第15話 骨が折れてもそこのネェちゃんが治してくれるさ!
「フィオ! おまっ……お前! どうしてこんなところに来たんだ!」
周りの敵を片付けた後、あごヒゲをたくわえた大男がフィオ少年の肩を揺さぶり、壁に押し付けるようにして問い詰め始めた。フィオはその一言にカチンと来たのか、自分を掴む丸太のような太い腕を振り払って叫ぶ。
「はぁ? 何言ってんだよオヤジ!? それはオイラのセリフだっての! 何でこんなところで戦ってるんだよ? コリンで合流する話、忘れたのかよ!?」
親子がぎゃあぎゃあと口喧嘩している間、マリアは痛みで顔をしかめている青年に近寄り、しゃがみこんで膝を付いた。小声で詠唱し、淡い薄緑色の光に包まれた手を彼の赤く染まった傷口に翳す。何かの手品のようにきれいに傷が塞がっていく様子を、茉理は感心しながら眺めていた。
「……これで大丈夫です」
「ありがとうございます。本当に助かりました」
青年は笑顔で謝意を告げて立ち上がろうとするが、すぐに顔を歪ませ脇腹を押さえる。
「まだ無理だけはしないでください! 血は止まりましたが、傷ついた組織は時間でしか治りませんから。それに流れた血が戻る訳でもありません。出来るだけ安静にしてください!」
いつになく強い口調で窘めるマリアに青年は恥ずかしそうに頭を下げる。その間にもジークは周囲を見渡して安全を確認しており、それに納得するとようやく親子喧嘩の仲裁に入った。
「……フィオ。説教は『全てが終わってから』っていう約束だったよね? 一応安全は確保したけれど、まだまだ気を抜いちゃダメだよ? まずは落ち着ける場所を見つけて態勢を立て直さないと。……心配していた二人は無事だった訳だし、この際、一旦村まで戻ってもいいんじゃないかな?」
そもそも急いでここまで来たのはフィオの家族がここにいると知ったからだったと茉理は思い出す。その二人を救出した今、無理をする必要はないとのジークの主張は正論に思えた。
「……それだったら、オレたちが昨日休んだ部屋でもいいんじゃねぇか?」
フィオの父が皆にわざわざ村まで戻らなくても、お誂え向きの場所があると告げる。
「では一旦そちらに案内してもらえますか?」
「おうよ! 任してくれや」
彼は右腕でケガした長男を支えて立ち上がらせ、左腕には危険を顧みず迎えに来た次男を乱暴に抱きかかえる。そして今まで来た道を上機嫌に鼻歌を歌いながら、軽い足取りで引き返し始めた。
フィオは照れ隠しなのか邪険にその手を何度も払いのけるのだが、父親はそんな息子のことが可愛くて仕方ないのか全く気にする様子もなく、ニコニコしながら嫌がる彼を引き寄せては脇腹を殴られていた。
その微笑ましい光景を後ろから眺めながら茉理たちもそれについて行った。
やがて先程の分かれ道のところまで戻り、あの時は無視した右側の坑道を道なりに進むと、突き当たりに頑丈そうな木製の扉を発見した。
ジークが代表して慎重にドアノブに手をかけて開くと、そこには広い空間があり所狭しとベッドがずらりと並んである。
そのうち使えそうなのは数体だろうか、残りは完全に朽ちていた。
「……なるほど。閉鎖されるまでは、鉱山夫たちの休憩所として使われていた場所だね?」
ジークと一郎がアレコレ調べている間に、フィオはまだ使えそうなテーブルを部屋の隅から持ってきて、それを並べて大きく使えるようにしていた。それを彼の父と兄も手伝う。
そこに並んだのは今朝フィオが作った皆の分のお昼ご飯。
パンにハムやら野菜やらを挟んだサンドイッチだった。
それを食べながら改めて自己紹介始める。
ヒゲの大男はフィオの父親でバルド。
傷を負っていた穏やかな笑顔の青年が兄のラズ。
彼が持っていた槍はやはりフィオのものを拝借したらしい。
「――いやぁ、うまいうまい! ようやく生き返った!」
ガハハと大口を開けてバルドが笑い、その度にフィオが「口にモノを入れて笑うな! 行儀が悪い!」と怒鳴る。それが更に父親の笑いを誘う。
フィオは不機嫌な表情のまま、父から何度も頭を撫で回されていた。
「……これはフィオが作ったのか?」
兄のラズが人懐っこい笑顔でフィオを顔を覗き込む。真っすぐな目で尋ねられた少年は、悲しそうに顔を俯かせた。
「そうだよ。オイラはジークさんたちの後ろで見ていることしか出来ないからさ。せめてこういったところでちゃんと役に立とうと……」
ラズは消え入りそうな声で呟くフィオを父の腕の中から強引に奪い取ると、彼を思いっきり抱きしめ、そして嫌がる彼を父と同じように、いやそれ以上に激しく撫で回し頬ずりする。恥かしさのあまり、本気で逃げようとする弟を兄は何度も引き寄せてもみくちゃにした。
「それは本当にいい心がけだなんだぞ? ちゃんと弁えるってのが一番難しいんだから。お前の判断は正しい!」
「おう! その通りだ! 冒険者にとっては引き際を見極めるのと同じぐらい大事なコトだ!」
バルドが楽しそうに笑う。
「……もう! アンタら二人が偉そうにそれを言うのかよ! ……これだけみんなを心配させておいて!?」
フィオは拗ねたような口ぶりで顔をそっぽ向ける。
そんな少年を愛おしそうに抱きしめる兄。
父はそんな息子二人を丸ごと、鍛え抜かれた太くて長い腕で抱きしめた。
「「痛い! 痛いって!」」
腕の中で押し潰された二人が悲鳴を上げるが、父親は腕を外さない。
「大丈夫だって! 骨が折れてもそこのネェちゃんが治してくれるさ!」
いきなり指名を受けたマリアが驚いて噴き出す。
そんな珍しい彼女を見て、茉理たちは思いっきり笑った。
「あの、ちょっとすみません。……気になったことがあったのですが、いいですか?」
全員で大笑いした後、マリアが真剣な顔で切り出した。
皆が頷くことで先を促す。
「ここまで引き返す途中に人骨が転がっていましたが、あれは今回逃げ遅れた村人のモノでしょうか?」
マリアの問いにラズが首を横に振って否定する。
「いいえ、襲撃があってからこの廃坑に入った人間は私と父だけのはずです。……それとアレは私たちが倒したスケルトンですね」
「……スケルトンか」
眉間に皴を寄せたジークの言葉にマリアも溜め息を吐きながら瞑目する。
「おそらく、かつて事故か何かで亡くなり、埋葬されていた鉱山夫の骨が、瘴気にあてられてスケルトン化したのでしょうね。……つまりそれだけの強さを持つモンスターがこの奥にいるのだと」
相当危険度が増す可能性があると、彼女は言外に口にする。
ジークとマリアは顔を見合わせて頷くと、彼らはフィオたちに向き直った。
「僕たちは最深部まで向かうつもりです。そもそもそれが今回受けた依頼ですから。……おそらくここから先は冒険者の仕事です。皆さんは引き返した方がいいかも知れません。……もしくは安全なここで待機してもらえるか」
ジークは冷静な表情で彼らに伝えにくいことを告げる。
そこにリーダーとしての、そして主人公らしい責任感が見え隠れしていた。
少なくとも茉理の目には頼もしく映った。
「いや、オレたちも連れて行ってくれねぇか? 無理は重々承知している。自分たちの身はちゃんと自分で守るから、もう絶対に無茶だけはしねぇから。……頼む。この通りだ」
バルドが深く頭を下げると、温和で話の分かりそうなラズまでもが同じように連れて行って欲しいと真剣な表情で頭を下げた。彼らとしても村を守るのを完全に他人任せには出来ないのだろう。
茉理もその気持ちは痛い程分かった。
「そうです! それにオイラが皆さんの案内役なんスよ? この先は本当に入り組んでいて、迷ったらホントにもう大変なんスよ!」
ここまで来ておいて一人待機は我慢できないと、フィオまでもが声を上げる。
「おいおい、フィオ! お前は今日初めてこの坑道に入ったんだろうが! 案内なんか出来るのか?」
バルドがガハハと笑って混ぜっ返すが、すぐに真剣な表情に戻る。ラズもフィオも強い意志の籠った目でジークを見つめていた。ジークとマリアは数秒無言で視線を合わせ、小さく頷く。
「……わかりました。絶対に無理だけはしないでくださいね。そして本当に命の危険があった場合は必ず引き返すこと。それだけは約束してください」
ジークも彼らの熱意に根負けしたのか、苦笑を浮かべながら彼らの申し出を了承した。




