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第3話  頼りにしていますよ


 

 広い大陸の東部を支配するストラディス帝国。その首都はラフィル教会のお膝元でもあるアルマ。そのこともあって敬虔なラフィル教徒の国である。

 教会有力者は貴族並みの扱いを受けるなどかなり優遇されている。

 貴族次期当主の地位にあるものが、その座を譲られるまで教会で役目を果たしているといったことも多々ある。


「――なるほど。……父がそのようなことを」


 皇城。 

 とはいえ名の通り城が建っている訳ではない。

 かつては建っていたらしいが、今は高い壁に囲まれているこの一帯を便宜上そう読んでいるに過ぎない。

 一つの街が入っているのではというぐらいの広さを持ち、まず中央にそびえ立つのは皇族が居住する宮殿群。それを囲むように貴族が集まる議場・行政施設、ラフィル教会施設や皇家御用達商会の支店などがある。

 そのうちの一つ、皇城内教会の一室。

 少年と初老の紳士がテーブルを挟んで話し合っていた。


「はい。リアム様の言葉であれは猊下も耳を貸していただけるはず、手を借りる様にと」


「それはないですね」


 リアムと呼ばれた少年はいっそ清々しい笑顔で勢いよく首を横に振った。

 紳士――クーベル伯爵はその仕草だけで一定以上のことまで察する。


「やはり……」


 大きく頷くと前に置かれていた紅茶を口に含む……と同時に目を見開いた。


「――ダックス産の三級茶葉です。……よくわかりましたね?」


「はい、何とも懐かしい」


 普通貴族相手にその等級茶葉での紅茶は出さない。

 だけど伯爵はそれを愛おしそうに鼻を寄せて改めて香りを楽しみ、満足げに頷くと再び口をつける。

 他ならぬリアム少年――将来的に彼らの派閥を統べる者が自分のことをきちんと知ってそれを用意してくれていたことが嬉しい。

 ……当たり障りのない上等の茶葉ではなく。

 それだけできちんと歓迎されていることが分かった伯爵は、近頃沈みがちな気分を上向かせる。


「それにしても服喪期間とは名ばかりですね?」


 リアムが少し嘲りの顔で口元をへの字に歪めた。

 それでも老若男女誰もが見惚れる(かんばせ)は一向に目減りしない。輝く金髪を苛立たし気にかき上げる仕草も絵になっている。

 伯爵は沈痛の面持ちで頷いた。


「それに関してはこの空気に踊らされてしまっている私も同罪です」


 伯爵としても不本意だった。

 大恩ある先帝の死を悼む時間が毒されていくと感じていた。

 この教会もしばらくは祈りを捧げる皇族貴族が訪れていたが、今は別のことに夢中になってそれどころではないらしい。

 皇位継承問題、長らく水面下で話題にはなっていたがこうやって表に出るとなんと醜いことか。同じ血を分けたものが互いに不適格であると非難し合うその光景。

 貴族たちはときにそれに乗っかり、ときに見守る。それもまた醜悪。

 両者しばらく言葉を発せず沈黙が続いた。

 ここは教会。

 伯爵にとっては黙とうの代わりでもあり、この事態に流される我が身を省みる機会でもあった。

 




「――教皇ニコロ十七世はすでに『あの御方』の支持を決められています。他者からの懐柔や脅迫で揺れるような方ではありません」


 リアムがポツリと呟いた。

 先日先帝の落胤だったと『改めて』公表された軍属の青年ジョルジュ=ハインツ。

 ある程度情報を扱える人間は以前から知っていた。

 念のために彼の母の身柄を押さえておかないと、と各陣営が動いた。もしものときはその命を取引に使おうと。

 しかしいまだその存在を掴むことができず。

 そのウラに教会――教皇とその右腕がいたのは知る人ぞ知る話。

 それほどの手厚い保護。

 母とその一族は教会にたいして相当な影響力を持っているのは疑いようがなかった。

 教会は一枚岩とは言えないが、教皇とその側近はジョルジュ支持で固められているというのはこの界隈での常識となっていた。

 そして――。

 

「……リアム様も『あの御方』を支持なさるので?」


 伯爵からすれば『御方』だの『殿下』だと呼んでやる筋合いはないのだが、それでも目の前の自分よりも上の存在がそう呼ぶのだからそれに合わせるしかない。

 先ほどリアムが言った『ない』とは『教皇が支持を変えることがない』と、そのような意味で伯爵に伝えたつもりだろうが、彼の耳にはリアム本人も将来オーランド皇子を支えるつもりがないと明言したように響いた。

 それは派閥の意志とは反する行動。

 だがそれでも、伯爵にはそちらの方が正しくさえ思える。


 ――私とてこのまま派閥の主張通りあの皇子に乗り続けたところで、よい未来に辿り着けるかどうか。

 

「クーベル卿()今の父に疑問を持たれているのでしょう?」


 リアムの声でハッとする。

 

「だから貴方()こうやって私の元を訪れた。猊下への説得を大義名分に」


 その通りだった。

 次期当主であるリアムの本心を確かめに来た。

 本当にこのまま侯爵の考える様にダッド皇子支持で動き出してもいいものか、と。

 彼の評判は決してよろしくない。

 だけど派閥の仲間にそのことを相談するのは、他陣営に丸め込まれて切り崩し工作に関わっているのかと不信感を持たれかねない。

 そこに都合よく父の思い通りに動かないリアムがいた。これ幸いと彼の説得と教会への働きかけを願い出るという名目で会見を願い出た次第だった。

 そして同じ懸念を抱き、こうして面会を求めてきたのは自身だけでないことリアムの言葉から知る。

 思っていたよりも皆危機感を持っているようだった。

 

「父は母様と結婚したことにより不相応な欲を持つようになりました。……妻を通じて教会の力を使えるのではないかと」


「……そのようなことは」


 自身の領袖(りょうしゅう)でもある侯爵のことを悪く言うのは気が引けた。だけど『違う』とも言えなくて口ごもる。それが何よりの返答だった。


「大叔母が帝位に色気を出すのは分かりますが、それに引きずれては――」

 

 リアムがふうっと息を落とした。

 大叔母というのは先帝の妃であり派閥の推すダッド皇子の母のことだ。ファーマー侯爵の父の妹。つまりダッド皇子と侯爵は従兄弟同士となる。

 派閥として彼を推すのは当然と目されているが、第一皇子であるアーレンスと比べると見劣りは避けられない。伯爵属するいわゆる『ファーマー派』はそれなりに強大ではあるがアーレンス支持できっちり固まっている『東方』派閥群と比べれば木っ端も同然。

 いまだ擁立する皇子を一本化できていない『西方』では相手にならないというのが現状。

 逆転の算段があるとすれば、それこそ教皇ニコロ十七世のようなスーパーパワーの存在頼み。

 だがそれもにべもなく断られた。

 リアムが再び疲れ切った顔で嘆息する。


「――まずは自家の安泰確保を最優先に。派閥や皇子の意向など『二の次、三の次』。父が何を言ってきても適当に相手にするだけで無理に付き合う必要あありません。他派閥からの接触なども同様です。適当に煙に巻いてください」


 自身の父を突き放すような言葉に伯爵は一瞬息を呑むが、その一言一言が彼の親身になっての助言であることは明白。彼は背筋を伸ばしてリアムの言葉に耳を傾ける。


「クーベル伯爵家は私の代になってからも家臣団の中心としていてくれないと困ります。御子息御令嬢皆々様にも不用意な口約束などして先走らないよう言い含めておいてください。身内から不祥事者など生まないよう一門衆の引き締めも」


「はい」


「私の行動が父の不信を招いていることは重々承知しておりますし迷惑をおかけしていると思います。……それでも私は()()教会の人間。逝去された先帝の冥福をお祈りする義務を優先したい。ですが説得に来られる方への扉は開いています。……そう他の方々にそれとなくお伝えください」


「かしこまりました!」


 そこは海千山千の伯爵、きちんと行間を読んだ。

 父の指示通りダッド皇子の援護に回らないのは派閥の皆とこうやって堂々と面会する手段としてのこと。

 そして近いうちにリアムが――。

 伯爵の目に光が戻る。

 

「頼りにしていますよ」


 凛としたリアムの声に初老の伯爵が感極まったように何度も大きく頷いた。




 教会玄関まで見送りましょうとのリアムの言葉に伯爵は満面の笑みで甘え、一緒に部屋を出る。すると隣の部屋からも同じような少年と紳士の組み合わせが出てきた。


「ハーイ、ラウム!」

「……はーい、リアム」


 温度差は違うものの同じ言葉を同時に発する二人は同じ服装恰好、同じ体格、同じ髪色、同じ顔。

 鏡で写し取ったように。

 クーベル伯爵は今まで話していたのが本当にリアムだったのかと一瞬疑ってしまうほど。

 見分けるのは親族でも困難だという。

 彼らこそかの教皇直属親衛隊の中でも、教皇が目に入れても痛くないと可愛がっている『双子騎士』。

 紳士二人は気まずそうに顔を伏せながら黙礼するに留める。

 同じ西方貴族でありながら別の皇子を擁立する陣営の二人。

 そんな彼らの機微を当然のごとく知り尽くす少年二人は笑顔で歩みを進める。

 気まずさでクーベル伯爵の耳が熱を持ったが、それは隣を歩く紳士も同様。

 地獄のような時間を経てようやく一団は玄関ホールに到着した。

 少年二人が揃って笑顔で手を振る中、紳士二人は恐縮の礼を繰り返して別々の方向へと歩き出す。

 来客二人を見送った後、少年二人は呆れた笑顔で見合わせた。



 偶然ではあったが同じ時間に面会を設定していた二人。

 空いている時間がそこしかなかったというのが実情だ。

 不安を抱えた互いの派閥の人間がひっきりなしに面会を求めてくるのだ。

 二人は本来の職務である教皇や巫女の身辺警護もこなしながら時間を工面する。それでも随分と仕事を減らしてもらっていると二人は自負していた。

 どうやら筆頭巫女カタリナがそのように差配したらしい。

 時が来たのだと二人は十全に理解した。

 ようやく動き出したのだと。


「初戦の場は?」


「……()()()()の誕生日パーティかな?」


「だね!」


 少年二人は揃って回れ右し、次の面会者を出迎えるべく準備に入るのだった。


 


 


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