第17話 まずは私が禁呪を使ってヤツの動きを止めよう
茉理たちの前に現れたのは先程のキメラよりも更に大きいサイクロプス。ぎょろりとした一つ目で周囲を窺い、人間を発見した喜びに野太い咆哮を上げた。
「まさか、こんなところでCランクモンスターが出てくるなんて!」
マリアが震える声を出して固まった。茉理としては突然ランクがどうのとか言われても全く意味が分からないのだが、さすがに真剣な話の腰を折るのは良くないことぐらいは弁えているので、同じように驚いたフリをして合わせておく。
「……ヤツとの戦闘経験は?」
「問題ない。……サイクロプスともすでに何度かやり合っているよ」
真剣な表情のジークの問いかけに、一郎は事も無げに返事する。茉理はぎょっとして勝手なことを言いだした彼を睨むのだが、当の本人は平然としたモノだった。
「それなら助かる! 僕たちはまだサイクロプスと一度も戦ったことがないんだ。指示を任せてもいいかい?」
「……あぁ、もちろんだ」
そう答えると、一郎は周囲を見渡した。
「まずは広場に移動だな。村を救いに来たのに下手に暴れられて家が潰れちまったら、何をしに来たのか分からん。……あの厳めしい面の村長なら、報酬減額も言い出しかねない」
一郎の軽口に、全員が声を上げて笑いだす。緊張をほぐすためだと皆は察したらしいのだが、茉理は案外本気の発言だろうと直感した。
「皆さんは先にコリン村に戻ってください!」
有無を言わせないジークの強い言葉にフィオたち家族も無言で頷く。彼らもサイクロプスの巨体を前に、自分たちも一緒に戦うとは言い出せないようだ。
「ジークさんたちも気を付けてくださいね! オイラ、信じてますから!」
「祝勝会の準備は任せろ!」
「皆さま、ご武運をお祈りします」
彼らはそう言葉を残し、まずはサイクロプスの死角に回り込んだ。頷き合って呼吸を合わせると長男を先頭に、そして父親が全員の背中を守る形で森へと一直線に走り去る。ジークは彼らが安全に脱出したのを微笑みながら見届けると、ゆっくり剣を構えた。
ジークの合図を切っ掛けに、まずは全員で総攻撃を開始する。
「――いいか? まずは相手にダメージを与えて弱らせるんだ。どれだけヤツが大きくても手は二本しか無いし、足も二本だ」
戦闘の合間に一郎の檄が飛ぶ。
「ジークは徹底的に両足の腱を狙ってくれ! 動き自体は鈍いから確実に当てて確実に逃げること! きっちり手の位置を確認。もし捕まえられたとしてもチェリーか私がヤツの手首を魔法で狙うから!」
ジークはそれに従ってサイクロプスの動きを見極めつつ足首を執拗に狙い続けた。苛立ったモンスターが屈みながらジークを力任せに殴ろうとするのだが、それを楽しむように彼は紙一重で回避する。
「チェリーは例の魔法一発分の魔力は絶対に温存しておくこと。余裕があるなら確実に当たると判断した場合のみ頭部に例の雷魔法を食らわせろ!」
一郎は戦場を軽やかに動きながら茉理にも指示を出し、その間に例の得体の知れない魔法を放つ。その一発一発で、明らかにサイクロプスは怯んでいた。その光景をマリアが真剣な表情で見ている。
茉理は先程からそんな風に一郎に疑念を抱いているマリアのことが気になって仕方がないのだが、何度か首を横に振って戦闘に集中した。
「マリアはジークにかけた加速魔法を絶対に切らさないで! ジークの機動力がこの作戦のキモになるんだ! 彼が離脱してしまったらヤツの目がこちらに向いてしまう。そうなったら立て直すのに時間がかかる!」
一郎の指示にマリアは頷き、大きく息を吐いた。
ジークは一瞬の判断ミスからサイクロプスの右腕の一撃を躱しきれず、慌てて剣でそれを受け止める。防御したとはいえ、その有り余る力は人間にとってはある種の災害。彼は簡単に吹っ飛ばされて地面を転がった。
追撃しようとするサイクロプスだが、腕を振り上げた瞬間、茉理の雷魔法が後頭部に直撃する。モンスターは驚き振り返るが、すでにその場に茉理はいない。
そのスキにジークは何とか態勢を立て直し距離を取るが、その表情は苦悶に歪んでいた。
全員で視線を合わせ一旦合流する。
「くそ! 全然効いていないのか!?」
「大丈夫。明らかに気の流れに異変が生じている。見た目には分からないが随分と弱って来ているよ」
一郎は焦るジークの肩を叩いて、涼しい顔で微笑んだ。
いきなり気の流れとか頭のオカシイことを言い出す一郎に茉理は思いっきりツッコミを入れたかったが、それが出来る雰囲気ではないので、仕方なく『そうだね、明らかに気の流れが変わっているよね』と言いたげな顔で頷いておく。
ジークもマリアも正直なところ彼が何を言っているのか理解不能だったが、茉理が同意したことでそういうものだと判断したらしい。納得の表情を見せた。
「大丈夫、もう少しで目途が立つから。……今まで通りに攻撃してくれ! 時期が来たら合図をする。そのときはもう一度こうやって集まろう」
自信満々な一郎の言葉を受けて、全員が再び散開して攻撃を開始する。茉理は出来るだけ一郎の傍を離れないように戦っていた。最悪一郎を肉盾にするつもりで。
彼女がそれなりに戦っていると、時折耳障りなパチンパチンという破裂音が聞こえてきた。目を凝らすと、何故か一郎が魔法を繰り出す合間に指パッチンをしているのに気付く。
――ん? どういうこと?
……まぁ放っておこうかな? どうせセンセが何考えているかなんて分からないんだし。
そう頭を切り替える茉理だったが、やはり耳に入ってくる音が気になって仕方ない。意識しないでおこうと思えば思う程、その音がクリアに聞こえてしまう。徐々にサイクロプス見ている時間より一郎の右手を見ている時間の方が長くなっていった。
三回に一回ぐらいはちゃんと音が出るのだが、結構な割合でスカる。
――ぶきっちょだなぁ。現実セカイに帰ったら教えてあげようか?
やがて練習しすぎて指が痛くなってきたのか、一郎は顔をしかめて息を吹きかけ始めた。
茉理は心の中で『真面目に戦え!』とツッコむのだが、彼女は彼女で戦いもせず一郎の手元ばかり見ていたので完全な棚上げだ。
やがて一郎が合図を出して再度全員集合させた。サイクロプスは荒い息で見た目にも弱り始めていたが、ぎょろりとした一つ目はまだ心が折れていないと主張している。茉理はその圧力に身が竦む思いなのだが、一郎は余裕の笑顔だった。
「よし、そろそろ仕上げに入るぞ。……まずは私が禁呪を使ってヤツの動きを止めよう」
「「「禁呪!?」」」
いきなりの単語に彼以外の三人の声が揃った。
――それにしてもまた随分とデカく出やがったな、コイツ。
「……ふふ、誰にも言ってくれるなよ。……これでも私はお偉方から睨まれている身でね」
――しかも格好いい設定作りやがったし!
おまけに何故か二人ともそれを信じたのか、神妙な顔で頷いたし!
ズルい! 自分もそんなカッコいいウラ設定が欲しい!
茉理は誰にも見られないように地団駄を踏む。一郎はそんな茉理の様子を見て何か言いたそうにしたので、彼女は視線でそれを牽制する。
――どうせ一郎センセのコト、また「……ん? ……トイレか?」と言うつもりだったんでしょ?
こんな真剣なシーンで、その一言だけは絶対に言わせるものか!
茉理はサイクロプス顔負けの殺意に満ちた目で一郎を睨みつけた。




