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第23話  今日は遊んでくれてありがとう

 

「さぁ、続きをしよう!」


 セシルが穏やかな笑顔でジークに向き直った。自分の有利を確信している顔だった。

 ジークの治癒はすでに完了している。

 

 ――その余裕が命取りになるのだけれど。


 彼は内心ではあるが忠告してやった。

 マリアが気遣い顔でジークからそっと距離を取る。

 そんな彼女に彼は大丈夫だと微笑みかけた。

 確かに先程は不覚を取った。

 しかしながらあの魔法壁自体はすでにアグネスで経験済なので対応できる。

 何より彼は知っていた。


 ――アレは壊れる!


 そう。

 無敵ではない。

 もちろん術者の能力差からの壁の強弱ぐらいはあって当然。

 だけど限界もあるのだ。

 今の防御を見て『打つ手なし』と頭を抱えて絶望するようなことを期待していたのならばそれは残念と言わざるを得ない。

 

「はぁッ!!!」


 ジークは再度突進からの一閃を見せた。

 周囲の目にはバカの一つ覚え、無駄なことだと映ったかも知れない。

 だけどこれが正しい判断だと確信していたし、この攻撃を封印して戦うことは彼にとって逃げに等しかった。

 だから正々堂々真正面から打ち込む。

 

「何度やっても同じです!」

 

 セシルの前に魔法壁が構成された。

 ジークは全体重を乗せて打ち込みつつも、頭の片隅でキチンとカウンターに備えておく。

 案の定セシルの狙いすました逆袈裟斬りが、鎧の破損によって剥き出しとなった右わき腹部へと入ってくる。それを予測していたジークは逃げるように左にサイドステップしながら剣で受けとめ、衝撃を外へと逃がす。

 剣をクルリと格好良く回し、意識して維持していた密着状態から力任せに――。


「まだまだ!」

 

 打ち下ろす。

 セシルはそれすらも当然の如く魔法壁で受け止めた。

 そしてカウンターで十字切り。

 だけど先の二発よりも威力が低いのは分かりきったこと。

 ジークは受けようともせず、強引に薙ぎ払いをねじ込んだ。


「……っくぅ!」


 セシルはまさか自身の攻撃中に斬撃がくると思っていなかったのか、慌てて魔法壁でそれをシャットアウトするも、わずかではあるが不快感に表情を歪ませた。

 それを拝んでから、ようやくジークは一旦バックステップで距離を取った。

 


 剣で攻撃し、剣で守るジーク。

 一方微動だにせず魔法で守り、スキを逃さず剣で攻撃するセシル。

 誰の目から見てもジーク圧倒的不利は明らか。

 それでもジークは根気よく魔法壁を破壊する方法を意思表示し続けた。

 

「いい加減、無駄だと分かっている攻撃を続けるのではなく、もっと別の方法を試してみてはいかがです?」


 セシルは殊更余裕を見せつける様に晴れやかな笑顔で告げる。

 しかしジークはここぞとばかりに首を捻って返してやった。


「……おかしいなぁ、アグネスの時はちゃんとヒビが入ったんだけどねぇ?」


 セシルはあからさまに表情を曇らせ、小さく舌打ちする。

 初見でなかったどころか、すでに弱点も知られていたと知ったその表情、ジークはそれが見たかった。




 だけどそれは早計だったかも知れないとジークはすぐに後悔することになる。

 笑顔はそのままに途轍もない殺気が彼から噴き出し、この広い空間を埋め尽くす。

 呼吸するのさえも苦しいと感じるほどの圧迫感。


「――別に、キミが嫌いだとかそういうことではないですよ」


 セシルは誰にともなく小さく呟いた。

 

「だけど、ね? これからの私の身の振り方を考えると『冒険者ごとき』に遅れをとったという話が出回ると少々厄介なことになる訳でして」


 悪気はないのだろう。

 淡々と彼の考える事実を告げているという印象。

 言い訳のようなフレーズを無機質な声で垂れ流している。

 いつもの丁寧なセシルだが、どこかが変わった。

 変わりつつあった。……それとも本性を現しつつある?

 ジークにもよくわからない。

 確実に言えることは、間違いなく踏んではいけない何かを踏んだ。

 果たしてそれは地雷なのか、虎の尾なのか。

 良く分からないなりに、ジークは覚悟を決めて打ち込む。

 それしかない。 

 セシルの反撃はスピード威力共に一段階上がっていた。

 それでもまだ一撃一撃が致命傷にはならない。

 全てを受けとめるのは早々に放棄した。

 派手に斬撃を喰らい体中を血ににじませながらも、ジークは魔法壁破壊に向けて体重を乗せた一撃を愚直に繰り返す。

 魔法壁が展開されるも明らかに反動が減ってきているのを手ごたえとして感じていた。

 限界が近いのだと思った。

 痛みで集中を欠かせながらもそんな攻防を繰り返すこと数十回。

 ようやくヒビが入った。


「ふう」


 ジークは満足し距離を取った。

 余裕を見せるも、足はガクガク、剣を握る握力も心許ない。

 何せ魔法壁を崩す為だけに意地を張ってきたのだ。

 

 ――で、ここからどうしたものだろう。


 ジークはようやく冷静になる。

 取り合えず気分を変える為、セシルの屈辱の表情を見ておくことにした。



 なんとセシルは笑っていた。

 今まで散々見てきた余裕の笑みとは違う、屈託のない少年のような微笑み。

 いや聖女のごとく慈愛溢れた微笑みだろうか。

 殺気はそのままだからアンバランスで仕方ない。

 ジークは以前出会った巫女を思い出した。

 彼女もよく分からない人間だった。

 優しそうで、でも冷たそうで。

 楽しそうで、でもどこか退屈していてそうで。

 セシルと彼女は終始言い争いをしていたが、仲良さそうに見えなくもなかった。

 心なしか顔も似ているように思ったことを頭のどこかに留めていた。


「はは、……ふふふ。……まさか、本当にまさか!」

 

 だけど今のセシルは顔だけでなく、声色や表情まで彼女にそっくりに思えた。

 こうやって不意に彼女のことを思い出すぐらいには。

 

「ちょっと、どうしたらいいのかな? …………潰すのはちょっと。……取り合えず、うん」


 セシルは自身の内部で完結したのか大きく頷くと、ジークばりの突進で一気に間合いを詰めてきた。

 今まで受けるタイプだったセシルの動きに彼は虚を突かれるも慌てて剣を構えて攻撃に備える。それを嘲笑うようにセシルは軽やかなステップで背後に回り込んで一太刀。

 ジークは何とか反応してそれを受けとめるも、セシルは再び大きめのステップでジークの横に回りもう一太刀……と見せかけてそれはフェイント。

 反復横跳びの要領で一撃目の位置に回り込んでから改めて一太刀。

 ジークはその早く小刻みな動きについていくことが出来ず、受けとめることまでは出来ても体勢を大きく崩す。

 それを見逃さずにセシルは容赦なく斬撃を叩き込んできた。



 先程まではジークが仕掛ける形だったので自分の好みのリズムで戦うことが出来た。しかしながら主導権を握られるだけでこんなにも追い込まれる。

 次はどちらから……。

 ジークの視線が鼻歌交じりでステップするセシルの下半身へと向いたその瞬間、視界の端で彼の左手がにゅうっとジークの顔面に向けて伸びてくるのを捉えた。

 気が付いた時には掌が目の前に突き出されている。

 何らかの力がそこに凝縮されているのが分かった。

 ゼロ距離魔術。

 ヨハンが何度か――今夜も見せていた技術。


「……っっッ!」


 ジークは声なき悲鳴を出しながら身を翻す。


「逃げても無駄だよ」

 

 先程の鼻歌は詠唱だったのだと気付いたジークはスローモーションになった視界で、ただ身を守る為に縮こまるのが精一杯。

 次の瞬間、セシルを爆心地に半径十メートルに爆破が撒き散らされた。

 ジークは吹っ飛ばされながらも魔法壁がきちんとセシルを守っているのを見てとる。


 ――なるほど。

 そういう使い方もあるのか。


 そんなことをぼやっと考えながら、ジークは床を派手に転がり続けた。

 


 

 戦いは終わっていない。ジークはすぐに上半身を起こした。

 セシルを探すも……見当たらない。


「……ここ」


 穏やかで楽しそうな声が耳元に直接囁かれた。

 遅れて冷たい刀身が背後からジークの頸動脈にピタリと当てられる。


「今日は遊んでくれてありがとう」


 それはゲームセットの宣告だった。

 恐る恐る振り返るジークだが、思わぬ近さにセシルの顔があって身を震わす。

 

「これはその御礼です」


 小さい箱がジークの目の前の床にそっと置かれた。

 だけど彼はそちらには目がいかない。

 愕然とセシルを見つめ続ける。

 彼はケガ一つしていなかった。

 息一つ乱していなかった。

 顔に汗一つ流れていなかった。

 終始余裕で彼と戦っていた。

 その差が現時点での二人の差。

 圧倒的な差。

 ジークは煌々と眩い天井を仰ぎ、その場で気を失った。




 

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