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第21話  やっぱ一郎センセってば、ズルいなぁ

 

 眩しい光が薄れ、目の前に見慣れた一郎の部屋の景色が広がると、茉理の胸に懐かしさが込み上げてきた。

 

 ――まさかセンセの部屋に「帰ってきた」と思える日がくるなんて!


 茉理はソファに深く腰を掛け、まずはきれいに並んだリモコンから一つ取ってテレビのスイッチを入れる。

 流れるのは昼間のワイドショー。

 話題は政治家の不倫疑惑。……疑惑どころか真っ黒だが。

 テレビに表示されている時間は三時十五分。

 さすがに細かい時間までは覚えていなかったけれど、飛ばされる前の時間と同じような気がする。

 スーツの内ポケットからスマホを取り出し日付と曜日も確認。

 彼女は思い出したように立ち上がり、スーツを袖を持ったままくるくると回る。

 例の茉理の長いリーチに合うスーツだった。


「よし!」


 茉理は小さくガッツポーズをする。

 一郎の言っていたことを信用していない訳ではなかったけれど、もし思違いがあったりして、何日も無断欠勤扱いになっていたとしたら危ないところだったと彼女は胸を撫で下ろした。

 

 ☆



 落ち着きなく確認作業をしている茉理を横目で見ながら、一郎はノートパソコンを開く。

 スリープ状態から初期設定の風景画面に切り替わった。

 ゆっくりマウスを動かし、パスワードを放り込みサインイン。

 味気ないが目には優しい、いつもの画面が現れた。

 そのまま文書作成ソフトを起動。普段は見たくもない画面だが、今は違った。

 書きたいエピソードが山のようにあって、何から書き始めたらいいのか迷うほどだ。

 こんなにも昂るのは本当に久しぶりで、彼は思わず笑みをこぼす。

 まずは忘れないうちに、時系列を追いながら箇条書きで。

 一郎は深呼吸すると小さく微笑んだ。


 ☆


「――よっしゃ! 書くか!」


 茉理が全ての確認を終わらせた頃に、今まで聞いたこともない一郎の気合の入った声がする。

 驚いてそちらを見ると、そこには真剣そのものの一郎の横顔があった。

 そしてカタカタと小気味いい打鍵音が絶え間なく部屋内に響き始める。

 茉理は喜びに震えながら、邪魔だけはしないよう息を殺して再びソファに深く腰掛けた。

 コリをほぐすように伸びをすると、改めて身体の感覚が違うことに気付く。

 ちょっと重いというか鈍い。視線の高さも違った。

 考えてみればチェリーと今の茉理では全くの別人なのだ。

 二十五年間ずっと茉理として過ごしてきたのに、ほんの数日間チェリーになっただけでこんな風になるとは彼女としても想像もしていなかったことだった。

 ふと視線をテーブルに向けると、500mlコーラのペットボトルがコースターの上で汗をかいている。

 中身はまだ半分近く残っていた。手に取るとまだ冷たい。

 蓋を開けると小さくプシュっと音がした。

 慌てて一郎を見るが、彼は完全に入り込んでいるのか彼女に見向きもしない。

 ホッと胸を撫で下ろし、彼女は改めてコーラを口にする。

 炭酸も抜けていなかった。

 自分は何日もあのセカイで過ごしていたのに、それが変な感じでおかしかった。



 そんなことを考えている間にも一郎の指は動き続ける。

 気力体力が充実しているのか姿勢もいい。

 こっちに戻ってくる前にしっかり休んだことも影響しているのかもしれない。


 ――どうせなら執筆もあちらでやってみてはどうだろうか?


 彼女は昔大好きだったアニメの中で、主人公たちが『時間がメチャクチャゆっくり流れる場所で修業する』っていうのがあったのを思い出す。

 ある意味、一郎にとって一番必要な場所ではないだろうか。

 そうすれば少なくとも締め切りに追われる心配はなくなる。

 我ながらいい案だと茉理はほくそ笑んだ。


「ねぇセンセ、もういっそのことあっちに移住しちゃおっか?」


「ハァッ?」


 一郎が怪訝な顔で振り返った。

 茉理は自分が彼の手を止めてしまったことに気付き、慌てて謝る。


「ごめんごめん、私が悪かった。……さっさと仕事を続けて? ……ね?」


「……お前から話しかけておいてそれはないだろ、常識で考えて」


 せっかく気分よく書いていたのに、とブツブツ呟く一郎の背中に茉理はひたすら頭を下げ続けた。



 一郎の邪魔にならないように、茉理はテレビに映ったままのワイドショーを見ていた。

 雑音が気になるタイプの作家もいると聞くが、一郎はゾーンに入りさえすれば、余程騒がない限り気にならないタチらしい。

 ……それだけに、集中するまで時間がかかるのだが。

 今回は驚くほどすんなり入ってくれた。

 担当編集者としては、ある意味この時間の為に頑張るのだが、一番退屈な時間でもある。

 ちなみに茉理の先輩編集者は作家先生に頼まれてRPGのレベル上げやら、炎天下の街中をスマホを片手に、可愛いモンスターたちをゲット為に徘徊することを要求されるらしい。

 売れっ子な上、締め切りは絶対に守ってくれる優良作家だから、ある意味その程度の注文で済むのは有難い話だろうけど、担当者としての達成感は全くないと酒の席でボヤいていた。


 ――異世界に連れていかれて、冒険までさせられる自分は一体どうなんだろ?

 羨ましいとは思われないよね、絶対。……間違いなく正気を疑われる。


 茉理はくるんくるんの髪の毛先を指でいじりながら、自嘲気味に苦笑いした。




「あ、そうだ。……ねぇ、センセ? こっち向かなくてもいいから聞くだけ聞いて? 手は動かしたままだよ」


「……なんだよ、それ?」


 茉理の無茶振りに一郎はキーボードをカタカタ言わせながら気のない返事をする。

 中々の器用さに彼女は小さく笑った。

 

「……ホント、全然関係ない話なんだけどさ。あの指パッチン、メチャクチャいい音だったよね? 手が()いたらでいいからさ、もう一回鳴らしてよ」

 

 ――村にこだましたあの音は本当にキレイだった。惚れ惚れするぐらい。

 ……音だから。音だから! 『センセ』に、じゃないから!


 茉理はそこまで考えて耳まで真っ赤にする。


「あぁ、アレか?」 


 振り向かなくてもいいと言われているのに一郎は椅子をクルリと回転させ、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべる。


「最後の最後で絶対に外したくなかったからな。……だからレコーダーに『一郎は全員が聞き惚れる程のきれいな音で指パッチンを鳴らした』って吹き込んでおいた」


 それだけ告げると再びくるりんと椅子をもとに戻してカタカタを再開した。

 してやったりと言わんばかりの一郎の後ろ姿を睨みながら、茉理はぷくぅっと頬っぺたを膨らませる。


 ――ズルぅ。

 やっぱ一郎センセってば、ズルいなぁ。

 安定のズルさだ。

 最後まで手を抜くことなくズルい。

 だから、なんでこういう無駄に細やかな部分でチートを使おうとするんだろう、この人は!

 この感性がよく分からない。

 どうせ使うならもっと楽できたり、派手なことが出来るような使い方してくれたらいいのに。

 ……でも、まぁいいか。

 ゴッドヘルは楽しかったし。

 魔法をぶっ放すのも、ストレス解消になったし。


 茉理は深呼吸すると、やる気が満ち溢れている彼の背中に微笑みかけた。



これで一章が終了です。

まぁ大体こんな感じの流れですね。

今回は人物紹介を兼ねていたので軽いミッションでしたが、次回は本格的にストーリー展開していきます。


ちなみに次章は『教会の陰謀』です。

ある意味王道ですね。

そこに一郎のアクの強さを放り込めばどんな展開になるのか。

そういう話です。


どうぞこれからもよろしくお願いします。

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