第22話 ま、ここだけの話、教皇直属親衛隊ね
前線基地として使っていた宿舎には好感触だった部隊長が集まっていた。奇跡的に彼らの非番が重なったのでこの機会だけは絶対に逃す訳にはいかなかった。
まず彼らにフック将軍を含めた上層部の様子をたずねたのだが、いまだ首都決戦への機運は無いらしい。それに関しては庁舎に籠る人間の大方が首を傾げているとのこと。
バラックとモートンはほぼ確信し、早速冒険者二人組も交えて説明を始めることにした。
そもそもフック将軍が動かないのは帝国の使者を待っている可能性が高い。
現在アルマンドスと接している南の国境に詰める部隊は存在せず、帝国軍は自由に通行できる状態にあるということ。
この地ドーラ市をあっさり手放した元老院も最初から帝国との交渉を求めており、主権放棄しジスタの帝国属国化を望んでいるとのこと。その上で彼ら自身は帝国議会議員として影響力を残したいとのこと。
更に元老院はすでに仲介役としてヴィオールをも巻き込むことに成功しており、会談が行われれば国民や軍人の知らないところで一気に国の枠組みが決まってしまう可能性があること。
…………おそらく首都決戦は無いとのこと。
モートンが順を追って説明する中、耳を傾ける部隊長や兵士たちの目が吊り上がり始めた。今彼らの感じている痛みは当然バラックにも理解出来るもの。
皆、国の未来を想って戦ってきた。
そんな自分たちや部下そして、めぐり合わせによって敵味方と別れてしまったが共に国の為に戦ってきた戦友らの流した血が、帝国という巨大な獣を呼び寄せる為の撒き餌でしか無かったのだと思い知らされたのだ。
しかしそれでもバラックはどこか冷静な目で怒りに震える彼らを見ていた。
彼は以前にもモートンに伝えていたが、民が豊かになるのであれば『上の顔』など何でもよかった。
彼らが生まれる前から戦争ばかりして、国民を貧しい生活に叩き落とした国に対して特別な想いなど持てる訳もなく。そもそも軍人になったのも幼馴染であるモートンが熱心にきたからであって、食べていけるならばという現実的な選択の末のことだった。
バラックが周囲の反応を確めていると不意に冒険者男女と視線が合った。彼らは照れた様に頭を下げる。若い二人だが、どこか傍観者のようだとバラックの目は捉えていた。事実ジスタは彼らの母国ですらなく仕事だからここにいるのだと言えばそれまでだが、不思議と裏切りや突き放しているという気配は感じられない。むしろ最後まで付き合ってくれそうですらある。
あの冷静に何かを見極めようとする目は、下手な友軍よりもはるかに信頼できるはずだと彼は心に刻んでおく。
――あとで、きちんと話をしておくべきか。
バラックはそんなことを考えながら他の面々に注意を払っていた。
説明が終わり、ここからは『如何にして潰すか』という話になっていった。
バラックとしてはここまで来たら止める気にもならない。一応モートンやガーデンにいる血のつながらない弟妹の安全を確保しておきたいからギリギリの一線を見極めるつもりだが。
「――やはり帝国の使者を狩るしか道は残っていないだろう! フック将軍を止めたところで意味はない。いますぐ国境で迎え撃つべきだ」
そんな血気盛んに叫ぶ者がいれば、それを止める者も叫ぶ。
「さすがにそれはマズイ! 本格的に潰される! 国王様の無事以前にこの国が無くなってしまうぞ」
モートンは黙ったままだった。
バラックは元老院がかつて軍首脳部に突き付けた『軍部はセカイが見えていない』という言葉を脳裡に浮かべる。確かにバラックもモートンも冒険者に伝えられるまでセカイが見えているとは言えなかった。だが冷静に状況を見極めようとすれば、帝国を敵に回す愚かさは否応なく理解させれて。
それでもモートンは動くと決めた。国の未来の為に無謀な戦いを始めた。何もせずに帝国に飲み込まれるのがいいのか、彼のようにせめて一矢報いることで軍人の意思を示すべきか。
――フック将軍は何を思って動いたのだろうか。
ふとバラックは思う。
バラックもモートン同様フックに可愛がってもらった人間だった。ガーデンの最大の庇護者であり孤児兵たちの英雄。
元老院の犬とまで揶揄され扱き使われたフックは、軍部において誰よりも国の内外を知る存在だったろう。
そんな彼が王を大切に思っていたのは知っていた。
一時期専属護衛として側に居たこともあった、と。身元不詳の孤児にありえない栄誉。
周りの反対も関係なく王が清廉なフックへ全幅の信頼を寄せたことは、彼のみならず孤児兵たちの心を熱くしたものだった。
そんな思いにふけるバラックに音なく現れた兵士がそっと耳打ちした。
「…………通せ」
バラックは嘆息する。ここで新しい客人の登場だった。
前後をバラック隊の兵士に挟まれながら連行されて来たのは白衣の少女。
皆が彼女を睨んだ。
ここでまさかの『白衣』登場となった。
ヴィオールと元老院の繋がりは、すでにこの場において周知されている。
少女は居並ぶ強面軍人たちの鋭い視線などどこ吹く風、格下に用はないと言わんばかりの余裕の表情で彼らを一瞥する。そして部屋の隅で話し合いの経緯を見ていた冒険者二人組を発見し、破顔一笑。
「あ! やっぱりここだった!」
元々美少女だったが笑うと更に可愛いと思った。
皆も同じだったのか毒気抜かれ、緊迫感は霧消する。
非番とは言えあまり長い間庁舎を離れる訳と勘繰られることを恐れ、ここは一旦解散することなった。そして新しい話が入れば再び集まることを約束する。
「――さてキミは誰だ?」
彼らが出て行ったがらんとした部屋でバラックが切りだした。
彼女以外で残っているのはモートンとバラックそして冒険者二人組のみ。二人直属の兵士も数人部屋の外に控えさせているが中には入れていない。話の内容が見当もつかないからだ。
「確か……キミはアグネスの妹だったな?」
モートンが笑顔で彼の言葉を継いだ。
バラックは思わず息を飲む。
当然アグネスのことは知っている。蜂起軍立ち上げ当初からフックの側に居た女傭兵であり、部下と言うより協力者の意味合いが強かった。とても信用できるとは思えなかったが、それでも優秀なのは誰もが認めていた。
案の定というか、彼女は帝国の『彼』とやらの連絡役だったらしい。
つまり、その妹であるこの娘も帝国側という訳だ。
だがこの娘は見た目通り白衣。
つまりヴィオール関係者でもある。
おそらくこの少女こそ元老院が交渉を有利に働かせる為に呼び寄せた隠し玉であり、この未来の行く末を握っている存在。
何より、無力だと思われていた元老院にそんな重要な娘を呼びつける伝手があったことにバラックは驚いた。
「――アグネスはヴィオール人だったのか?」
改めてチェリーと名乗った白衣の少女を丁重にもてなせば、彼女もまんざらでない感じでソファに腰掛けた。所作に洗練されたものはないが、それはわざとのような気もする。一癖も二癖もあるのは当たり前。
探るようなモートンの問いかけにチェリーは笑い出した。そして壁際に控えていた冒険者二人組を身振りで呼び寄せながら口を開く。
「違うよ。彼女は……たぶん帝国人だと思う。ま、ここだけの話、教皇直属親衛隊ね」
他人のような言い方に引っ掛かるも、別の部分での重要な情報に一瞬思考が停止し絶句する軍人二人だったが、ジークとマリアが興味深げな反応を見せた。
「じゃあ、イザークの……」
「そ、同僚だね。今回帝国はラフィル教会を動かしてまでジスタを取りに来たの。……まぁ未来の皇帝の座を巡っての派閥争いの一端でしかないんだけれどね?」
「……皇帝争いって?」
「うん。正統性の低い『彼』を擁するアルマンドスの領主ローレンツ=パスカルが議会での発言力強化の為にジスタを欲したの。ついでに領の安全も確保出来るし、ね。その話に教会というか……筆頭巫女が食いついて教皇ニコロ17世を動かしたという形」
ジークとマリアが代わる代わる尋ねれば、少女チェリーは隠すことなく次から次へと大物の名前を繰り出していく。その豪華な顔ぶれにバラックはただただ困惑しかない。
「――キミは何を、どこまで知っているんだ?」
険しい顔をしたモートンが鋭い声色で問うが、チェリーはいたって平然としたもの。軽く微笑んでから首を横に振った。
「特に何も。難しい話は全てセンセに任せているから」
これだけ深い事情を知っておきながらその言い草はないとバラックも思ったが、次の気になる名前に反応してしまう。話術にハマっていると思うが問わずにいられない。
「……センセ?」
「そう。上司? 指導役? そんな感じかな。こちらの二人から名前ぐらいは聞いているんでしょ、ヨハン=ブラムス」
確かに冒険者二人組の話からは度々名前が出てきていた。博識な研究者であり、いろいろな人脈を持っているという。
ちなみに少女チェリーはアグネスと血縁関係などなく、ただ一緒にお酒を飲んだ勢いで姉妹になったと主張したが、さすがにそれはバラックもモートンも一笑に付す。
たとえ血のつながりはなくとも何かしらのつながりはあるのは間違いない。だがコレは隠しておきたいことなのだろう。その代わりに話せることは話してくれた。
おそらくそれが『センセ』――ひいてはヴィオールの方針。
「――それで、キミは何をしにきた? 二人を連れ戻しに来たのか?」
バラックが呆れたように問いかける。
ここでチェリーは目を輝かせて身を乗りだしてきた。
「私もジークやマリアと一緒に戦いたいなって。仲間に入れてよ!」
彼女はその言葉の意味を理解しているのかいないのか、判別付けようのない無邪気過ぎる笑顔でそう告げてきた。




