第5話 うん、ヨハンの心配も分かるよ。
マリアが目を開けば、そこはいつもの小鹿亭の部屋。
常宿として契約しているので、ほぼ私室状態だった。
私物もずいぶんと増えてきている。チェリーとカナンの街で遊ぶようになってからは可愛い系の小物が増えたように思える。
奮発して買った(それでも冒険者の稼ぎは多いからちょっとしたご褒美感覚だが)備え付けの鏡で軽く身だしなみを整えてから小さく「よし」と呟く。
部屋を出ると、例の16号室からはチェリーのテンション高めの声が漏れ聞こえてきた。
マリアは微笑むと、悪いとは思いながらも一旦彼らをスルーして廊下を足早に進み、階段を軽やかに下りる。背伸びして一階の食堂を奥の方まで見渡せば馴染みの人間がちらほら。
その中に笑顔で手を振る青年がいた。
ジークムントだ。
マリアは笑顔で手を振り返しながら彼の元に向かう。
「……久しぶりね」
「うん」
彼女は彼の向かいの席に腰掛けて、ウエイトレスに軽い食べ物とアルコールを注文する。
それから二人は注文が来るまで他愛ない世間話をしていた。
現実世界のジークである悠一が、現実世界のマリアである友佳の住む東京に遊びに来るまでもう残すところ一週間というところ。最終的な打ち合わせも兼ねてのゴッドヘルだった。彼の行きたい場所、子供連れでも大丈夫な場所。いろいろとすり合わせをしておきたかった。
彼女自身デートは数えきれない程している。
だけどそれは仕事の延長上であって心から楽しめるものではない。それだけに悠一との初デートに対する想いと意気込みには並々ならぬものがあった。
「――そういえば、あの二人もカナンに戻ってきているみたいんだって。さっきここの主人から聞いたよ。……帝国経由からの帰還だからそのあたりのことも聞いてみたいよね」
話を詰め終わるとジークが伸びをしながらそう切り出した。マリアも下りてくるときに彼らの存在に気付いたが、敢えて声を掛けなかったことを伝える。
「今夜はどうしてもデートの打ち合わせがしたかったの。……あの二人と合流しちゃうと、どうも盛り上がっちゃって」
「ははは! それわかる! とくにチェリーちゃんが絡んでくると完全に酒盛りだもんね?」
「そうなの。ついつい私も飲みすぎちゃうから」
マリアは恥ずかし気に首を竦める。
「……うん。あのはしゃぎ方は今までのマリアからは想像もつかない感じだもんね?」
「ゴメン。幻滅した?」
「ううん。ゼンゼン。むしろマリアの楽しそうな顔が見られて嬉しいぐらい。それに、チェリーちゃんとヨハンさんだと嫉妬しなくて済むし」
無意識に発せられた言葉だろうが、その後半部分が少しだけマリアの胸のうちを抉る。
仕事とはいえ、煽情的な服を纏って楽しくお酒を飲むのが仕事だ。
後ろめたさがぶり返す。
ジークもそれに気付いたのか、慌てて話題を転換させる。
「そういえば、ギルドで変わった依頼が出ているんだって!」
「え? どんなの?」
マリアもそれに乗っかった。
「何でも北の方で冒険者を集めているんだとか」
ジークは片目を瞑りながら、思い出すように一言一言それを説明し始めた。
東京デートの打ち合わせした翌日。ピークの過ぎた昼下がりのカナンの小鹿亭の奥のテーブルで四人が顔を突き合わせていた。
マリアとジーク、そしてチェリーとヨハンの四人。
話題は噂になっている依頼だ。
午前の内にジークとマリアは連れ立ってもう一度ギルドで詳しく話を聞いてきた。
どうやら北国であるジスタ王国で傭兵が募集されているとのこと。冒険者も大々的に募集されており、ランクに応じてそれなりの報酬と役職が用意されているのだという。
同じ依頼がゴッドヘル各地にばらまかれているらしい。
大抵の者は地域性と不自然なまでの大判振舞いっぷりに二の足を踏んでいるが、腕自慢や好奇心旺盛な冒険者が勇んで北へと渡ったのだという。
旧態依然・既得権益の現政権と国の改革を求める将校たちの対立、マリアとしても興味深いモノではあったが……、彼女はそっとヨハンとチェリーの様子を窺う。
彼らはジークに気付かれないように、目で返してきた。
――なるほど。この二人は知っているのね?
マリアの目の前で堂々としている二人は、このゲームの運営関係者だと白状した。そしてマリアに沈黙と協力の依頼をしてきた。
その分イロイロと便宜を図ってくれているし、彼女としてもこのセカイをより楽しめるので願ったりかなったりなのだが。
――いわゆるイベントというモノなのかしら?
ゲームといえば、この『DDDD』ぐらいしかやらないマリアはよく知らなかったが、ユーザーを飽きさせない為にあの手この手を使ってくるのだと聞いている。おそらくコレもそれの一環なのだと思った。それならば話は早い。
「僕もこれを機に一度北方諸国に行ってみたいんだ」
マリアも彼も北へはまだ向かったことが無い。政情不安だし、そもそも魅力がなかったし。だからこそのイベントなのだろうとも考えられた。これからは北にも目を向けて欲しいのだという運営の意志が働いているのだと。
ジークは昨日の晩から乗り気だった。マリアは目の前の二人の反応を待ってから決めるつもりだったので一旦保留したのだが、判断材料は十分。
「私もジークと一緒にいろんなところに行ってみたいかも」
マリアは隣のジークを見つめてそう告げた。はにかむジークが可愛くてこっそりテーブルの下で手を握り合う。
「はいはい。ごちそーさま。……まぁ、私も北国は興味あるかなぁ」
チェリーは見つめ合うアツアツの二人を半笑いで睨みながらも北へ興味を示した。そしてちらりとヨハンを横目で見つめる。
「……行くにしろ行かないにしろ、もう少し冷静にならないか?」
例によってヨハンの腰は重い。だけどコレは演出なのだとマリアも理解している。
「行かないって言っているのセンセだけなんだけど?」
チェリーが冷たく突っ込む。
「イヤ、私も行きたくないという訳ではなくて」
そう。
基本的にチェリーが反対しない限りは大丈夫なのだ。
良識を持ち慎重な大人であるヨハンを納得させるのも、このゲームを楽しむ為の必要なプロセス。ジークもそれを理解している。
「うん、ヨハンの心配も分かるよ。たしかに内乱とはいえ戦争だからね。うかつに手を出すべきではないってことは」
そんな感じで、彼は少しだけヨハンの肩を持つ。
ヨハンはそんなジークに嬉しそうな顔を見せた。
「どちらの味方にするかは横に置いて、少なくとも味方に付く条件ぐらいは定めておいていいはずだ。何が何でもどちらかに付いて……というのは危険だ。私はこれでもコイツを守る義務があるからな。ある程度の身の安全の確保はしておきたい」
そう言って、ヨハンはチェリーの頭をポンポンと叩いた。
彼女はそれを払いのけながら、「どちらかって、そんなの軍人側に決まってんじゃん」と首を傾げる。
マリアもジークも同じように革命を目指す軍人に肩入れする気マンマンだったので、頷くことで同意を示す。募集をかけていたのも軍人側だ。それに応じる訳だから……。
しかしヨハンは苦笑いで首を振るのだ。
「……実は私自身、ジスタ王国の元老院に知り合いがいてね。彼は元老院で最年少に近いのだけれど、私の目には中々見どころのある好人物だと映っている」
その思いもしない言葉にジークとマリアは絶句した。
元老院といえば軍人から権力の象徴として非難されている側だ。
言葉の響きからして、敵役のニオイがプンプンしている。
チェリーも驚いていた。彼女も聞かされていなかったらしい。
少し面白くなってきたかもしれないとマリアは微笑んだ。




