第16話 ちゃんと一郎センセに伝えてよかった。
休憩を終え、再び茉理たち一行は廃坑の奥を目指した。先程バルドとラズと合流した地点も越えると、徐々に道も細く枝分かれし始める。未踏の場所なのでモンスターの数も多い。それでも、やはりジークの敵ではなかった。
バルドとラズもかなりの手練れなのは本当らしく、フィオを守りながら自分たちに襲い掛かかってくる分だけを確実に撃破していく。
先程の悲壮感はどこへ行ったのやらと思える程、皆の表情は明るかった。
ピクニック気分とまでは言わないものの、少なくとも茉理は、兄と父に文句を言いながらも嬉しそうに軽い足取りで進んでいるフィオ少年の背中を見てほっこりしていた。
――ちゃんと一郎センセに伝えてよかった。
センセの作風とはちょっと違った感じになっちゃったケド、たまにはこういうのもイイよね?
そんなことを思いながら、茉理は相変わらず何を考えているのか分からない彼の顔をこっそり覗き込んだ。
☆
一郎は最後尾で調子っぱずれの口笛を吹きながら歩く茉理に歩幅を合わせて、前を歩く一家を眺めていた。
そのうち二人は彼が元々殺すつもりだった者たちだ。
顔の特徴やら口調、名前を考えるのすら面倒だから、そういったことは全部後回しにして、プロットにはただ父・兄とだけ。その二人がフィオ少年の両脇に寄り添って歩いていた。
もちろん二人は案内を申し出た以上、その役目を果たすべく警戒を怠らず周囲に目を光らせていたが、それでも彼らはどこか楽しそうで――。
小説の中に出てくる人間を何人殺したところで、一郎の中に罪悪感など芽生えるはずもない。実際このシリーズでもどれだけのモブが死んでいったことか。今まで書いた小説の中でのトータルの死人を数えると、政令指定都市の人口は軽く超えるだろう。
一郎とて、別に好んで殺している訳ではない。……割り切ってはいるが。
あくまで人の生き死はストーリーに彩を与えるための一工夫に過ぎない。
そもそも、探偵・刑事小説などはキャラクターを『殺す』どころの話ではなく、『いつ、どこで、誰が、どのように殺す』のかを主眼に置いているのであって、世のミステリ作家たちは日夜『面白い殺し方、目を引くような殺し方、絶対にバレない殺し方』を探し求め、頭の中でキャラを作っては、それに相応しい殺し方を思案しているのだ。
ではそんな彼らは現実の世界で常に人殺しをしたくてウズウズしている異常人格者かと聞かれれば、彼らは断固としてそれを否定するだろう。
中には殺人衝動を作品に落とし込むような作家も一人や二人はいるかも知れないが、圧倒的大多数の作家はキャラクターを記号や装置の一つだと見なして割り切っている。
一郎もそうだった。
――そうだったはずなのに。
今まさに彼のその作家としての常識が覆されつつあった。
このセカイに来て。このセカイの空気を吸って。このセカイの住人と関わりを持って。
自分の中で何かが変わりつつあった。
そしてその切っ掛けを作ったのは間違いなく――。
命のやりとりをしている現場にも拘わらず、ついには長い金色の髪を揺らしながらスキップまで踏み始めた彼女を、一郎はこっそり盗み見た。
☆
「――ここだ。ちょっと姉ちゃん、照らすのを止めてくれや」
行き止まりと思われた場所でバルドは声を殺してマリアに伝えた。彼女が光を落とすのを待って皆を集めたバルドが口を開く。
「……えっとだな。……よりによってアレと繋がっちまってだなぁ」
バルドが指差した先をマリアたちは息を殺して目を凝らす。薄暗い場所なので見えにくかったが、壁に大きな裂け目があった。ジークはゆっくりと近寄ると向こうから見えないように、壁に身体を押し付けながら顔だけひょっこりと出して奥を覗く。そして無言のまま何度か頷くと彼らの元に戻ってきた。マリアの耳元で彼が「キミも覗いてみなよ」とすれ違いざまに呟くので、彼女も同じように覗き込む。
その奥にあったのはだだっ広い空間。
壁付近に何かよく分からない装置がずらりと並んでいた。
明らかに鉱山ではない、何かの『研究施設』のような場所。
――そう、まさに現代の研究施設。
このセカイの住人から古代遺跡の名前で呼ばれている場所だった。
だが現代人であるマリアは、この埃にまみれた施設がどういう類のモノなのかを知っていた。
もちろん専門家ではない彼女にとっては、そこにある機械が具体的に何に使用するものなのかまでは分からない。だけど、少なくともこのセカイにとって明らかなオーバーテクノロジーであることは十分過ぎる程に理解していた。
マリアと入れ替わる様にして、今度はヨハンとチェリーが連れ立ってそれを覗きに行った。
「……エッ――」
あからさまに驚き、声を上げそうになったチェリーの口をヨハンが塞ぐ。おかげで声はあちらには聞こえなかったようだ。チェリーは彼に何度も頷くと、何に憤っているのか分からないが、ヨハンの背中を何度も殴りながら戻ってきた。
「なるほど、面白いモノを見せてもらったよ。……彼らはここで何の研究をしていたんだろうね?」
ヨハンが思わせぶりに呟くのをジークもマリアも聞き逃さなかった。
当然だろう。
彼女たちはこのセカイの人間ではないからこそ知っているのだ。
それを何故ヨハンが知り得るのか!?
――やっぱりこの二人は!
マリアは彼らを睨む。
そんなジークとマリアの様子に気付いたのはチェリーだった。彼女が心配そうにヨハンの袖を引っ張る。ヨハンはようやくジークとマリアの胡乱な視線に気付いたらしい。彼はニヤリと性格の悪そうな笑みを浮かべた。
「そう言えば、フィオたちにはまだ話してなかったね。……僕はヴィオールという国の研究者をしていてね。実はこういった古代遺跡の専門家なんだ」
「そうだったんですね!」
フィオが感心し、ジークも納得したように「……そうだったね」と小さく零した。だけどマリアは警戒心を解く気にはなれなかった。
「イロイロと調べたいのだけれど。……その前に。まずは『ゴミ掃除』の時間だな」
ヨハンの言葉に全員が頷く。マリアもしぶしぶながらそれを認めた。
暗くて奥までは見通せなかったが、広間には多数のモンスターがいる。その奥にはボスモンスターらしき存在も。つまりここいる敵を排除するのが今回の任務だ。
「――それにしてもキメラか。……少々厄介だね」
ジークは苦笑いを浮かべた。
取り合えずジークたちは一旦少し離れた場所まで退避し、作戦会議を開いた。
「まず僕が足の速い獣系モンスターを蹴散らそう。奇襲攻撃で先手を取りたい」
「ではスケルトンなどのアンデッドは私が担当します。彼らを引き寄せるのも任せてください」
マリアが挙手で強い意志を示すと全員がそれに頷く。
「ではそれ以外のモンスターは私が引き受けよう」
ヨハンが不敵に笑いながら申し出てくる。底知れない彼ならば何の苦も無くやってくれそうだとマリアは頷く。ジークも同じことを思ったのか頷くことで同意し、次に所在なさげなチェリーを見つめた。
「目障りな敵が片付けば、チェリーさんに例のアレをぶっ放して欲しいんです。……奥のキメラに対して」
「え? ……あ、はい。…………わかりました。……頑張ってみます」
彼女は少し困ったような表情だったが、隣でニヤニヤしているヨハンを睨みつつ、仕方ないという感じで了承した。
「おそらくあの魔法とはいえ、一撃で倒すのは無理だと思う。あとは手の空いた人間で集中攻撃しよう。キメラさえ倒せば、あとは簡単な掃除になるんだ。……ただ、どうしても人手が必要になってくる。そこで――」
ジークがバルドたちを見つめる。
「私たちの出番という訳ですね?」
「おっしゃ、任せてくれや!」
彼らが笑顔で拳を握りしめる。
「……絶対に無茶だけはしないでくださいね」
マリアは先に念を押しておく。どうも彼らは調子に乗ってしまいそうで怖かった。そこが彼らの楽しいところなのだが、さすがに死んだ人を生き返らせるのはマリアでも無理な話だ。
「それぞれの適性を活かしたいい作戦だと思うよ」
ヨハンの太鼓判にジークが照れ笑いする。
「それじゃ、いくよ!」
ジークはいつものように深呼吸して軽くステップを踏み始めた。
そして一瞬の静寂の後、彼は全速力で広間に突入した。
ここからプロローグのシーンに繋がる感じです。
茉理が例の魔法をブチかまし、討伐終了。
廃坑を脱出した後に一郎の悪魔のセリフ。
次話はサイクロプス登場シーンからです。




