第16話 なんか気分ワルぅ。
新作投稿にかまけて、こちらの投稿がおろそかになりました。
申し訳ありません。
「――ん~。正直動力源としての価値は低いかもなぁ。そもそもの問題として、この石が持っている容量が小さ過ぎる」
一郎が眉間に皴を寄せながら計器の示した数値を指で追い、ぼそりとつぶやいた。
セットされていた指輪を取り出し摘み上げ、未練がましい目つきで睨みつける。
「それって……」
ジークが喜びの顔を見せるのだが、それを見た茉理は何とも居たたまれなくなる。
当然その後待っているのは――。
「一応、精密検査に回しておくか」
上げてから落とすのが一郎。
ジークは散々それに振り回されてきたはずなのに。
「本格的に数値を洗い出す必要があるが。……まあ、実験に使う程度なら使えなくもないな」
――だから、その言い方!
茉理はふふっと息を漏らして笑いを堪えた。
咎めるような視線が彼女に集まりかけたので、慌てて咳払いし与えられたセリフを告げる。
「そこまで必要性を感じないんだったら、返してあげなよ」
ここでバランスを取るのが『チェリー』の役割。
一郎はヨハンの顔で首を横に振った。
そう。
ストーリー展開上それだけは譲れない。
そこは茉理も承知。
そんな中、不意にアグネスが別の提案をした。
「その実験とやらに使ったら石はどうなります? 壊れたりしないのであれば――」
「……あぁ、使った後でならジークたちに返してもいいか、と?」
想定外だった彼女一言に一郎が目を見張り、首を捻った。
アグネスは頷く。
「もし無傷ならば、実験に使ったあと返すことが出来れば双方収まりますよね? ジークムント君の依頼主さんは別に『動力源』として欲している訳ではないようですし」
彼女がこんな親切な人間だと思わなかった。
百合の顔、百合の声をしながらもどこか冷徹な印象を受けたジスタの彼女とは少し違う気がする。
これが帝国での彼女ともいえるかも知れないが、それでも茉理はこの齟齬を覚えておこうと思った。
「どうだろうな。キズの一つや二つは残るかもしれないが、砕け散るといったことは……ないと思う。……たぶん」
ジークとマリアは見つめ合い、視線で許容範囲かどうかを確認している。
砕け散るのは問題外として、そうでないなら実験の結果を待つというのも……。
そう考えているのは明らかだった。
そこで当初の打ち合わせ通り、後ろから初老の研究者が現れた。
「――ヨハン殿、まずは本格的に測定しませんか? 話はそれからでしょう?」
「それもそうですね。……では、どうぞ」
一郎は丁寧な言葉で頭を下げると、彼に恭しく指輪を差し出した。
「そんな……勝手に」
ジークが不快感を示すも、ここは彼らにとってアウェイ。
研究者は指輪を受け取るとさっさと奥の部屋へと入って行ってしまった。
ジークたち冒険者らはアグネスの護衛の任務をこの場で解かれた。
研究施設の事務員らしき人物からそれなりの額の報酬が渡される。
当然モートンたちの分も。
「調査の結果が出るまでは宿舎でお待ちください。部屋は皆さまの分まで用意しております」
ジークとマリアは指輪の動向の為残るから当然として。
――モートンとルイス用の部屋まで。
二人は驚きの顔を見合わせ、小さく頷く。
こうして護衛四人はこの施設に残ることになった。
あとは研究者とセシルたちに任せて、一郎と茉理も部屋に引っ込む。
一芝居終え、彼女はホウっと息を吐き切る。
「……動くのは深夜だ。わかっているな?」
「……了解」
つまり寝坊するなということ。
だけど長期戦になるから身体は休ませろと。
ここまで全て一郎と茉理、そしてセシルの思い通りとなっていた。
今回セシルは『アンテロープ』という謎の組織を見極める為の罠として、この研究所を用意した。
信憑性を持たせるため、一郎と茉理を呼び寄せて。
そもそも、この研究所はダミー。
軍施設はそういう建物をいくつか用意してあり、ここもその一つということだった。
当然研究所奥に大事に仕舞われている機密情報もダミー。
まともに使える計器に至っては、一郎が使った簡易検査機のみだったりする。
それもこちらがあらかじめ入力した数値を表示するようイジってあったり。
それ以外のモノはハリボテ。
実際帝都の研究施設で使っているモノと外観材質はそっくりだから、ぱっと見では絶対に気付かれないとセシルは自信を持って茉理たちに説明していた。
……そしてモートンの相棒であるルイスがかかった。
モートンはおそらく知らないままについてきただけだろう。
セシルはジークたちが巻き込まれたとの報告を受けて一瞬驚きを見せたが、『……あの人は本当にそういうのが好きですよね?』と呆れた声を上げて笑い出した。
指輪はジークにちゃんと返すことがすでに決まっている。
そもそも指輪は本命を釣り上げる為の疑似餌でしかない。
だけど彼らにはきちんと踊ってもらわないといけない。
これは一郎と茉理の都合。
それより問題はアグネスだった。
茉理の目に、より吉川百合っぽくなっていた。
一郎に対する懐き方は少し違うが。
百合はあんな風に一郎にベタベタしない。
むしろあっさり。
出版社の同僚よりも身体的距離を置いているぐらいだ。
精神的距離は別として……。
――もしかしてセンセ、実は百合先輩にあんな風に優しくしてもらいたかったとか?
変な願望垂れ流しちゃって、サイテー!
……なんか気分ワルぅ。
茉理は枕に顔を埋めて足をバタつかせる。
「いきなり何だ! 埃がたつだろうが!」
一郎の嫌がる声が聞こえたから、茉理はより強く足をバタつかせるのだった。




