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第6話  帝国が揺れる。当然ウチと国境を接するラクーンも揺れる


「――名前も告げずに呼び出して悪かったね。本当によく来てくれた」 

 

 ジークとマリアが呼び出されたのは立派な屋敷だった。メイドに案内され通された部屋に待っていたのは、彼らが想像していた通りゴート国のシャルル王子と子爵令嬢リーゼロッテ=ギルバート。

 二人が笑顔で出迎えてくれた。

 なぜこんな展開になったのか。

 話は少しだけ遡る。



 夜でも人通りの絶えないチョークの街。むしろ夜からが本番といった感じか。ゴート国の東端に位置し、帝国領ラクーン公国との国境の街だ。

 ジークとマリアはセリオで受けた依頼をこなす為の依頼を果たすべく国境を越える……予定だった。

 だが意気込む彼らは出鼻をくじかれる。

 国境越えには証明書が必要と知らされたのだ。冒険者は冒険者ギルドで、商人は商人ギルドで、貴族や平民は住んでる地域の役所などなど。そのことをゴート兵から丁寧に説明受けた。

 なんでも数日前唐突にそう決まったのだという。上層部からのことで国境を守る彼らにもよくわからないとのこと。

 説明する兵士たちは高圧的な態度ではなく終始申し訳なさそうで、二人も笑顔で引き下がることができた。その足で最寄りのギルドに向かえば、翌日には難なく発行されるとのことで一安心。

 結局一日を持て余した彼らは観光と再準備のためにこの街にとどまることにした。

 それもあらかた終わり、さて今夜はどこのお店でご飯を食べようかとデート感覚で相談する二人に声をかける兵士が現れたのはそのときだった。


「……本日国境越えを希望されていた冒険者様ですか?」


 振る舞いだけでなく物言いも丁寧そのもの。身なりも国境を守る彼らよりも数段立派。ジークは緊張感を持ちつつも笑顔で頷く。


「お名前はジークムントさんとマリアさんで合ってますね?」


「そうです」


 ジークが答えると兵士はほっと息を吐いた。そして続ける。

 

「実は我が国の者がどうしてもお二人に面会を申し出ておりまして、事情により名は明かせませんが……私と一緒に来てもらえます……か?」


 兵士は困った顔で二人の顔色を窺った。

 こんな言い方でいったい誰が同行するのだと彼自身が納得していなさそうに感じられた。だけど命令だから仕方ない。そんな雰囲気が言葉と表情からありありと発せられていた。 

 ジークとマリアはどうしたものかと首を傾げる。少なくともこの兵士はジークとマリアの名前は知っていた。危害を加える気もなさそう。何より誠実さを感じた。……さりとて罠の可能性も否定できず。


「……あのですね。偽名ですがアインと名乗る女性もおりまして、彼女から『その名前を出せば分かってくれる』と。……そんな都合のいいことなんて……ありませんよね?」


 兵士は困惑しきりで額の汗を拭く。だけど二人には今の言葉でそれで十分だった。


「わかりました、ぜひ案内してください」


 そんな話あるわけないと考えていた兵士は「……ウソだろ!?」と素に戻って目を見開いた。


 

 そして今に至る。

 お互いに軽い近況報告などをしながら食事をし、食器が下げられた頃シャルル王子はようやく本題を切り出した。


「国境を警戒させたのには理由がある」


 彼は一旦紅茶で口を濡らし続ける。


「……帝国が揺れる。当然ウチと国境を接するラクーンも揺れる」


 王子は声を落とした。

 皇帝が危篤状態なのだという。老衰と言っていい年齢。持ち直しても一時のこと。帝国内でもこのときを待っていた人間が少なからずいたのは隠しきれない話。

 ここから帝国において後継者争いが本格化するのだという。ゴートと接するラクーンは対外硬の第三皇子擁する派閥の系列。


「後継者候補として存在感を示す為、彼らは何を考えるのか」


 シャルル王子の言葉にリーゼロッテが頷く。

 だからお互いの通行に許可証を発行することにした。あちらから入ってくる分にも当然それを求める。


「流石にいきなりの侵攻はないと考える。だが絶対に彼らは()()を頭の中に入れて行動してくるだろう。……私には『生きた目』が必要だ」


 王子はジークとマリアを順に見つめた。何が言いたいのかは理解した。ただでさえ依頼が重なっているというのに、とボヤきたい気持ちを抑えて二人は頷く。

 告げたのはリーゼロッテだった。


「ギルバート家子女のリーゼロッテとして依頼したい。ラクーンの様子を見てきてほしい。何かを探れとかではなく、単に空気感を。ゴートの民でもなく帝国の民でもない第三者の冒険者として。庶民は戦争を覚悟しているのか、皇帝争いが自分たちの生活にどんな影響を与えようと構えているのか、そういったことでいい。多くは望まない。進軍計画などはこちらの手の者の仕事だから君たちに求めたりしないから安心してほしい」


 その程度であれば、と二人は了承した。



 せっかくだからこちらも情報が欲しいと、今度はジークが切り出した。

 

「――ドフォーレ商会ってご存じですか?」


 その問いかけにシャルル王子は頷いた。


「装飾品を扱う業者だね」


 だけどリーゼロッテが苦笑を浮かべる。どうやら彼女違うことを知っているらしい。どんな情報でも欲しいジークとマリアは心持ち前のめりになる。


「……それは()()()の話だから」


 実に思わせぶりな発言だった。


「その実は盗品を扱っている商会だよ。何度か我が家にも売り込みに来た。モチロン突っぱねたよ。もし我が国の商会だったら荒鷲騎士団(ウチ)で踏み込んでいるな」


 しかしながら貴族の中には盗品とわかっていても欲しがる人間がいるという。

 ドフォーレ商会はパーティの噂を聞きつけると、出席予定の令嬢とかに売り込み営業をかけるらしい。

 たとえばカナンでの盗品をゴート貴族に売りつける。ゴートの盗品を帝国貴族に売りつける。

 冒険者や商人ギルドの調査で持ち主が判明しても、貴族は『金を出して買ったのだから』で逃げることができる。商会も同様だ。『盗品だと知らずに買い取った』。

 現代人であるジークとマリアは善意の第三者という言葉を知っていた。それでも返還義務はあるのだが、このセカイにそれは無さそう。盗まれた人は泣き寝入りだ。


「……そもそも盗まれたことにするという中々したたかな貴族もいてね」

 

 リーゼロッテは不満げに口元を尖らせる。

 貴族が家計の足しの為に宝石を売ったと知られれば体面が悪い。困窮しているのかと探られたくもない肚を探られる。

 だからあえて盗まれたことにしておく。

 そして泣き寝入りしたふりをする。必要な時にドフォーレ商会などで中古宝石を買う。そんなサイクルをで急場をしのいでいる貧乏貴族もある。そんな彼らが商会を支え、つけあがらせているのだとリーゼロッテは吐き捨てた。


「私は社交が苦手だからあまり出席しないし、同じ宝石をつけることも苦じゃないけれど、着飾るのが大好きな令嬢は、ね?」


 マリアもそんな女性を知っているらしく、実感のこもった頷きを見せる。

 国内に領民の困窮など知ったことかという領主がいるという現状を二人は嘆く。


「着飾ることが令嬢の物差しではないと彼女が僕の隣に立つことで示し続けてくれているから、新興貴族の令嬢たちはずいぶん変わってくれているんだが、旧家の令嬢たちはいまだにそんな感じで」


 それでもゴートも変わりつつあるらしい。腰を据えて取り組んでいくそうだ。




「――で、そのドフォーレ商会がどうかしたかい?」


 シャルル王子の言葉にジークが頷いた。そしてここまでの経緯を話す。


「そういうこと……。ヒドい話ね」


 リーゼロッテが深い息を吐いた。


「この流れだと知らぬ存ぜぬで門前払いされそうですね」


 マリアが憂鬱気に呟く。

 冒険者が詰め寄ったところで貴族と関係のある、それも弱味めいたものを掴んでいるドフォーレ商会は何とも思わないだろう。下手すればあらぬ罪を被せてお尋ね者に、なんてことも。

 

「だからといって潜入して持ち帰るというのも、ただの犯罪になるね。表向き彼らは持ち込まれた宝石を適正価格で買い取っている優良業者だからね」


 リーゼロッテは相変わらず武闘派な意見だが、無理攻めだと理解しているのか声に元気がない。

 王子が「よし!」と声を上げた。


「役に立つか分からないけれど私が君たちの保証人になろう。ゴートの王子がその指輪の買戻しを希望しているのだと圧力をかけるのだ。彼らだってさすがに敵に回していい人間と悪い人間の判別ぐらいはつくはず」


「本当ですか? ……そこまでしてもらって申し訳ないです」


「いやいや、君たちは僕らの恩人でもあるからね。それに依頼人でもある。これからも仲良くやっていこうというこちらからの親愛のしるしとして受け取ってほしい」


「ではお言葉に甘えて」


「では私からの証書は明日の朝、君たちの宿に届けよう」

 

 縁は大事にしておくものだという父健太郎の言葉を噛みしめながら、ジークは丁寧に頭を下げた。


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