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第18話  ウチのセンセいつもこんな感じだから

 


 ヨハンたちの先導を受け、到着したのは首都でもなんでもなく同じ街の宿屋。見た目からして立派なのでジークとマリアは顔を見合わせる。元が一般人である二人は尻込みしてしまう程ではないが、それでも息を詰まらせた。

 前を行く二人はここに滞在しているらしく堂々と入っていく。従業員たちの仰々しい挨拶を受けながら閑散としたエントランスを抜け、黙々と最上階へ。立ち止まるのは一目で豪華な客室だとわかる扉の前。というよりもこのフロアで廊下に面している扉はコレしかない。つまりこの階まるまる貸し切り。

 ヨハンがおもむろに取り出したカギで開けて入れば、チェリーが振り返って「どうぞ!」と二人を招き入れる。


「――えーっと。どこまで話したっけな?」


 備え付けられていたこれもまた立派な応接セットにどっかりと腰を下ろしたヨハンがおっさん臭い風情で呟いた。天井にキラキラと存在感を示すシャンデリアに目が眩むジークの横をいつの間にか現れていたメイドがすり抜け、無言のまま四人分の紅茶を淹れて去っていく。

 

「何だっけ? 私も食べることに夢中であんまり覚えていないや」


 チェリーが苦笑いを浮かべながらヨハンの隣に腰掛けた。

 これにはジークもマリアも笑うしかない。

 彼女はホント言葉の通り、話を聞かずに食べ続けていた。

 庁舎から逃げ出すように早足で出て来た四人は、たまたま空いていたお店で早い晩御飯を食べることになった。戦い詰めだったジークとマリアはお腹がペコペコだったので望むところ。チェリーは『……何でこんな中途半端な時間に? あんま入んないだけどなぁ』なんてブツブツ言いながらも、いつもと変わらず食べまくっていた。

 四人で囲むテーブルは久し振りで、ようやく日常めいたものを取り戻せたと感じたあたり、ジーク自身彼らに依存しているなと改めて思い知らされることになったひと時でもあった。


 ――でもモートンさん、絶対に誤解してるだろうな。


 ヨハンはジークたちを護衛で、さも何らかの意図(いと)があってモートンの下に送り込んだみたいな言い方をしていた。一緒にいたディフのこともあるから敵扱いされただろうなとジークは思う。

 もちろんヨハンなりに思うところがあっての言動だと思うが、それでも早いうちに話し合って誤解を解いておきたかった。

 ジークはジークの意思でもってモートンを助けたいと考えたのであって、虚仮にするつもりなんてこれっぽっちもなかった。

 

「……あんな言い方ってなかったよな」


 ジークの口からほんの小さくだがポツリとそんな愚痴めいた言葉が漏れれば、チェリーが申し訳なさそうにヨハンの太ももにゲンコツを喰らわせる。


「ホントにゴメンね、ウチのセンセいつもこんな感じだから」


 そんなフォローになっていないフォローも久し振り。


「まだしばらくは私たちもこの街にいるつもりだから、時間を見て彼に会いに行ってもいいぞ? 別に君たちは私の護衛という訳でもないのだから」


 ヨハンは何とも思っていない様子だった。

 しかもあっさりと前言撤回まで。

 

 ――僕たちをあの場とモートンから引き剥がす為の方便なのかな。


 それにしても、もう少しやり方があったろうにとジークは何とも言えない顔になった。




「――で、どこまで話したっけ?」


 ヨハンが同じフレーズを呟いた。


「――あのディフさんという人が前の国王の孫で今の国王の甥であり王位継承者だというのと、彼の父ベルトラン将軍が裏切り者と呼ばれているあたりだよ」

 

 ジークはヨハンに告げる。


「あぁ、そうだったな」


 ヨハンはふっと短く息を吐くと、まず紅茶を一口。


「さて、まずは前回の蜂起がなぜ起きたか、から話すべきだろうな」


 前国王は不安に思っていた。……ジスタ王国はこれからどうなるのかと。

 ライバル視していた隣国アルマンドス王国が帝国に(くっ)して主権放棄――つまり属国となったのは彼がまだ若い頃。当時は見下した。彼らは誇りを捨てたのだ、と。

 隣国王族の堂々たる武断気質に対して並々ならぬ尊敬の念を抱いていただけに、その落胆も大きかった。しかし隣国はそんな前王の複雑な想いなど関係なしとばかりに、短期間で目を見張る成長を遂げて見せた。

 そもそもアルマンドスはジスタとだけでなくセカイ最強国家である帝国とも国境を接していた。むしろ彼らにとっての一番の敵国はそちら。そこと戦わなくてもいいというだけで彼らの勝利だった。

 帝国で上手く立ち回り、技術をどん欲に吸収したアルマンドスと今まで通り散発的に戦いが起きるもののその差は確実に開いていく。体面を保つ為の引き分けに持ち込むのがやっとという有様。

 あちらが帝国を味方に付けるならと、彼は北方諸国をまとめてアルマンドスに当たろうとしたが、元々足の引っ張り合いが得意な周辺国家。年月だけがいたずらに過ぎていった。

 国は相変わらず貧しい。

 彼自身、歳を重ねるにつれ心が折れ始めた。

 ジスタも帝国に下るのがいいのか、と。

 そして内密に元老院に(はか)った。



 元老院も元老院で思うところがあった。

 今も昔も帝国は徹底した貴族主義を貫いている。そしてそれはこれからも変わらないはず。

 帝国議会の議員は漏れなく貴族であり、属国となった領から輩出される議員も例外ではない。つまりジスタが帝国領となったとしても生粋貴族である元老院が議員の最有力候補――。


「――ちょっとまって。ホント話の腰を折ってごめん。でも聞きたいの。……ディフさんって前王の孫だけど出自としては軍人の息子だよね? 貴族なの?」


 チェリーが声を上げた。少し場の緊張が解けたことで、ジークもマリアも身動ぎして身体をほぐす。話通しのヨハンも紅茶で口を潤す。


「彼の父ベルトラン将軍は貴族ではないからディフ様も当然貴族ではなかった。今から話すつもりだったが、彼は祖父である前王の補佐として外交経験が豊富だったりという特例的な要素もあって、元老院の面々と同列に扱われていたという感じだな。……しかもこの騒動の()()()()()()()()バルフォア公爵家を継ぐことが承認された。まだ序列で言えば末席だが、実質筆頭と言っても過言ではない。彼も自分こそがジスタだと言っていたろう? あれは大言壮語でも何でもなく、()()()()()()()()()だ」


 ヨハンはそう言い切った。

 元老院は現王ではなくディフこそ頂点だと見做しているのだと。



 もう先が短いと自覚していた国王は、最後の力を振り絞って積極的な外交を始めた。全ては帝国領になるための根回し。今までは周辺国に限ってのことだったが、老骨にムチ打って帝国とケンカの出来る国力を持つヴィオールにも足を運んだのだという。

 敵意はないということ。むしろこれからもよろしくして欲しいとのこと。


「……それがかれこれ十年程前のことだな」


 ヨハンが遠い目をした。


「なるほど、()()()だったのね?」


 チェリーは納得した表情で何度も頷いた。ヨハンは口元だけに笑みを浮かべる例の斜に構えた表情で続ける。


「そんな感じで、ジスタとヴィオールは今も良好な関係を築いている。それもあってディフ様は私たちを利用することを思いついたのだろう」



 

 ヨハンは前王が帝国に下るのを考えた理由はもう一つあると言った。


「――前国王は現王である息子にそこまで王の資質があると感じていなかった。流されやすいところがあってね。もちろん人に助言を求め、それが正しいと思えば採用するという『人の言葉にきちんと耳を傾けることが出来る』資質は美徳だと思う。迷うのだって決して悪いことじゃない。より良い選択をしたいという気持ちの表れだからな」


 この言葉には皆が頷く。 


「だけど王たる者には『王の頑固さ』が求められるのも事実なんだ。王は一度決めたならば揺らぐべきではない。王が決断し民が従う。それこそが王権の正しい姿だ」


 いまいち王権の正しさが理解出来ない令和日本人のジークだが、その言葉の意味は十分過ぎる程に分かった。現代でそれはリーダーシップと呼ばれ、その要素は為政者にとって必要不可欠なものとされる。


「今の王様は前王や元老院から頼りないと思われていた……んだね?」


 ぶっちゃけた言い方のジークにヨハンが溜め息と共に深く頷いた。

 前王と元老院はこれでは帝国はおろか、諸外国からの圧力にも屈してしまうかもしれないと危惧していた。だから王は自分の生きているうちにと決断し、元老院が従った。

 そして秘密裏にコトが動き出した。


「しかし軍部がその動きを掴んだ。そして元老院が王を唆したのだと軍部が主張し、クーデターが起きた。……その結果が現状、だな。ディフ様の言った通りの何も生み出すことのない先延ばし。彼の言葉を借りるなら『無為に十年の時が過ぎた』」


 ヨハンは紅茶をグイっと飲み干した。 




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