第18話 ちくしょう! ここで指パッチンか!
一郎は咳払いをして、全員の注目を戻す。いきなりの禁呪発言にざわついた空気が再び引き締まった。
「私の魔法で動きが止まった瞬間を狙って、チェリーは全力で例の呪文をぶちかましてくれ」
反論するのも面倒だから、茉理は頷くに留める。
「その間にマリアはジークに防護強化魔法を」
「……はい」
「そしてジーク、……君にはこれを」
一郎はいつの間にか手にしていた刀身が赤く光る剣を差し出した。
「……これは?」
「先程キメラと戦った広間で拾った剣だ。……随分と劣化しているから剣としてはもう使い物にならない。だけど使い方次第では十分役に立つ」
何かを企む笑顔の一郎に、ジークは怪訝な顔をしながらも黙ってそれを受け取る。
「……それを君の自慢の脚力でサイクロプスの頭まで駆け上がり、弱点でもある目に突き立てて欲しい。道は私たちで作る。……その後は速やかに離脱して欲しい。それを待って私がその剣に残っている全魔力を一気に開放する。おそらく頭を吹き飛ばすぐらいの威力はあるはずだ。……それでイケる!」
そう告げると一郎はサイクロプスに微笑みかけた。
誰が見ても挑発だとわかるその笑顔で。
「静謐を愛する茨の君。我が名はヨハン=ベルムート。我、汝に問い給う。其の――」
一郎は『いかにも』な中二病満載の詠句を、訳の分からないポーズ付きで唱え始める。ジークとマリアは身動ぎすることなく、じっと彼の小芝居を見ていた。何かとんでもないことが始まるのではないかと期待に満ちた目をしながら。
実際一郎は何度もこのセカイの常識から外れたことを彼らに見せつけてきた。
絶対にその瞬間を見逃すまいと、瞬きすら忘れたように一郎の一挙手一投足を見つめている。
茉理からすれば、それが本当に我慢ならなかった。
彼女だって誰もが驚くほどの凄い魔法を使っていた。
それこそ魔法使いの到達点とも言われている強力な魔法を。
あのキメラでさえ一撃で屠る程の。
だけど悲しいかな詠唱は『アレ』だった。
茉理は悔しさを噛み殺しながら一郎を睨みつける。
――噛め! さぁ、思いっきり噛んでしまえ!
そう、心の中で盛大に悪態をつきながら。
「――かの者を汝の力で縛り給え!」
だが一郎は茉理の願いも空しく、最後まで詠唱もどきを噛むことはなかった。
一瞬の静寂の後、突然地面から数百本の太いトゲトゲの茨が飛び出してくる。そして派手なエフェクトでそれらがサイクロプスの巨体に次々に絡まっていった。両手、両足、肩、腰に至るまでまさに雁字搦め。
――すげぇ! メチャクチャカッコいい! ちくしょう!
茉理が歯噛みしながら一郎のドヤ顔を睨みつけていると、彼が彼女に向き直って叫んだ。
「チェリー!」
彼女は仕方なく頷くと、サイクロプスに手のひらを向けた。それと同時にマリアもジークに魔法をかける為、詠唱を開始する。
「……『隣の家に囲いが出来たんだってね? ……うおぉぉる!』」
茉理は理不尽な思いに打ちひしがれながら小声で例の頭のオカシイ詠句を唱えると、彼女の手のひらに何かの力が集まっていくのが感じられた。彼女はその理屈を分からないながらも、本能に従って思いっきり開放してやる。
茉理の身体に内蔵された魔力を盛大に喰らって生成された渾身の三属性複合魔法が、一郎の禁呪のおかげで身動き取れないサイクロプスへと一直線に飛んでいく。
それが直撃し、ひっそりとした山奥に途轍もない轟音を響かせた。
☆
あまりの衝撃にサイクロプスが膝をつきながら怒りの咆哮を上げるが、それでも茨はまだ幾重にも絡まったままだった。
チェリーの強大な魔法を見届けたジークは、自分がどのように巨大なモンスターの頭を目指せばいいのかを頭でシミュレーションしながら深呼吸する。
そして数回跳ねるようにステップを踏んだ。
「……よし!」
彼は気合を入れると、地面に付いたサイクロプスの左膝を足場に飛び上がる。
ブチブチという音とともに右腕を拘束していた茨が千切れていき、それを振り回してジークを叩き落そうとするが、彼はそれを華麗にかわして、今度は拘束されたままの左腕に到着する。
そこを足場にもう一度跳ねる。次は筋肉が盛り上がった肩。そして一気に頭へ。
不安定な足場のせいで、負荷がかかり過ぎた左足から力が逃げて態勢が崩しかけたが、それでも何とか空中で立て直して頭頂部まで到達する。
近距離で見るサイクロプスのギョロりとした目はこの世のモノとは思えない程のグロテスクで、正直目を背けたかったが、ジークはその気持ちを抑えつけて逆に睨み返してやった。
彼はヨハンから受け取った魔法剣の刃を下に向け、両手で大きく振りかぶる。
「――これで終わりだ!」
全員が見守る中、ジークは雄叫びを上げながらとサイクロプスの目に赤く光る刀身を深々と突き刺した。
余りの痛みにサイクロプスはおぞましい咆哮をあげ暴れ回る。
その動きに耐え切れなかった茨がブチブチと音を立てて千切れていった。
ジークはその激しい動きに耐え切れず、早く離脱しようとその方法を考えながら周囲を見渡すのだが、その一瞬の意識空白を狙ったかのような一撃が彼の死角から飛んできた。
サイクロプスはただ痛みに悶えて腕を振り回していただけだったが、それだけにジークとしては完全に不意を突かれた形になる。気が付いたときには、彼はすでに地面に叩きつけられていた。
「……ジーク!」
マリアの悲鳴がジークの耳に届く。
幸いなことに防護魔法のおかげで致命傷にはならなかったらしく、ゴロゴロと転がって彼女の元へ向かう。泣きそうな顔の彼女は慌てて彼に回復魔法をかけた。
「……着地大成功!」
無理矢理笑顔を作ったジークの言葉にマリアは「……バカ」と呟き微笑んだ。
☆
その間にもサイクロプスは叫びながら暴れまわり、拘束していた茨は完全に影も形も無くなっていた。
やがて全員の視線が一郎に向かう。十分にそれを意識した彼が、満を持してスッと右手を前に差し出し、首を傾げて口角を上げた。そしておもむろに指の形を変える。
茉理はそれで全てを理解した。
――ちくしょう! ここで指パッチンか!
結局全部美味しいところ持っていくつもりなのか!
ズルい! ズル過ぎる! スカれ! 思いっきりスカってしまえ!
だが、やはりそんな彼女の願いは届かず、パチンと虚空にきれいな音が響き渡った。
うっとりするような小気味いい破裂音が村を囲む山に当たって再び村の広場に戻り共鳴する。
一瞬の静寂があって――。
耳をつんざくような物凄い爆発音が轟いた。
「これで終わりだよね? もう何も出てこないよね?」
茉理は周囲を見渡しながら呟く。その場の全員に確かめているようだが、実際彼女が返事を求めているのはたった一人。
「あぁ、おそらく、もう出てこないだろう。……もう十分だ。疲れたし、これ以上はいい」
一郎があっけらかんと笑いながら告げる。待ちに待ったその一言に茉理の張ってきた気持ちが霧散し、膝から力が抜けてその場にへたり込む。そんな意味深な会話をしている二人に、ジークムントの回復を終えたマリアが近付いてきた。
「……ヨハンさん。先程の剣ってもしかしなくても遺物ですよね? ……古代技術時代の」
彼女が一郎の目を見据えた。
彼はその目を避けることなく見つめ返して笑顔で頷く。
「あぁ、そうだ。……ただ、出来れば今見た光景は他言無用でお願いしたい。いくら私が見つけた物とはいえ、勝手に使ってしまうと始末書モノなんでね」
一郎はニヒルな笑みで彼女に無言の圧力をかける。
マリアはまだ何か言いたそうな気配をみせていたが、後ろから歩いてくるジークの足音に気付いて溜め息を吐く。
「……わかりました。私たちとしては助けてもらって不義理をする趣味はありませんし」
「よし。そろそろコリン村に戻ろうか!」
「そうね、完全に日が暮れる前に戻らないと野宿になってしまうし」
ジークの弾むような言葉に、マリアが振り向いて笑顔で頷く。
そして全員でマイル村を後にした。




