第17話 良い子は返上してやる。
モートンとルイスは宿舎の二人部屋を割り当てられた。施設の三階には急な部外者が宿泊できるよう、常に空き部屋が用意されているという。隣室は冒険者ジークムントとマリア。
食堂で彼ら四人はこの施設で働く白衣に交じって食事をした。
ちょいちょい軽薄な表情を見せ、暗くなりがちな場を和ませようとするルイスだったが、時折表情が強張り、視線がせわしなく動いているのをモートンは決して見逃すことはなかった。
これは賊への奇襲をかけるときと全く同じ雰囲気。
まだまだ付き合いも薄いジークとマリアでさえその空気を悟ったのか、ルイスをチラチラと盗み見ている。
そんな妙な緊張の中で食事を終え、四人は足早におのおのの部屋に戻ることとなった。
「――明日は早めに出るから、もう寝よう」
後ろ手で扉の鍵を締め、ルイスが誰に言うともなく――とはいえここにはモートンしかいないのだが――ぼそりと呟く。
モートンは額面通りに捉えたりしなかったが、あえて反論せず合わせる。
「そうだな。身体を休ませるのも冒険者の大事な仕事だ」
茶化すようにそう告げれば、ようやくルイスも「わかってきたじゃないか」と歯を見せて笑った。
その深夜。
わずかな物音でモートンは目を覚ました。
眠りを極力浅くするのは軍時代に培った技術だった。
きちんと睡眠をとる。
だけど何かあればすぐに戦闘準備にかかれるよう緊張感を持ち続ける。
何かが動くと察していた彼はその心づもりで眠りについていた。
寝起きに関わらずはっきりした意識の中、微動だにせず背中方向を気配だけで探る。
その動きの主はもちろんルイス。
単に用を足すだけなのか……それとも。
――武装している!
仕掛けることが確定した瞬間だった。
このまま黙っている訳にもいかないモートンはゆっくりと身体を起こした、
「……ほう、やっぱり起きていたのだな。……それとも用を足すのか? 怖いならついて行ってやるぞ?」
「何をする気だ?」
モートンは彼の軽口を無視し、鋭く尋ねた。
そして枕の下に隠し持っていた短剣を突きつける。
ルイスは暗がりの中でも笑顔だと分かるように表情を動かした。
「……それを聞いてしまうと、後戻りできなくなっちまうが?」
質問対して質問で返す。
だがそれは彼が明確な目的を持ってこの地に来たと白状したのと同義。
そして帝国に対して何かを仕掛けるという意味で。
モートンからすれば……。
「――望むところだ」
ここで日和っても仕方ないと、彼も負けず劣らずの笑顔でそれに応じた。
ルイスは嘆息するとランプをつけた。
廊下に漏れない程度の極限まで小さくされた明かりがぼんやりと二人を照らす。
「早く動きたいから手短に話すとするか……」
冒険者は隠れ蓑なのだという。
彼は反帝国、反ラフィル教を掲げる組織に所属していた。
新興の帝国に祖国を滅ぼされ、その恨みを持つ者たちが作った組織。
同じく帝国によって潰された他の国々の残党が集まって今の形となった。
不毛の地大峡谷に本拠を持つ――。
「――アンテロープ」
今なお賛同者は増えているという。
……ジスタからも既に。
今回、組織はミーニンの軍事施設で古代研究における大掛かりな実験があるとを知った。
その調査の為にルイスはやってきた。
ガセの可能性もあった。
だけど動いているのはジョルジュ=S=ハインツ。
ミドルネームではあるが国名を入れることが許される存在。
皇帝最後の息子。
そしてラフィル教――厳密にいえば教皇と筆頭巫女の秘蔵っ子。
隠れた次期皇帝有力候補。
彼が無駄な動きをするとは思えなかった。
たとえ罠であっても何かしら得られるものがあると確信した。
ルイスは潜入員の伝手で研究物資運搬の護衛任務を請け負い、今に至る。
「まずは研究室に潜入しないと話にならないな」
資料を奪取。
出来なければ閲覧後破棄。
これが彼に課せられたミッションだった。
「どうする? ついてくるか?」
聞かなかったことにしてこのまま朝まで眠るもよし。
その頃にはルイスはもうこの地にいない。
成功しても……失敗しても。
「お前もいろいろと探られるだろうが、ギルドが無実だと証明してくれるだろう」
まだルイスと関わって日が浅いのだ。
それまではジスタ軍所属。
せいぜい隠れ蓑に使われただけの巻き込まれた人間として捨て置かれる。
多少帝国への立ち入りを制限されだろうが。冒険者をする上で多少の不都合はあるだろうが致命的とまではいえない。
ルイスの言葉にモートンは俯き、考え込んだ。
『――そろそろ【良い子】は卒業しろよ』
モートンは国を出るとき親友バラックからそんな言葉を貰った。
もっと自分に正直に生きろと。
それだけ彼の目にモートンは生真面目に映っていたらしい。
軍の為、国の為。それだけの人生だったかも知れない。
そして彼が『独立国ジスタ』を失い、思いつめないか心配してくれたのだろう。
たしかに軍人として、ジスタを守るものとしての生き方しか知らなかった彼は、例の一件で存在そのものを全否定されたと感じていた。
冒険者として広いセカイを見るというのはただの『逃げ口上』。
一刻も早くあの地を離れたかったというのが本音だった。
帝国を笑顔で受け入れ、その色に染まっていく祖国を見ていたくなかった。
あの結末こそが国を救う最善手だと政府中枢や軍首脳がはじき出したことは理解しているが、それでも感情がそれを割り切ることを許さなかった。
帝国に来たのも敵を知る為という意味合いが強かった。
そんなモートンだからルイスに目をつけられたのだろう。
彼の計画を聞いて彼の親切の意味をようやく理解した。
――そうだな、悪くない。
モートンの腹は決まった。
やはり自分たちをジスタの民を虚仮にした帝国や教会、そして白衣二人の思い通りにコトが進むのは不愉快。
ルイスのように壮大目的を持つ組織と関わる決断はまだ出来ないが、それでも。
モートンは無言のまま淡々と武装を始める。
意趣返しとしてという訳ではないが、乗るのが面白そうだと思えた。
――良い子は返上してやる。
どう考えても、間違った判断だと思う。
しかし、モートンはそれでもいいと思えた。
どうせ何かあったとしても被るのは自分だけ。
今までのように国や民ではない。
背負うモノがない自由の、どこへでも行ける自由の、何とありがたいこと。
彼は生まれて初めてそれを意識し、心から微笑んだ。
ルイス小さく頷き囁くように告げる。
「ありがとう」
「……別に。私にも思うところがあるということだ」
「それでも、だ」
「何をどうするのかは分からないから指示をくれ」
「あぁ、もちろんだ。よろしく頼む」
ルイスがふうっとランプの灯を消す。
そして二人は真っ暗な廊下を音もなく歩き出した。
隣室の冒険者二人を絶対に起こさないよう――。




