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第4話  実は昔書いていてボツにしたミステリーがあってな



 茉理は子供のようにお腹をポンポン叩きつつ、ふかふかで大きいソファに身を投げ出した。一郎の部屋のソファも味わい深いモノがあるが、こちらは純粋に高品質。


「――さすが帝国一流ホテルのロイヤルスイート。何から何まで……」


 彼女は部屋を見渡し感嘆の声を上げる。

 今いる応接室に飾られている絵画や彫刻の数々。壊すのが怖いので触る気に慣れなかったが、こうやって遠目で見るのは中々にハイソでリッチな気分に浸れた。

 花より団子主義の茉理だが、このようにお腹いっぱいならば落ち着いた心で芸術を愛でることができる。ついでに言えば寝室は別々という。


「何度も言わんでいいから」


 一郎は面倒臭そうに言うが、茉理には照れているのだと分かっていた。その程度の付き合いはある。おそらく念入りに下調べをして今回に臨んだのだろう。細部にまでそれが伝わってきた。

 自分へのご褒美代わりなのか、それとも茉理へのそれだろうか。

 どちらにしろ前半戦終了という区切りを経て、ここから再出発を果たす。

 茉理としても感慨深いものがあった。



 ルームサービスで腹を満たした後、ようやく一郎から今回の趣向の話がしたいと切り出した。


「双子なんだよね?」

 

 これは現実世界にいるときに聞いていたこと。


「……お、おう」


 一郎は虚を突かれたのか手元のノートと茉理と行ったり来たりさせながら何度も頷く。 


「まぁ、なんだ……ちょっと説明しにくいな。『双子キャラ』なんだが、戸籍上は従兄弟であって双子ではなかったりする」


「ん?」


 その歯切れの悪い説明に一回では把握できない茉理は首を傾げてから身を少しだけ乗り出す。

 一郎は深く息を吐いてから説明し始めた。

 リアム=ファーマー。

 ラウム=フィッシャー。

 それが『双子』の名前だという。

 

「単純に家名が違うね、どっちかが養子に入ったってこと?」


「いやそれも違う。そもそも父も母も違うんだ。……戸籍上は」


 さっきからそればかりを繰り返す。

 そもそもこんな荒廃したセカイでも戸籍管理している帝国が地味に凄いと茉理は考える。

 それはそれ。今は横に置いておいて。


「双子として生まれ、幼少期に事情があって離された……訳ではない、と?」


 だけど生物学的に従兄弟と明言することなく、『戸籍上』と連呼するにはきちんと理由があるはず。

 一郎も興が乗ってきたのか身を乗り出した。

 広い応接室の立派なソファ。

 でも結局この距離はやっぱり小市民のそれになってしまう。


「……実は昔書いていてボツにしたミステリーがあってな」


 一郎は真剣な目で語りだした。

 いきなりでどう反応すればいいやらだが、取り合えず茉理もきちんと聞く体勢に入る。


「横溝正史の金田一シリーズを読み漁っていた時期があってな。それにインスパイアされたドロドロ血縁モノだ」


 一応茉理も金田一シリーズの有名長編は網羅しているつもりだ。

 だからどういう系統なのか十分予備知識として持っている。


「いわくつきの歴史を持つ島、土着信仰の神職者、反目する二つの名家。そんな場所にフラリと姿を見せた探偵役。近いうちに嵐が来るので連絡船が来るのは数週間後……」


 そう。

 まさしく、それ。


「ちょっと脇に逸れるが、聞いてくれるか?」


 一郎が何の伏線もなくこの話をするとは思えなかった。


「つまりボツにしたそれを今回のストーリーに採用したってことよね?」


「まぁ、そんな感じだな。血縁設定はまるまる流用している」


「……だったら聞きましょう」


 幸いなことにお腹はいっぱい。

 ソファもふかふか。

 もし不安要素があるとすればそれは眠気ぐらい。

 

「……ルームサービスでコーヒーでも頼んでおくか」


 一郎も同じように思ったのか、そう提案してきた。




 満を持して一郎は語りだす。

 戦前で戸籍もあやふや、学校教育もあやふやな時代。

 誰がどこの家の子なのか人脈で、しかも薄っすらでしか理解できていない時代の話。

 人口千人程度の神島(仮)には二大名家があった。

 豪農・畑田家。

 網元・漁野家。


「――まるまるファーマーとフィッシャーじゃん!」


 早速茉理はツッコむ。

 さきほど聞いた双子の家名。


「そりゃ流用したからな。わかりやすいだろ? ……続きいいか?」


「どぞ~」

 

 畑田の漁野は例によってライバル関係にあった。

 小さな島で派閥を作り、細々とした争いを続けてきた。

 それらの仲立ちするのが神職・神木家。

 権力も財力も持たないものの権威で島の頂点に君臨していた。

 その神木家には別格に美しい娘がいた。

 畑田と漁野の跡取り息子たちは是非嫁に欲しいと懇願した。

 両者は争うように貢物をし、歓心を得ようとする。

 神木家の娘は畑田と漁野と代わる代わるデートし、その状況を楽しむ。

 一人の娘に振り回され、やきもきする両陣営。

 やがてどちらと結婚するのか決める日がやってきた。


「……で、どっちを選んだの?」


 息を殺して返事を待つ茉理に、一郎は誰が聞いている訳でもないのに小さくこっそり告げる。


「結論から言えば両方だ」


 茉理は目を見開いた。


「重婚ってコト? いくら戸籍があやふやだからってそんなの認められる訳ないじゃん!」


「……まぁ、聞いてくれ」


 実は神木家の娘、畑田の息子と会うときは「椿」と名乗っていた。

 漁野の息子と会うときは「桜」と。


「二重人格ってコト? ………それでもやっぱり重婚には違いな……あ、なるほど! ()()()()()()なのね?」


「実は神木家の娘は()()だったんだな」


「じゃあ、両家の息子たちはそれぞれ別の娘と一緒にいたんだ! 浮気をしていた訳でも天秤にかけていた訳でもなかったのね?」


「……そうだったら、良かったんだがなぁ」


 一郎の嬉しそうな言葉に、茉理はここからドロドロが始まるのだろうなと理解した。



 豪農畑田家と網元漁野家、そして神木家の三家で顔合わせの日が来た。

 場所は神社。

 呼び出された畑田と漁野の一族はまだ疑問顔だった。

 神木の娘は実は双子だったから両方と婚姻するなどと言われても、到底信じられるものではない。

 そもそも今まで娘二人が同時に登場したことなどなかったのだ。

 得も言われる緊張に包まれる座の中、満を持して神木の娘が姿を見せた。そしてその数歩後ろに、少しやつれているものの、全く同じ顔の娘。

 着物も色違いではあるが同じもの。

 髪型も同じ。

 彼女たちは本当に双子だった。

 椿と名乗った娘は畑田の跡取り息子の向かいに、桜と名乗った少し血色の悪い娘は漁野の向かいに美しい所作で腰を下ろす。

 だけどなぜ彼女がやつれているのかはこの島の人間ならば当然のように知っていること。

 役目を果たしていることに感謝こそすれ非難などない。

 娘二人を前にして、畑田と漁野は歓喜はそれはそれは凄いものとなった。

 反目し続けてきた両家は神木家を通じて親戚となる。

 これは歴史的なこと。

 島民も今はまだ派閥が残ったとしても、孫の代ぐらいになれば仲良くなれると喜び、島も祝賀ムードに包まれる。

 ……そして十年の時が流れた。

 


 

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