表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
173/236

第17話  国王の平穏は帝国と教会が保証する



「――もういい。何も知らない、ただ武器を振り回したいだけの荒くれ者と話したところで時間の無駄だ。あいにく私はそんなヒマではない」


 モートンは軍人となってから常に自らを律するように心がけてきたが、ディフ=()()()()()を前にして感情が荒ぶるのを覚えていた。今の単純な罵倒ですらあしらうことが難しい。

 

 ――やはり元老院はロクでもない!


 何とか心を整えようとする彼を一瞥(いちべつ)したディフは、その隣にいたアグネスに笑顔を見せる。


「…………何か?」

 

 その悪辣さを感じさせる笑みに何かを感じた彼女が怪訝そうに曖昧な微笑みで返した。彼女のような武人でもディフの笑顔は警戒してしまうのだと、モートンは心の中で変な感心をする。


「貴女に首都までの護衛をお願いしたいのだが。……帝国とて、私の命が失われるのは本意ではあるまい?」


 その何かを見透かしたような言動に、アグネスは豪快に噴き出す。モートンからすれば先程から分からないことだらけだった。しかもここにきて()()、と。


「……一応これでも私はフック将軍下の部隊長なのだが?」


 彼女の返事はどこか冗談めかしている。本気の拒絶の色は見えない。むしろ体面上一言断っておかなければ、というおざなりなもの。


「もう、その()()は過ぎつつある。ここから先は元老軍と反乱軍による内戦という『枠組み』からして変わる。当然ながら帝国とラフィル教会に求められる役割も変わってくる」


「…………なるほど。確かにその通りだ。……了解した。私が責任を持って送り届けよう」


 意味ありげに微笑み合うと、二人はそのまま連れ立って部屋を出て行こうとする。


「待て!」


 モートンは思わず吠えてしまった。ディフは彼の言論を信じるならば、国家意志決定の差配を任された存在であり、筆頭王位継承者という大物でもある。ここでみすみす逃す訳にはかない。捕らえて交渉に使うべきだと、慌てて彼は剣を構えた。

 後ろに控える彼の部下も同じく身動ぎしたその瞬間、アグネスが一気に間を詰めてモートンの剣先を摘む。大柄なその身に似合わない俊敏な動きだった。そして彼の耳元で囁く。


「……モートン。フック将軍に二人きりのときに伝えて欲しい。……『ここからは予定通り帝国と教会は善良な仲介者になる』と。『国王の平穏は帝国と教会が保証するから』と」


 ディフは内緒話をする二人から視線を逸らし再び歩き出した。それにアグネスも早足で付いていく。モートンがどうしたものかと考え始めたところに今度は別の声が飛んできた。


「モートンとか言ったな? ジークとマリアは元々は我々の護衛だ。そろそろ返してもらおう。……もう十分戦力として役に立ったろう?」


 ディフに親し気に話しかけていた男だった。

 

 ――そもそもコイツは一体何者なんだ?

 白衣からしてヴィオール……と断定するのは早計か。


 目の前の男もディフ同様癖のある人間のようだった。モートンはその男を睨みつけるのだが、当の彼は(はべ)らせていた美少女に目配せして部屋を後にしようとする。白衣の少女はふわりとした高貴さの香る笑みを浮かべながらそれに続き、その途中でジークとマリアの手を引っ張って促し、モートンに振り返る。


「それではモートンさん、ごきげんよう」


 ジークたちはモートンの方を見つめ逡巡の表情を浮かべたが、踏ん切りがついたのか一礼して彼らに連れ去られていく。そして扉が閉められた。


「いったい何なんだアイツらは」


 モートンの呟きが静かな部屋内でやけに大きく聞こえた。



 考えたいことは山ほどあったが、あいにくモートンには仕事が残っていた。まずは彼は他の部隊長たちと連携して庁舎の完全占拠に取り掛かる。部屋という部屋を調べまわって隠れている人員を(いぶ)り出していると、ようやくフック将軍を含めた軍上層部が登場した。

 まずは一番乗りした人間として戦闘報告。そして同僚も交えて現況報告。それを受けたフック将軍が部屋内を見渡した。


「……で、アグネスは?」


「……それが」

 

 モートンは言い澱む。ここから先はフック以外には聞かせられないのだと、フックも察したのだろう。彼は何気ない顔でモートンに背を向けた。


「しばらくはここを本部にする訳だ。私も庁舎内を把握しておかねば。……モートン。案内してくれ」


 彼がそう切り出したので、モートンはそれに乗る形で先導し始めた。




「――そうか、ついに()が動くか」


 その道中。出来るだけ人通りの無い道を選んでの報告にフックはそんな言葉を零した。モートンにとって分からないことが多過ぎたが、その筆頭は間違いなく『彼』たる存在だった。ディフが言及し、アグネスが連絡を取ると了承し、そして上官フック将軍がその登場を待っていた。だけど軍人の嗅覚がそれを尋ねることを良しとしないような気がして、表情から一切の感情を消すことでやり過ごす。


「……さらにディフ=バルフォアはヴィオール()()巻き込んでみせた」


 フックが感嘆の溜め息を漏らす。モートンは敬愛する上官までもがバルフォアだと認めたことに怒りを再燃させた。


「あんな奴、ベルトランで十分です。逆賊の名前こそが相応しいのでは!?」

 

 モートンの心からの言葉にフックが苦笑いする。

 ベルトランは彼ら蜂起軍の間では不倶戴天(ふぐたいてん)の逆賊扱いされている存在だ。前回の蜂起の際、ミリオン将軍の右腕であったにも関わらずあっさりと裏切り、さらに切り崩しまで実行した男。その()で軍の中枢まで上り詰め、今回も元老院の駒として彼らの前に立ち塞がる。

 ディフはその男の息子だった。軍人一族の跡継ぎでありながら、剣を持つことなく外遊と称してセカイ中をフラフラとしている放蕩息子。それがモートンたちの考えるディフ=ベルトラン。

 バルフォア公爵家とは次期国王に指名される者が慣例的に名乗っている家名。たとえ母親が先王の娘とはいえ、蜂起軍の人間からすればベルトラン家のディフが名乗るなど決して許容されるものではなかった。

 父代わりの恩人を見捨てられたフック将軍ならば尚更だとモートンは思っていた。……しかし当の彼がディフをバルフォアだと認めた。


「……将軍――」 


「――『元老院は交渉する準備を終えている』。……あぁ確かに()()()()()……か。……結果、元老院は解散することになるだろう……が。……ふむ」


 フックはブツブツと独り言を呟きながら前を歩く。

 ディフの交渉の準備を終えているという言葉に込められた意味を、上官はそう判断したのかとモートンは目を見開いた。まさかの急展開だった。


「……つまり我々の勝利ということですか?」


「さて、な? 今のところ何とも言えない。……だが、少なくとも私の()()は叶うだろう」


 まるで今の言い方は――。

 上官に疑問を持つことは許されない。それでもモートンは口を挟まずにはいられなかった。


僭越(せんえつ)ながら確認させて頂きます。『我々の勝利』とは国王陛下を元老院の魔の手から救い出し、王権によりこの国を豊かにすることですよね?」


 蜂起軍の大前提だ。これが狂うと話にならない。

 しかしフック将軍は苦笑いだ。

 まるで聞き分けの無い駄々っ子を相手にするかのような困った表情。

 

 ――まさかここから(つまず)くとは!


 モートンは眉間に皺を寄せる。


「あぁ、それがお題目だったな」


「……お題目ですと? 我々を率いる貴方が、今更そんなことをおっしゃるのですか!?」


 モートンは声を荒げてしまう。

 内戦という形だったのでお互いそれなりに気を使いながら戦ってきた。とはいえ、相当な血が流れている。国を割った戦い。間違いなく国力は低下した。雪が溶ければ周辺国の牙が襲い掛かるのは目に見えている。それでも動いた。フック将軍が決断しモートンたちがそれに従った。

 何故なら。

 

 ――そこに崇高な理想があったから!


 フックはモートンの激昂などなかったかのように涼しい顔で歩き続ける。モートンはそんな上官の背中を睨みつけた。

 ……しかしながら、何か、仕組まれた戦いの気配を感じ続けていたのも事実だった。

 他国を巻き込み、かき集めた冒険者たちや民間人にも血を流すことを求めながらも、思っていた方向へ進んでいないのではと感じられることが多々あった。

 だけど彼は今更止まる訳にはいかなかった。

 自分たち孤児兵が生きていけるセカイの為に。

 軍人の地位向上の為に。

 高貴な血による治世を標榜する元老院を打倒し、腕一本で上り詰めることが出来る社会にする為に。


 ――耳障りのいいお題目……か。


 本当はそれぞれの思惑があっての野合だと知っていた。

 軍部には軍部の。

 孤児兵には孤児兵の。

 ラフィル教会にはラフィル教会の。

 帝国には帝国の。

 ……フック将軍にはフック将軍の。

 モートンは拳を握りしめた。

 

 ――状況次第では。

 この国が更に乱れるのであれば。

 そのときは!


 フック将軍はそんな彼を知ってか知らずか、穏やかな目のまま前だけを向いて歩き続けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ