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第12話  おい、少年。そこまで頑張らなくていいぞ。



『――ちょっと、ドコ行く気?』


『――またジスタ? そんな気分じゃないって!』


『――今度はドコよ?』


 これらは全てコッチに来てからの茉理のグチだ。

 二人は先の手順を話しながら馬車移動の日々。茉理を黙らせる為に取り合えず口を名物料理たちでふさぐ毎日。一郎は伏線を張るべく精力的に活動していた。

 まずはジスタで元老院の中心人物に上り詰めたディフと会談。ヴィオールはこれからも帝国領ジスタと友好関係にあるという本国からの書状を手渡し、早々に退散。そして今度は帝国領アルマンドスへ。

 ここでようやく二人の物語が始まる。


「――レイ=パスカルです」


 なんとも言えない美しい所作に一郎の隣の茉理も『ほほう』と感嘆の声を上げた。

 それもそのはず彼は歴とした貴族子息であり、教会関係者であり、そして生粋の軍属家系でもある。それらで揉まれ、礼儀作法を学んできた彼はどこに放り込んでも『大丈夫な存在』だと本人の意図しないところで周囲から一目置かれていた。彼自身は毎度毎度貧乏くじを引かされ続けているとしか思えなかったが。

 今回は白衣二人の案内役。内心不満タラタラだが『これも重要な任務だから』とグッと飲み込む。


「一応……はじめまして、ですね?」


 レイ少年は顔を上げ、人懐っこい笑みを浮かべた。




「――パスカルというのは、もしかして?」


 挨拶もそこそこに一郎はレイが待っているであろう言葉を投げかけた。ちょっと驚きの顔を見せるのがニクい演出。少年は得意げな微笑みを見せた。


「はい、そのパスカル家のパスカルです。家督は兄が継ぎますが、私はその補佐に足る存在を目指すべく現在修業中の身です」


 そこにあるのは混じりっけない一族の誇り。


「え? アルマンドス領主の?」


 遅れて茉理も驚きの声を出した。こちらも中々芝居が上手くなってきている。アルマンドス領主――つまりはかつての王族だ。現在の帝国でもそれなりの立場とそれに見い合う権力を堂々保有する確固たる存在。


「はい、そうです」


 レイ少年は茉理に頷き、改めて視線を合わせる。瞬間はっと目を見張り耳を赤く染め上げていった。

 年齢的、風貌的にぴったりの二人だ。

 一郎の目にも何とも初々しい光景だった。

 遠巻きで見つめている大人たちが思わず絶句する程の美少年美少女の組み合わせ。茉理にそのつもりがないのは確実だが、レイは完全に恋する少年の顔になっていた。


「……イロイロと目がありますから、こちらへどうぞ。馬車を用意しております」


 レイ少年は周囲を見渡し苦笑いする。 

 彼はこの領地においてアイドル的存在だった。

 この領地の象徴であり畏怖と敬愛を一身に受ける領主夫妻、次期領主として何ら不足なく今は帝国軍でメキメキ頭角を現している将来性抜群の兄、美しく毅然とした令嬢に育った姉、そんな家族皆が猫可愛がりしてきたのが末っ子レイだ。

 領民も同じように思っていた。

 領民総保護者状態とは言ったもので、友達と街に出るのが好きだったレイは幼少期から皆の温かい視線に包まれて育ってきた。

 セシルの近くにいるようになってアルマンドスにいる時間が減ったのを不満に思う領民たちが『早く領に戻せ』という嘆願書を定期的に投げ込んでおり、領主夫妻を困らせている。

 レイは大人たちに手を振り会釈をしつつ、茉理をエスコートしながら颯爽と馬車に乗り込んだ。



 先程彼が言った通り『一応はじめまして』だ。

 だが何度かニアミスしている。

 かつてジェシカの名前で賊に紛れ込んでいた姉であるベアトリスが気絶させられたとき、それを神妙な顔で馬車まで運んだのも彼だった。

 今回は一郎の考える前半戦の山場。

 ジークとセシルが敵味方として指輪を巡ってぶつかる。

 親衛隊アグネスも顔を出す。

 さらに新しく冒険者になったモートンが参戦。その彼に接触した『別組織』。

 そこにヴィオール研究者である二人もレイの案内を受けて登場。

 国籍身分立ち位置など違う者たちがミーニンの軍施設――古代文明研究所に集まる。

 そんなカオスを作り出したのはもちろん黒幕カタリナ。

 一郎はほくそ笑む。

 作者としてきちんと形を作らなければいけないという気負いよりも、思う存分暴れる様を見たいという興味の方が強かった。


 

 当然、彼ら一行は宿に泊まる。

 一郎と茉理が同部屋なのは言わずもがな。護衛兼案内役兼監視のレイがいるのだ。二人きりで綿密な打ち合わせを行うには同室でなければならない。そんな事情など知らないレイ少年は、年の離れた男女でが密室で一夜を過ごすことに対して思うところがあるのか、口をパクパクさせていた。が、結局何も言えず一郎を恨めしそうに睨み、茉理へはこっそりと憐れむような視線を向けていた。


 ――少年ガンバレ。

 だが茉理は全く気付いていないぞ。


 一郎はそんなレイ少年をつぶさに観察する。

 三人で食事をしながら帝国や世界情勢についての情報交換も行った。


「――ジスタは帝国にとっての新しい防壁です。アルマンドスの悲願でしたからね。もちろんジスタにはそれなりの予算が下りる予定です。病床の皇帝陛下がそれを強く望みました。おそらく先逝く陛下からセシル様への最後の援護射撃でしょう」


 アルマンドスが未来の皇帝側近候補を想定して育てた存在だけあって、若いながらも冷徹な為政者としての側面も垣間見られる。


「……陛下は()()()()までに?」


「えぇ、()()()()


 声を落として話し合う二人の横で、会話に加わろうとしない茉理が周囲の客をドン引きさせるぐらい食べていた。

 カナンで度々見られた光景だが、帝国では初お目見え。

 レイも次第に言葉少なになり、次から次へとテーブルに運ばれる料理をブラックホールのように吸い込んでいく彼女を食い入るように見つめていた。


 ――これはさすがにちょっと恋心が減ったか?


 レイ少年は目の前にあるサイコロステーキにフォークを突き刺し、神妙な顔で茉理の口元に持っていく。それを秒で食らいつく茉理。

 

 ――なんだコレ?


 レイ少年はパァっと表情を明るくして次から次へと口元に持っていく。

 それをジョッキ片手にパクつく茉理。

 少年は気色満面で餌付けを続ける。

 一郎が変な性癖を開眼させたかと設定ミスの可能性すら思い浮かべるほど。

 その異様な光景に冷ややかだった周囲の視線が一気に熱を帯びる。

 

 ――おい、少年。そこまで頑張らなくていいぞ。


 一郎はじゃれ合う二人を見て、何とも言えず苦い酒を呷るのだった。



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