っていたのが彼だった。民を不安にすることないよう軍を動かしたりせず。ひっそりと。闇から闇へ。

 その功績に対する報奨を如何にするか、その他諸々の珍妙な政治的バランスが働いた結果、彼の娘が妃になった。……オーランドの母のことだ。結果として彼は帝国を支える番犬として完全に首輪をつけられることとなった。

 圧倒的な情報収集能力と分析力、そして暗部人員に対するカリスマ性でもってして、彼はたった一代で帝国随一の諜報組織を作り上げる。

 その後は緩やかに長男でありオーランドの伯父である現トルーナ伯にその組織を受け継がせると、悠々自適の引退生活、そして大往生。その現当主も近年引退希望で――。


「はい、こちらが新しい情報ですよ」


 明るい感じの気安い声――青年と少年のはざまにあるような若い声が、誰もいなかったはずの背後から掛かった。

 オーランドは慌てることもなければ振り返ることもない。肩越しに突き出された書類の束を受け取ると、ざっとそれに目を通した。この屋敷は彼が信頼しきっている者しかいない。

 執事、侍女、庭師、その全て。ましてや彼が屋敷にいる際に滞在することになるこの部屋を出入り可能な人間に至っては言わずもがな。 

 この屋敷はオーランドにとってセカイで最も安全な場所。

 皇族である孫に対し、祖父から贈られた『形ある至上の愛』。


「……ジョルジュと『双子騎士』関係の情報はどれだけあってもいい」


「はいはい」


 報告書を突き出した後ろの人物も、末っ子ながら次期当主に内定している従弟だ。

 内容は、ある程度予想されていた事項が並ぶ。

 目新しいモノといえば、今夜ジョルジュがエスコートしていた女性について。そしてその彼女と親しそうにしていた二人組のことも。

 彼が国内で()()と接近していたことや、最近帝国に編入した北方領ジスタの騒乱収拾においても協力を仰いだことは知っていたが、今夜の彼らが()()だったとは。


「このヴィオール関係者についても手が空けばでいいから、もう少し詳しい情報が欲しい。……だがそれよりも――」


「ジョルジュ様の母親の件だよね? モチロンわかってる。こっちにだってそれなりの意地はあるから。絶対に見つけ出す。待っていて」

 

 そして再び気配が消えた。

 優秀な指揮官であり現場までこなせるというトルーナ一族の鬼子。


「任せたぞ、ディオ。……おそらくアイツの母親は総本山にいる」


 兄弟である皇子たちよりも一緒にいた仲だ。

 どんな弟よりも可愛い。

 だがそれもアーレンスが皇帝となれば――。

 組織は解散、アーレンスに近い一族がそれを情報ごと吸収。

 帝都のオモテウラを知り尽くすトルーナ一族は族滅も視野に。

 

 ――それだけは絶対にさせない。


 どんな形であれ守り通す。彼らは家族だ。

 これがオーランドの一番上位にある戦う――()()()()()()理由だった。 



 やはりジョルジュの母の話に戻るのか、とオーランドは大きめの溜め息を吐き捨てた。この件に関して彼だけはなく、第一皇子であるアーレンスや他の皇族たちもそれぞれの手を駆使して掴もうとしていた。

 それこそ先帝がまだ存命の頃からだ。

 ディオにしてもオーランドの命令だけが理由ではなく好奇心から知りたがっていた。

 それでも誰もたどり着けなかった。

 皇帝の邪魔などはなかった。彼は完全な傍観者に徹していた。

 立ちふさがったのはラフィル教。――ジョルジュの保護者を自称していた教皇と巫女たちだった。

 こうしてジョルジュの母の正体は長年にわたり秘匿され続けた。

 だからこそ、逆にある程度の推測が立っていたというのもあった訳で。

 今夜の件でそれは一層固くなる。


「……それにしても『兄さま』ときたか」


 衆目を集めているあの場で『双子』は盛大にぶち上げてくれた。

 当然のように総本山では面識はあっただろう。しかしながら今まで両者が公式な場で顔を合わせるところを目撃したことは無かった。

 だから彼らがジョルジュのこと親し気にそう呼んでいたことなど想像だにしていなかった。

 あれだけ『兄さま、兄さま』と連呼しておきながら、『とくに親族でもありません、その場のノリです』もしくは『昔から兄のように慕っていましたから』といったことでお茶を濁すことは無かろう。

 何せ『双子』とその母たちが用意した()()()()()()()()()()()でも言動なのだ。

 他陣営に対して、『さあ調べられるものなら調べてみろ』という宣戦布告の意味合いがあったと受け取る方が自然。現にディオは焚きつけられて完全にヤル気になっている。 



 似た造形を持つこともある程度の観察眼があれば気付けた。

 オーランドをはじめとしたストラディス家の顔とはまた別の系統であることも。

 第一、あの双子騎士と皇族に強めの血縁はない。

 何代か前に降嫁した姫か傍系の令嬢がいたかも、という程度の薄さ。

 間違いなく()()()()が強く出ているのだ。

 その証拠として今日登場した『双珠』とジョルジュもよく似ていた。

 おそらくそれを見せつけること()()が今夜の最大の目的。 

   

「……題して『教皇ニコロ十七世、数十年来の野望』といったところか」


 ()()()()

『双子騎士』が従兄弟同士にも関わらず『双子』と称されているのは教皇の娘である母たちが双子で、その血が色濃く出ていたからだ。

 それを踏まえ、末弟ジョルジュまでもが『双子騎士』と似ているのならば、それもまた『教皇の血』が濃く出たものである。


 これが当然の帰結。


「姪だったり遠縁という線はない」


 皇帝との間に子供をつくらせるぐらいなのだ。

 間違いなく自分の娘だ。

 もしそうだとしたら、表舞台に出てきた二人の娘よりも、大事に大事に隠されてきた娘がいることになる。

 元々そこまで素養があった訳ではない巫女の力を若年期から行使し続けた結果、そのほとんどを失ったとされ、侯爵たちとの結婚を機に役を解かれた『双珠』と違って。

 当然教皇の身辺調査は済ませてあった。

 子供は二人の娘だけ。

 だけどジョルジュの母を隠し通せる教会の力を甘く見てはいけない。 


「もし……もう一人、娘がいたとして……その娘も当然巫女としての才能があったと前提する。……それも教皇が切り札として必死で隠すぐらいだから二人と比べようとも思わない程の才能が」


 オーランドはもう一人娘がいるという仮説を下敷きに、更なる仮説を立て始める。

 ……が、それもノックで強制的に中断させられた。

 彼は一瞬不快気に眉間に皴を寄せ、のそりと立ち上がる。

 そして一呼吸してドアノブに手をかける。

 

「ようこそ、私の秘密基地へ」


 オーランドはなけなしの茶目っ気を総動員して、客人であるフィッシャー侯爵を出迎えた。





更新が遅れています。

二年前に書いていたプロットが楽しくないのが理由です。

時間を経て私の感性が変わったのでしょうか、これっぽっちも面白く思えない。

だから破棄しました。

ちなみに前シナリオではオーランドもダッドが共倒れします。

あまりに単純で「……ちょっとなぁ」と。

だからオーランドが生き延びるシナリオを組み直しています。

どう彼が立ち回れば、『彼女』が「……生かしておいてもいいんじゃない?」と興味を示してくれるのか。

何とかやってみます。


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