第19話 今回の落としどころは何処だと思う?
「いや、ちょっと幾らなんでも端折りすぎ! ……ここまで長く話したんだから、ちゃんと最後まで丁寧に話してよ!」
茉理は隣の一郎の太ももをつねった。彼は声にならない声で悶絶する。何とも言えない空気の中、今まで沈黙を続けていたマリアがようやく口を開いた。
「十年前の蜂起のときは、大きな衝突が始まる前にほとんど潰されていたと聞いています。……元老院に切り崩されていて」
「そうだな。……これもディフ様の言うところの『高度に政治的な判断』だった」
一郎は大きな溜め息を吐いてから再び説明を始めようとするが、どこからともなく無断で現れたメイドが彼の前の空になったカップに紅茶を注き、無表情のまま去っていく。
茉理は敏感な方ではないので気配を感じたりすることは無いが、彼女は退室することなく、ひっそりとこの豪華客室で待機していた。ディフが用意したというメイド。名目上はヴィオールきっての令嬢であるチェリーが何不自由なく過ごせる為。本当の目的は当然ながら監視。一郎がレコーダーでそんな存在を作り上げた。
――何故かは知らん。
マリアはレーダーを持っているからずっと気に掛けていたのだろう。ずっと茉理に対して目でサインを出していた。しかし当の茉理が笑顔ではぐらかすので、彼女もそこからは察してくれて何も言わずにいてくれたが。
それでも不用意な発言だけはするまいと口を開かず様子を窺っていた。
――ホント空気の読めるいい子だわ。
茉理は心の底から感心する。
一郎は説明を再開した。もちろん彼女に聞かせてもいい程度に、だが。
「――王権の復活、そして元老院の排除などなど。そういったことを掲げて蜂起したのは対外硬、いわゆるタカ派のミリオン将軍だった」
「フック将軍の上官だった人ですね?」
打てば響くマリアの相槌に気を良くした一郎が再び語り出す。
そんな彼を裏切ったのは右腕とも言われ重用されていたベルトランだった。彼の妻は前王の娘であり、現王の姉。……そして息子のディフを育て上げた女傑。
「……これは私の想像だが」
一郎はそう前置きする。
――いや、想像とか!
ここは素直に『……これはウラ設定だが』と言え!
茉理は心の中で無茶ぶりする。
「ベルトラン夫人は弟が軍部に絡めとられることこそを恐れたのだと思う」
元老院は良くも悪くも国を保つことを追求する。それが自分たちの地位を確保を意味するからだ。
「――だが、軍部は未知数だ。下手すれば国だけでなく多くの民が失われるかもしれない」
ベルトランはそんな夫人の危惧が夢想でもなんでもなく現実に起こりうる事態と考えて、元老院へ寝返ったのではないか。それこそが祖国を守る道だと信じて。
ベルトランを得ることに成功した元老院は、彼を窓口に切り崩しを図った。軍部の大半の人間はジスタが独立国であり続けることを望んでいた。ついでに地位向上。おまけに待遇向上――具体的に給金の底上げなどなど。それらを突き付けた。
他国に弱みを見せることを嫌った元老院は、やむを得ず飲むことにした。しかしその取引が『表』に出れば元老院のメンツがつぶれる。支配者階級である彼らがもっとも嫌うことだった。せめて見かけ上では元老院が『勝者』であることを軍部に求めた。
「――軍部内で密談があり、イケニエとして差し出されたのが蜂起提唱者であり彼らのカリスマでもあったミリオン将軍その人だ」
「………」
皆が一様に黙り込んだ。
――なんてダークな!
一郎のセカイ観に慣れている茉理でさえ、ちょっと引いた。
とてもラノベでする話でないと思ったが、彼の読者はそれなりに知識レベルの高さを有しているので、まぁまぁ大丈夫かとも思う。
「もう一つ、元老院は軍部の上層部の人間に一定の政治参画を求めた。……つまり軍部はセカイが見えていないと、『アルマンドスの成功を直視しろ』と、そう突き返した。それを受け入れた軍はその一環として有力若手将校を元老院の小間使いとして貸し出すことにした。……その中にフックもいた」
饒舌な一郎と違って三人は溜め息を吐き出すだけ。思い思いに紅茶を飲む。
「……そして今回のクーデターが起きた。王権復活に元老院排除。……前回と同じ主張だな。だけど今回は構図が決定的に違う」
一郎はニヤリと例の人の悪い笑みを見せた。
「……違う?」
不穏な流れ。茉理の無意識なオウム返しに一郎は彼女の方を見つめた。
「言ったろう? この十年、フック将軍は元老院と動きを共にしていた。つまりジスタを取り巻く環境を直視していた人間の一人なんだ。理想だけを追い求めたミリオン将軍と決定的に違う」
「つまりフック将軍と元老院は繋がっている……と?」
擦れたジークの声。一郎は神妙な顔を見せながら首を横に振る。
「そういう意味じゃない。そもそもフックは親代わりのミリオン将軍を切った元老院と軍部主流派を憎んでいる。その流れを作った功でもって将軍に上り詰めたベルトランも憎んでいる。それは間違いない。彼らの命令に従ってこの十年を過ごしてきたが、その気持ちが変わったとも思えない。……ただ、彼には彼の考える正義があり、元老院が描いているジスタの未来と一部重なる部分もあるだろうが、基本的に彼らは相容れないと、少なくとも私はそう考えている」
茉理は思う。
一郎はかなり踏み込んで発言しているのではないか、と。
彼の心情など普通の人間に知れる話ではない。いくら自分の考えだと前置きしても。
今話しているのは、誰に対してのものなのか。
当然茉理への説明もある。
ジークの誘導目的もある。そして何より……。
茉理はマリアを見つめる。
彼女が了解したとばかりに小さく頷いた。
「――ねぇねぇ、センセ? そんなことより前回はミリオン将軍を切ったことで大した混乱も無く収まったけれど、今回の落としどころは何処だと思う?」
茉理は彼らに考える間を与えることなく、無邪気を装って一郎に話しかけた。これは台本通り。彼もさっそく次の爆弾を仕込む。
「確かに前回のクーデターの処分は最小で済んだ。……騒動も最小だったからな」
「でも今回は思いっきり戦っているね?」
茉理と一郎で勝手に話を進めてしまう。
「あぁ、間違いなく相当数の軍人が処分されることになるだろうな。とはいえ最重要人物であるフック将軍は不問になる可能性がある。彼は帝国との窓口でもあるからな。元老院からしても帝国をイイ感じに巻き込んでくれた功労者だ。だけどそれ以外の軍関係者は、…………まぁただでは済まないだろうな」
長い沈黙が続いた。
「……モートンさんも?」
ジークの鬼気迫る真顔。
「逆に彼が『除外』される要素が見つからないな」
一郎はここぞとばかりに芝居がかった軽薄な笑みを浮かべた。ジークはそんな彼を睨み立ち上がる。
「……僕はもう行くよ」
そして彼は周りの返事も待たずに飛び出していった。追うか迷うマリアに一郎が一転した優し気な笑みで告げる。
「大丈夫。絶対に悪いようにはしないから。君たちの安全は保障する。だからジークとモートンのやりたいようにやらせてあげればいい」
マリアは大きく頷くと、慌ててジークを追いかけた。
二人が走り去ったあと。
「……あのメイドはいないぞ? ……ディフへの報告で出て行った」
その一郎の言葉に茉理は伸ばしていた背筋をだらしなく崩し、寝そべった。ずっと気を張っていてしんどかったのだ。
「でさ、私はどうすればいいの?」
茉理は行儀悪いと思いながらも靴のままソファに足を上げてリラックスの極み。
「お前は時期が来たらジークたちの助太刀だ。……モートンと合流する彼らと動いてくれ。俺はウラで勝手にする。今夜はゆっくり休め」
「……おっけ」
そういうや一郎は手帳を開いて細かい段取りを書き込み始める。
茉理はそんな一郎の気配を間近で感じながら、軽く仮眠する為に目を閉じた。
 




