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第13話  だが断る


 

 百合が訪れたミーニン市教会は何とも美しいところだった。武骨で堅実な造りでとても華美とは言えなかったが、そのシンプルさが造形の美しさを際立たせている印象を受けた。中庭の壁面に備え付けられた説明の石板を読めば五百年以上前の建築とのことで、帝国が成立したより以前に建築された歴史的遺産でもあるらしい。それがラフィル教の優位性を証明していてうんぬんかんぬんと。

 つまりこの教会は現存しない国の手で建てられたもので、その国はラフィル教会を庇護していて。……だけど帝国に何らかの形で併合されて。そして今ラフィル教の総本山は帝国の首都アルマにあって――。

 

 ――いったい、どんなことがあったんだろうね。

 ……一郎センセってば、ぐちゃぐちゃさせた裏設定が大好きだから。


 百合はそんな思考に耽っていた。

 


 ドフォーレ教会の荷が届く前日に到着した彼女は司祭と呼ばれる初老の男性から目いっぱいのおもてなしを受けた。教皇直属親衛隊の名前は伊達ではないらしい。


『いえ、お気遣いなく。こちらこそ場所を借りてしまって』


 恐縮する百合がその場から逃げるように宿を探したいと伝えれば、ぜひ空いている部屋を使ってくれと返ってきた。

 そのための準備も済ませていると。

 あちらもあちらでこういう話になったとき、『良くも悪くも』思うところがあって万全の態勢で彼女を迎えることにしたのだろう。

 そこまでされては絶対に断れない日本人の百合。

 ギリギリ到着できるように調整すればよかったかと反省したが、それは性格上出来ない。

 こちらでお世話になっている間、掃除や何やと手伝うべく何度か申し出たが、全員からそれこそ小学生ぐらいの年回りの少年からも丁重(ていちょう)にお断りされる始末。

 確かに部外者、それも格上の人間を使うのは気が引けるだろうし、彼らの生活リズムが狂うのも分かる。

 これで本格的にすることがなくなった。

 百合が出した最適解は彼らに緊張させないよう出来るだけ視界に入らず、適当に街や教会内をウロウロして時間を潰すことだけだった。



 やがて年少のシスターが百合を呼びに来た。

 ようやくか、と彼女はホッとした笑顔で頷き案内を受ける。

 ここの教会が誇る美しい聖堂に姿を見せれば、そこに似つかわしくない屈強な一団が存在感を示していた。百合を案内したシスターが途端に表情を曇らせる。

 身綺麗にはしているが今にも血の匂いがこちらまで漂ってきそうな集団。この反応は良く分かる。ゲームセカイにおいて彼らがどういう存在なのか理解している百合でさえ、武器を持つ気の荒らそうな男たちには忌避感を覚えた。多感な、それも神に仕える無垢な少女ならば当然。

 その連中の先頭にはアタッシュケースのような取っ手付きの頑丈な箱を抱えた、何とも頼りなさそうな男が立っていた。パッと見、チンピラに囲まれている中年サラリーマンのように見えなくもない。


「……アグネス様ですね?」


 その彼が意外にしっかりした声で尋ねてきた。

 おそらく彼がドフォーレ商会の者。


「はい、その通りです」


 百合は短く返答する。

 それを受けて中年は備え付けられていた机にケースを置き、慣れた手つきで開いた。

 そこにいくつか箱が並んである。

 似たような色の箱で百合の目には見分けがつかない。

 しかし男は迷わずその中の一つを取り出し、うやうやしく蓋を開けてみせた。


「……こちらで間違い御座いませんか?」

 

 そう言われても困る。

 自分の名前で買った訳でなし、特徴を聞いている訳でなし。

 場所と日時を指定されて受け取れと指示されただけの小間使い。

 だけどこの緊迫した空気が知らないなんて言わせない。

 百合は皮肉気に微笑み「えぇ、確かに」とだけ返す。

 偽物を掴まされることはないだろうと信じて。

 ここで百合はようやく一団の顔を見渡した。

 とくに現れるであろうと推察していたジークムントとマリアの確認は最優先。

 小説の中の存在に会えるのは中々に嬉しいこと、彼女はこの日を楽しみにしていた。

 ジークはここにアグネスがいるのを知っていたのか特に感慨なし。そして隣のマリアは、とそちらに視線を移せば……何かとんでもない衝撃があったのか、食い入るように百合を睨みつけているではないか!


 ――まさか二人で意思疎通出来ていなかったとか?

 彼氏彼女なのに?


 そちらに気を取られながら応対していたら、いつの間にかドフォーレ商会の者と護衛の者たちが去っていた。その中で残った人間が二人。

 当然の主人公の彼らだった。





「――久しぶりね」


 取り合えずの再会の挨拶をした百合だが、ジークが今更ながら目を見張った。

 マリアは相変わらずの警戒。

 女の敵扱いされることが慣れている百合でさえ少々傷つく。


「どうかした?」


 彼女が問いかけるとジークは苦笑いを浮かべる。


「いえ、前と全然印象が違ったから驚いただけ」


 百合はちょっと顔を歪めた。

 その辺りは完全に意識の外だった。

 だけどこんな時の為に便利な言葉がある。


「その時々に応じて変えるのが私に求められている仕事なの」


 ジスタで会ったのは傭兵アグネス。

 今の百合は親衛隊アグネス。

 つまりは別人。

 ジークは「なるほど」と頷いて納得した。


 ――あらあら、随分素直な性格だこと。


 これならこの先いくらでも誤魔化しが効きそうだと百合は胸を撫でおろす。


「で、わざわざ再会の挨拶に残ってくれたという訳でもないのでしょう?」


 百合は話しやすいように振ってやった。

 



「その指輪を返して欲しいのです」


 ジークが百合の手元を指して口にした。

 彼女としてもおそらくそれが理由だと察していた。

 それでも気のないフリで問う。


「なぜ?」


 ジークは語りだす。

 その指輪は依頼人である老職人の妻の形見なのだと。

 そもそもそれは詐欺的手段で買い取られてしまったモノで、店に出ていたそれをアグネスの代理人が買ったのだと。出来れば買い戻したいと。

 

 ――なるほど、そうきたか。


 ジークには大義がある。

 対するアグネスは合法的に手に入れたと堂々主張し、彼の願いを無視してセシルに渡そうとする。

 結果ジークは両者と対立になる。

 その場に敵か味方か分からないヴィオールの科学者二人も現れる、と。

 

 ――これがセンセのストーリー。


 ここらでジークを()()()おきたいのかも知れない。

 そこまで一郎の思考を追いかけて百合は了解とばかりに頷いた。

 説得成功かとジークの顔に喜色が浮かぶが、百合はそんな彼に微笑みかけ――。


「だが断る」


 そう無情に告げた。

 この一手しかない。

 浮き上がらせてのその仕打ち、それも旧知のアグネスにされたのが相当(こた)えたのだろう、ジークは表情を絶望的に曇らせた。


「あなたたちに譲れないものがあるのは分かったわ。だけど私にも同じぐらい譲れないものがある」


「――どうしてもその指輪でなければいけないのですか?」


 ここでマリアの参戦してきた。

 百合は「さぁ」と気のない返事をする。

 あからさまにムッとした顔を見せるマリア。

 中々の迫力だけど女としての戦いで一度も負けたことがない百合は半笑いでそれをいなす。


「今のところ私がこの指輪の所有者だけど、そもそも()が欲しかった訳じゃない」


 作者である一郎か受け取り先であるセシルに聞いてみないことにははっきりしないが、この指輪がこのエピソードのカギである以上、唯一無二の指輪なのだろう。

 間に入っただけの百合が勝手に渡せるモノではない。

 

「では()と交渉すればいいの?」


 行間を読めるジークの建設的な言葉に敬意を表して、百合は素直に答える。


「二人も知っている子よ。……セシル様」


 この答えはある程度予測していたのだろう、二人は頷いた。

 どう考えてもこういうストーリーだと現実世界の住人である彼らも薄々気づいていたのだろう。

 これが王道。

 結末で気を(てら)うことが好きな一郎だが王道は大好き。


「モートンさんといい、アグネスさんといい。……偶然が重なるものですね」


 ジークは苦笑いを浮かべて肩の力を抜く。

 どうやら長期戦を覚悟したのだろう。


「……へ? モートン?」


「……? さっき、いたでしょう?」


 百合はあいまいな笑みで誤魔化した。

 二人はそれで察したのだろう。


「いましたよ。ちゃんと覚えてあげてくださいよ」


 ジークが呆れた。


「いや、……まぁ、正直ここにいるなんて思いもしなかったから……」


 言い訳にならない言い訳を()る百合。マリアの反応が気になり過ぎてそれどころではなかったとは口が裂けても言えない。


「……そういうこともあるかもしれませんね」


 そこで助け舟を出してくれたのは、まさかのマリアだった。

 先程の言い合いから考えて絶対に敵だと思っていたところからのフォロー。

 水商売をしているという彼女にそういう経験があったのかもしれないし、ここで軽く恩を売っておこうという彼女特有のバランス感覚かもしれない。

 どちらにしろ、百合の中でマリアの評価が上がる。

 そのこともあって助け舟を出すことにした。


「明日、ここから少し離れた場所にある『研究所』に向かうわ。もしよかったら護衛してくれる? ……モートンに声を掛けてくれてもいいわよ?」


 おそらくこれすらもカタリナや一郎の意思に沿ったストーリー。

 どうせなら、このセカイを楽しんでやろうと百合は笑顔で提案する。

 二人はそこにセシルがいると察したのだろう、顔を見合わせ頷くのだった。


「では明日の朝、この街の公園前広場で」


 そう告げた百合は宝石箱を掴み、彼らに背を向け荷物を取りに部屋へと戻っていった。




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