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第19話  おでこにキスとか?


 茉理たちが森を抜け無事コリン村へ戻ることが出来たのは、夜もどっぷりと更けた頃だった。

 それなのにも関わらず村の広場ではかがり火が盛大に焚かれており、住民が総出で彼らを出迎えた。


「おかえり!」


 最前列で今か今かと帰りを待ち構えていたフィオが、ジークムントの元へと駆け寄り腕を取る。「こっち」と何度も彼を強く引っ張って広場の中央まで案内してから、再び住民の輪の中に戻っていった。

 そんな彼を抱きしめるのは父であるバルド、隣にいるのは母だろうか。ラズが両脇に抱えている小さい子供たちはきっと弟と妹だろう、眠そうに顔をこすっている。

 それでも彼らは英雄の凱旋(がいせん)をずっと待ち続けていたのだ。

 広場の中央でどうしたものかと全員で顔を見合わせていると、村長が奥からやってきて、彼らの前で(うやうや)しく一礼する。


「今回は本当にありがとうございました」


 皆に聞こえるよう礼を告げ、その後ジークに近寄りこっそりと呟く。


「……先に報酬をお渡しすべきなのかもしれませんが、村の皆がこうして出迎えている以上、それはあまりにも無粋(ぶすい)かと思いまして。……明日出発前に私の家まで受け取りに来ていただけませんか?」


「ありがとうございます。気を使っていただき感謝します」


 ジークが苦笑いしながらも丁寧に返礼した。茉理も思わず噴き出しそうになる。確かにこんな衆人環視の状態でお金を受け取ったら引くだろう。結局金かよって。

 村長さんの機転を四人は笑顔で称えた。


「さぁ、皆さまお腹もすいたことでしょう、村の者たちがよりをかけて用意いたしました。今夜はお腹いっぱい召し上がってください!」


 村長は最初に会った時とは全然違う、好々爺(こうこうや)丸出しの笑顔で祝勝会の開催を宣言した。



 そこから大宴会が始まった。

 喧騒の中でも眠気に勝てない子供たちは、既に親の膝などに頭をのせてぐっすりだ。 

 陽気に飲めや歌えで盛り上がる中、皆は次々に英雄の為にお酒を注ぎにやって来る。

 ちなみにこのセカイで飲酒規制はないらしく、明らかに未成年に見える茉理にさえも注いでくる。

 ジークだけは申し訳なさそうにお酒を断り、ジュースを飲んでいた。


「……心配するな。宴会が始まる前に『お酒を飲んでも翌日に影響は出ない』とレコーダーに吹き込んでおいたから。……ここで酒を断るのは無粋ってヤツだろう?」


 一郎はニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべる。

 いいこと言っているのに何かを企む顔はやめた方がいいと思いながらも、茉理は一郎にグッジョブと親指を上げてみせる。


 ――まさか一郎センセに粋だとか無粋だとかそんなことを気に掛ける回路が存在していたとは!

 でもこれで心配いらない。


 茉理はなみなみ注がれたお酒を笑顔で思いっきり呷って見せた。


「おお! 嬢ちゃん、いい飲みっぷりじゃねぇか!」


 おっさんたちが色めき立つ。

 茉理は何故かおっさんキラーに認定されたようで、おっさんたちが続々と集まり彼女のグラスに注ぎに来る。村長も「イケイケ!」と楽しそうに注ぐ。


 ――二日酔いにならないなら怖くない! どんとこい!


 茉理は注がれる酒を片っ端から飲み干した。



 おとなしいと思っていたチェリーが楽しそうにお酒を飲んでいるのを見て、ジークは自然と顔がほころんでいた。彼女の周りの大人の男たちが、やんややんやとはやし立てている。

 ジークはいつもどうお酒を断ろうか悩んでいたが、彼女が代わりに飲んでくれているので一安心。心の中で彼女に何度も頭を下げた。

 ふと彼が視線を移すとバルド一家が見えた。フィオは眠たそうだけど頑張って起きている。


「それじゃ()()()()()でもねぎらいに行こっか?」


 ジークはマリアに視線をあわせて微笑むと、笑顔で立ち上がった。そしてフィオ一家の元へと移動する。近付く二人に気付いたのは笑顔でフィオを撫で回している女性だった。


「このたびは本当にお世話になりました。何と言えばいいのか分かりませんが、この恩は一生忘れません」


 おだやかでほわっとした雰囲気の女性が感謝の言葉を告げる。そんな彼女の肩にまわされているのはバルドの長くて太い腕。一時は夫と長男の命をあきらめただろうに、彼女はそんな悲壮感などなかったような弾ける笑顔をみせた。


 ――本当に頑張った甲斐があった。


 ジークは心の底からそう思えた。


「ジークさんがオヤジとアニキを守るために戦ってくれたあのとき、……オイラ、本当に感動したんです」


 フィオは涙声でジークたちに心からの感謝を告げる。そんな彼を例によってバルドが抱きしめようとするのだが、そうはさせじとフィオの母が大柄な夫を軽々と突き飛ばしフィオをぎゅっと抱きしめ頬ずりする。


「……ウチはなんだかんだ言って母親が一番強いんですよね」


 小さい子供に前と後ろから抱きしめられて身動きの取れないラズの、その一言に家族全員が微笑んだ。突き飛ばされて地面に転がされたバルドも本当に幸せそうだった。

 ジークとマリアは見つめ合って一緒に声を上げて笑う。

 二人して見上げれば、満天の星空が祝勝会に花を添えてくれていた。




「――ねぇ、……センセ? ……そっち系統のウソは……絶対にダメだって。……ねぇ、……センセ、聞いてる?」


 翌朝。

 二日酔いで起き上がれない茉理は一郎を泣きそうな目で見ていた。

 ジークとマリアは一足先に食堂へ朝ご飯を食べに行った。

 そんな気になれない茉理はベッドから起き上がるのを拒否、面倒を看る為に残った一郎に対して盛大に愚痴っていた。


「ウソは言ってない。俺は元気だからな」


「……何? ……そのだまし討ち。……ねぇ、私って味方だよね?」


 茉理が悲しそうな目で一郎を見つめる。

 流石に一郎もやりすぎたと反省し、レコーダーを取り出す。

 

「……ちょっと待ってろ。『一郎が茉理にデコピンすると彼女の二日酔いが治った』と。これでいいだろ?」


「よくない!」 


 叫ぶと頭が痛むのか、彼女は枕に顔を押し付けて唸る。


「……じゃあいくぞ?」


「えぇ? 絶対痛くするよね?」


「しないって」


「いや、する! だってセンセだもん。優しくしてくれるんだったら、わざわざデコピンにしなくてもいいじゃん!」


「……じゃあ、何がいいんだ?」


 まだ酔いが残っているのか身を(よじ)りながらイヤイヤする茉理の、その何とも言えない仕草に一郎は溜め息を吐いた。取り合えず提案ぐらいは聞いてやろうと彼女のベッドの(へり)に腰かける。

 茉理はしばらく天井を見上げて考えてから――。


「……おでこにキスとか?」

  

 そう口走り、耳まで真っ赤にする。


「……して欲しいのか?」


「……バ……バッカじゃないの? いい訳ないでしょ!」


「……じゃあ言うなよ」


 一郎は寝転がっている茉理に覆いかぶさるように身を乗り出す。


「ちょっと、近い。近い!」

 

 彼はそれを無視してゆっくりと右手を彼女の額に当てた。


「いくぞ? ……いくぞ?  ……あ、ちょっと待ってろ」


「するなら早く――」


 パチン。

 完全に不意を突かれた茉理は悶絶する。

 してやったりと一郎は晴れやかに笑った。

 

  

 準備を終えた四人が村を出ることになったのは日が昇りきってからだった。

 見送りに出てきたのはフィオ一家のみ。

 ほかの村人たちは気を利かせたらしい。


「俺たちも、そろそろマイルの村に戻るつもりだ。被害は少ないとはいえ、いろいろやらなきゃならないことがあるだろうからな」


 バルドが笑顔で告げる。


「今回のことで身の程を知りました。私は村を守りながら地に足をつけて生きていきます」


 一方兄のラズは神妙な顔をしている。

 冒険者はあきらめたらしい。


「だらしねぇな。オイラは絶対に冒険者になるからな。ジークさんみたいに人助けするんだ!」


「そうか! もし冒険者なれたら一緒に仕事しような!」


 ジークの弾む言葉にフィオは満面の笑みで頷く。


「みなさん本当にありがとうございました!」


 フィオが涙目で大きく手を振り、四人も同じように振り返す。

 そして軽い足取りでカナンの街に向った。

 


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