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第10話  国王様。……もう少しだけお待ちください


 

 パラード市はジスタ国内では南方に位置し比較的温暖と思われている地域だが、流石に日が暮れて数時間程経った冬の夜は底冷えする。そんな市の中枢である庁舎の中でも、埃っぽく狭くそして質素な一室。

 将軍エドウィン=フックは暖房の全く効いていないこの部屋で、自身の魔法の灯りを頼りに書類を読み込んでいた。

 彼こそが首謀者。

 まだ四十代であり軍の非主流派として冷遇されながらも、持ち前の能力で南方を任されるにまで上り詰めた。

 

 ――すべては、このときの為。


 彼は機を逃さず、動いた。 

 武装蜂起を(くわだ)てたのは彼を中心とした若き将校と孤児兵たち。

 長き戦争によって大量に生み出された孤児たちは、親を失った悲しみを癒す為の『優しい時間』すら与えられず、ただ盲目的な愛国心と敵への憎しみと傷だらけの武器を押し付けられ、終わることのない戦争に駆り出される。

 フックも孤児だった。孤児という出自ゆえ、替わりの効く一山いくらの扱いで厳しい戦線に放り込まれた。その中で初めて信頼できる大人であり、父親代わりの将軍に見いだされて……。



 フックは冷たい部屋の空気を胸いっぱいに吸い込んで雑念を振りほどくと、真っ白に染まった息を吐き出した。カップを手に取り、完全に冷え切った白湯を飲み干す。

 彼が読み込んでいたのは各地に送り込んだ部下からの報告書の数々だ。主に他地方の戦況だが、こちらは想定通りの推移。

 その中にさり気なく放り込まれた決して表に出してはならないものが数枚混ざっており、そちらは手早く目を通した後、魔法の火で灰も残さず燃やし尽くしてしまう。そして何事も無かったかのように次の報告に移る。

 

「……さすがに美しい報告書だな」


 彼は手を止め、思わず感嘆の声を零す。目を懸けているモートンからのものだった。軍属という荒くれ者の中にあって目立つ流麗な字体と整った書式。彼自身優秀で人当たりが良く、何より規律を重んじる。

 フック将軍が見出した才能として以前からそれなりに名が知られていたが、蜂起後その評価はより顕著となっている。兄替わりとして接してきた彼にとって、それは誇らしいことこの上ないものだった。

 

 

 指示された通りに対応を変えれば、勧誘が上手くいきだしたとのこと。

 反乱の機運を高めるには何をおいても新戦力の確保。これは()()の失敗で学んだ。しかしながら、そこは口下手な北方民族。外交で他国を手玉に取る元老院の面々はともかく、寡黙を美とする軍人には不向き。

 そこに助け舟を出したのが『傭兵』として彼らに力を貸していたアグネスだった。しかしてその正体はラフィル教の神官。しかも教会の中でもかなり上の方の人間だと、フックは『協力者』から聞かされていた。何でも当代の筆頭巫女が妹同然に可愛がっているとのこと。

 フックは彼女にモートンへ説法の基本を教授するよう要請し、それを会得した彼はその技術を応用して聴衆に聞かせたのだという。

 早速その成果が表れ始めたという。

 


 ただ、報告はそれにとどまらなかった。

 

「……ヴィオールか」


 モートンの勧誘集会を訪れた冒険者からの話だった。

 フック率いる蜂起軍は帝国との協力にありつくことができた。

 ならば、元老院もそれなりのことをしてくる。

 それは当然の認識だった。

 問題は何処と協力体制を築くか。

 

 ――近隣北方諸国であれば、帝国との協力関係が()()()()()()()()

 

 しかし……。


「……ヴィオールか」


 フックは同じ言葉をもう一度絞り出す。

 はたして帝国は西の学術国家ヴィオールとコトを構えることを良しとするのか。この国名をちらつかせるだけで帝国に対する抑止力になった。 


「元老院もイヤな手を使ってくる」


 もしここで手を引かれてしまえば。

 どこで掴んだのか分からないが、帝国は彼の()()を知っていた。

 そしてあちらから協力を持ち掛けてきた。

 後顧の憂いを断つことに成功した彼は、ついに決行するに至った。




「――国王様。……もう少しだけお待ちください」


 視線を落ち着くなく動かしたフックは、テーブルの上に飾った小さな絵に止め、描かれている初老の男性に臣下の礼を捧げた。

 この想いは今も昔も変わらない。

 かつて軍内における王権派が提唱した、『王を元老院の魔の手から救い出す』という思想。その考えは瞬く間に伝播し共感された。フックもその中の一人だった。

 当時も今と変わらない戦争ばかりの日々。

 どうしようもない閉塞感。疲弊する民。

『国王陛下は誰よりも心を痛めている』と。

『だから皆は一丸(いちがん)となって耐えろ』と。

 この状況を打破すべく、軍内で慎重に手順が熟議された。

 そして満を持しての蜂起。

 その中心にいた人物こそがフックの師匠であり父のように(した)っていたミリオン将軍。

 残念ながらその蜂起軍の中にフックはいなかった。単純にヴァジュラ国境に詰めていたからだ。彼は遠方で推移を見守ることしか出来なかったが、浮足立った他国の侵攻を食い止めるのも大事な任務だと割り切った。

 新しい風の予感に民も乗った。

 だけど動くべき者たちが動かなかった。

 一番の仲間であるはずの、同志であるはずの、()()()()が。

 そう。

 蜂起した頃には、すでに元老院によって完全に切り崩されていたのだ。

 ミリオン将軍率いる軍はとてもじゃないが戦えず、数日で鎮圧されてしまった。

 民と下っ端軍人は巻き込まれただけとして、元老院の恩情により不問となった。

 そして将軍将校数人だけが見せしめとして『勅命』により処刑された。 

 空いたポストはこれみよがしに裏切った者たちへと分け与えられ、彼らは今後沈黙することを約束した。こうして騒乱劇は呆気なく幕を閉じた。


 

 フックは血の涙を流した日々を思い出し、天井を見上げる。

 

 ――大丈夫。

 私はやれる。

 憎き元老院を潰し、裏切った同輩を処断し、国王様を救い出す!


 彼は何度も自分にそう言い聞かせてきた。

 あの理不尽さに打ちひしがれた者たちは、それぞれ自身の無力さを直視し、力を蓄えることに専念した。元老院に逆らう素振りすら見せず、だけど虎視眈々と。


「――呼んだか?」


 フックが思いふける中、気配なくいきなり声が聞こえた。自分の無警戒さに思わず笑いが漏れる。そこに居たのは、しばらく顔を見せなかった『傭兵』アグネス。

 確かに呼び出しはしたが、それは十日ほど前の話だった。

 この街にいないと報告を受け、「そうか」と返答して、それっきり。


「あぁ、もう用は済んだのたが、せっかく来てくれたのだ。少し気分転換に付き合ってくれないか?」


 フックは苦手な笑顔を作り、彼女をもてなすことにした。



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