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第20話  それじゃ、いったん解散しようか?


 日が傾きかけた頃、ようやく茉理たち四人はカナンの街に到着した。

 門をくぐると懐かしい喧騒、といっても茉理としては半日しかいなかった場所だが。下手すりゃ坑道にいた時間の方が長いぐらい。それでもどこか帰ってきたとホッとしている自分を見つけて彼女は誰にも気付かれないようこっそりと笑った。 

 まずは小鹿亭へ直行する。

 宿屋の親父さんはジークと茉理たちの顔を見比べ、笑顔で頷いた。


「いいぜ、今夜の分は要らねぇよ。この前と同じ部屋でいいな?」


 差し出されたのは見覚えのある16号室の札が付いた鍵。

 茉理はそれを笑顔で受け取った。


「じゃあ僕たちは先にギルドに報告してくるよ。完了手続きや手数料の支払いがあるからね」


「わかった私たちは部屋で待つとしよう。用事が済んだら声を掛けてくれ」


「了解」

 

 ジークとマリアは頷くと、軽く手を振って再び宿屋を後にした。

 


 一郎と茉理は早速16号室に向かい、荷物下ろして一息つく。


「ようやく戻ってこれたな。命に関わるような案件だったが、これほどの体験をしたラノベ作家は古今東西オレぐらいなものだろう」


 一郎はどこか得意げに胸を張った。

 それが欲しいおもちゃを手に入れた子供みたいに見えて、茉理は苦笑する。


「……当たり前でしょ。そもそも異世界、それも自分自身の書いた作品の中に入り込むなんて。私は今でも夢だと思っているんだから」


 茉理はベッドに腰掛けながら頬っぺたをつねる。

 痛みを感じながらも更につねる。


「……痛いし。もう、訳わかんない。それにさっき命に関わるって言ったけど、本当に危なかったのってサイクロプスだけだからね? センセが勝手に呼び出した、アレ!」


「……仕方ないだろ? ボスだと考えていたキメラがまさか、魔法一発で、しかも骨すら残らないって! 流石にそれは考えていなかったって。ちゃんと苦戦するシーンを書きたかったから、やむを得ず更に強いモンスターを呼び出したってコトだよ。……一応主人公ジークの見せ場は作れたからいいだろ?」


 一郎としても予想外の出来事だったのだと言い張る。


「……まぁ、あのシーンはちょっと良かったかもね」


 茉理としてもそれは渋々ながら認めざるを得ない。

 

「……じゃあ、ちょっとお風呂に入ってくるね? 覗いたらコロスから!」


「誰が覗くか、バカ」


 一郎は茉理に背中を向けてベッドに転がった。




「――それじゃ、任務達成お疲れさまでした! ……乾杯!」


 ジークの掛け声で四人は高らかにジョッキを合わせる。

 仲間内でのささやかなお疲れ会が始まった。

 茉理は豪快にジョッキを呷る。

 彼女は部屋を出る前に目の前で一郎にレコーダーを使わせていたので、今度こそ二日酔いの心配はない。

 思う存分アルコールを喉で味わっていた。

 

「いきなりで悪いが、これがそちらの取り分だ」


 茉理の飲みっぷりを驚きながら見ていたジークが、一郎に差し出したのは数枚の紙幣。 

 一郎はそれを「悪いな」と口にしながらも、全く悪びれることなく受け取った。

 茉理はアニメみたいに布袋にどっさりの金貨という光景を予想していただけに、一郎の手元に渡った数枚の紙幣を見つめ拍子抜けする。

 

 ――まぁ商会が銀行のようにお金を貸したり預けたりするのだから、紙幣が流通していて当然と言えば当然だろうけれど。それに硬貨だけならやっぱりかさばるし。

 でも、イマイチ仕事をしたって感じにならないよね?


 茉理は一郎の手から一枚紙幣を奪い取り、それをじっくり眺めながらイロイロと考えていた。




「それにしても今回はジークとマリアのおかげで興味深い体験をさせてもらったよ。……いい土産話になりそうだ」


 一郎はホクホクの笑顔を見せる。

 確かに茉理としても今回の旅は大いに収穫を感じさせるものだった。

 苦闘あり、人情話ありの面白い話が出来上がりそうで、彼女としても身体を張った甲斐があるというもの。

 茉理は自分の仕事を思い出し、満足感の中ジョッキを呷ると店員におかわりを告げる。

 一郎の言葉に二人は満更でもない笑顔を見せる。


「それを言うなら僕たちもそうだよ。三属性複合魔法(トリニティ)に禁呪、おまけに魔法剣を爆発させるだなんて!」


「普通に任務をこなしていたらお目にかかれないものばかりだったわ!」


 マリアはどこか興奮気味に続ける。

 坑道内の異臭を吹き飛ばした魔法に、廃坑最奥部でザコを一掃した魔法。

 彼女は指折り数え始める。

 二人は彼の魔法の仕組みを聞きたがっていたが、一郎は研究の守秘義務だとはぐらかしていた。




「ねぇ、ヨハンさんたちは一番最初に会ったとき、『このあたりを見て回りたい』って言ってたよね? ……まだこの街に残るつもりなの?」


 ジークの問いかけに一郎は串焼きを片手に考え込む。

 それをフォークで丁寧にバラしながらポツリポツリと答えた。

 

「……そうだな、まだ細かいところまでは考えていないが、出来ればこの街を拠点にしたいと思っている。そもそもまだ街の中すら散策していない訳だし、ね? もっといろんなことを知りたい。もっといろんな場所に行きたい。……そういう意味ではカナンは便利な場所だと思う」


「そうか。じゃあまた一緒に仕事をすることもあるかもね」


「あぁ、私としても君たちのような良識があっておまけに腕が立つ熟練冒険者とはいい付き合いをしていきたいと思ってる」

 

 一郎のその言葉に、ジークが笑顔で頷いた。

 茉理としては聞き捨てならない話だったが、それを問いただすのは素面(シラフ)のときにしようと決め込み、店員が持ってきたジョッキを受け取って、テーブルの上に置く前に取り敢えず口をつけた。


「プハー! 美味しい!」

 

 ご満悦の茉理を見て三人が微笑んだ。



 一郎は茉理のことを好意的に見ているジークたちを観察して、彼女が上手く胸襟(きょうきん)を開いたと判断し、積極的に話を引き出し始めた。

 ここからが本格的な取材だった。

 出会いの切っ掛けやら、一番苦労した任務、他にもどの街が良かった悪かったなどなど。

 それを照れながら、ときに神妙な顔で答えるジークとマリア。

 一郎は自分で書いたストーリーをなぞる形だったが、彼らの視点でどう映っていたのかを聞くのは新鮮で、何度も何度も頷きながら更に言葉を引き出していく。

 どうでもいいことに茶々を入れる酔っ払いの茉理が良い感じに空気を和らげ、彼らは気持ちよく一郎の質問に答えてくれた。



 やがて夜も更け、食堂をにぎやかしていた客もまばらとなっていた。

 一応冒険者用の宿だから、深夜でも開けているが、長居が過ぎると迷惑になりかねない。


「……それじゃ、いったん解散しようか?」


「そうだな」


 ジークの閉会の合図で四人は立ち上がる。

 この場の勘定は自分が持つと言い張る一郎にジークが折れる形になった。

 茉理としても一番飲んだのは彼女自身だと自覚していたので、ジークに払わせることにならなくて良かったとホッと胸を撫で下ろす。

 全員で上機嫌なまま二階への階段をゆっくりと上り、部屋の前まで移動。


「……今回はありがとう。本当に世話になったよ」


 ジークの差し出す手を一郎と茉理はしっかりと握り返す。

 同じように差し出してきたマリアにも。

 そして彼らもお互いに握手してからそれぞれの部屋に入っていった。

 マリアも相当飲んだのか、足取りがフラついているのが茉理の目に印象的だった。

 それを見届けた一郎と茉理も部屋に戻る。 


「……さて、もうそろそろ俺たちの世界に戻るか。アイツらも今頃ログアウトしているだろう」


 一郎はレコーダーを取り出し、口元に持っていった。


「……『ログアウト!』――と言いたいところだが、今夜はもう寝るぞ」


 昭和の時代を彷彿とさせるフェイントに、茉理は酔いもあって付き合う様にずっこける。

 一郎は付き合いのいい茉理に腕を貸して立たせると口角を上げた。


「……今から戻っても書く元気なんて残っていないからな」


 睡眠不足だったのは茉理も同じだったので、彼女はベッドに思いっきりダイブする。

 やわらかいベッドが心地良く、目を閉じてそれを味わう。

 ふわふわとした高揚感と達成感。


「……ちょっとだけ、楽しかったね? ……ホント、最初はどうなるかと思ったケド」


 茉理は仰向けになって顔だけ一郎の方に向ける。

 一郎も同じようにベッドに突っ伏すと顔だけ茉理に向けて、口元だけ歪める。


「……まぁな」


 そして一郎は目を閉じた。

 やがて聞こえる規則正しい寝息。

 本当に疲れていたのだろうことが窺えた。

 茉理は一郎の寝顔を見ながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。


 

 そして翌朝、彼らは夜が明ける前にチェックアウトを済ませ、路地裏からこっそり現実世界に舞い戻るのだった。




 

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